はじめに
企業の持続的な成長と企業価値の向上において、コンプライアンス(法令遵守)体制の整備は欠かすことのできない経営課題です。近年、企業の不祥事が発覚した際、社会からの厳しい非難を浴びるだけでなく、企業としての存続そのものが危ぶまれるケースも少なくありません。
コンプライアンス体制の構築は、単なるモラルの問題ではなく、会社法や商法によって企業および経営陣に求められる法的な義務でもあります。特に、コーポレートガバナンス(企業統治)を機能させるためには、取締役が自らの責任を自覚し、社内規程や定款の見直しを含めた実効性のある体制を整える必要があります。
また、建設業をはじめとする特定の業界においては、重層的な下請構造や安全衛生、労働環境の適正化など、業界特有の法規制に対する深い理解と対応が求められます。
本記事では、会社法および商法上の観点から、企業が取り組むべきコンプライアンス体制の整備方法、取締役が負う法的責任、そしてガバナンスを強化するための具体的なステップについて、分かりやすく解説いたします。
Q&A
Q1: 会社法上、コンプライアンス体制(内部統制システム)の整備はすべての企業に義務付けられているのでしょうか?
会社法上、コンプライアンス体制を含む「内部統制システム」の構築が明確に義務付けられているのは、取締役会設置会社のうち「大会社(資本金5億円以上または負債総額200億円以上の株式会社)」および「監査等委員会設置会社」「指名委員会等設置会社」です(会社法第362条等)。
しかし、それ以外の一般的な中小企業であっても、コンプライアンス体制を整備しなくてよいわけではありません。すべての取締役は、会社に対して「善管注意義務(善良な管理者の注意義務)」を負っています。企業の規模や事業内容に応じて、従業員の不正や法令違反を防ぐための適切な管理体制を構築することは、この善管注意義務の一部として解釈されています。したがって、規模に関わらず、すべての企業においてコンプライアンス体制の整備は実質的に必要不可欠といえます。
Q2: コンプライアンス違反が起きた場合、取締役はどのような法的責任を負うことになりますか?
企業内でコンプライアンス違反が発生した場合、取締役は主に以下の2つの法的責任を追及される可能性があります。
1つ目は、会社に対する「任務懈怠(にんむけたい)責任」です(会社法第423条)。取締役が法令や定款に違反したり、内部統制システムの構築を怠った結果、会社に損害が生じた場合、その損害を賠償する責任を負います。この責任は、株主から「株主代表訴訟」という形で追及されるリスクもはらんでいます。
2つ目は、第三者に対する損害賠償責任です(会社法第429条)。取締役の職務執行において悪意または重大な過失があり、それによって取引先や顧客などの第三者に損害を与えた場合、取締役個人が直接その損害を賠償しなければならない場合があります。
Q3: コンプライアンス体制を整備するにあたり、定款や社内規程はどのように見直すべきですか?
定款は会社の根本規則であるため、まずは事業目的が現在の法令に適合しているか、許認可が必要な事業が適切に記載されているかを確認します。また、企業の規模や実態に合わせて、取締役会や監査役の設置など、最適な機関設計となっているかを見直すこともガバナンス強化の第一歩です。
社内規程については、コンプライアンスの基本方針を定めた「コンプライアンス規程」を中核として策定します。これに加えて、不正を早期に発見するための「内部通報規程」、情報を適切に管理するための「情報セキュリティ規程」、職場の環境を保全するための「ハラスメント防止規程」など、実務に即した具体的な規程を整備・アップデートしていくことが求められます。
解説
会社法・商法が求めるガバナンスと内部統制システム
企業法務において「コンプライアンス」とは、単に法律を守ることだけでなく、社会規範や企業倫理を遵守することも含まれます。そして、これを企業組織の中で確実に実行・監督するための仕組みが「コーポレートガバナンス」です。
会社法では、企業の適正な業務執行を確保するための体制を「内部統制システム」と呼んでいます。この内部統制システムには、取締役や使用人(従業員)の職務の執行が法令および定款に適合することを確保するための体制が含まれます。
前述のQ&Aでも触れた通り、会社法は大会社等に対して取締役会での内部統制システム構築の基本方針の決定を義務付けています。これは、企業規模が大きくなればなるほど、社会に与える影響が大きく、組織的な不正を防ぐための仕組みが不可欠だからです。
一方で、商法の基本理念である「取引の安全」や「営利性の追求」を全うするためにも、コンプライアンスは前提となります。違法行為による利益は法的に保護されず、むしろ損害賠償や取引停止といった重大な不利益をもたらします。持続的な企業価値の向上という商法的な目的に照らしても、ガバナンスの効いた組織運営は必要な要件となります。
取締役の「善管注意義務」と「システム責任」
コンプライアンス体制を語る上で欠かせないのが、取締役の法的責任です。会社法第330条および民法第644条に基づき、取締役は会社に対して「善管注意義務」および「忠実義務(会社法第355条)」を負っています。
経営判断を行う上で失敗すること自体は直ちに責任を問われるものではありません(経営判断の原則)。しかし、法令違反や不正行為については、この原則は適用されません。取締役自身が法令に違反した場合はもちろんのこと、他の取締役や従業員が法令違反を行っているのを見過ごした場合や、そもそも法令違反を防ぐための体制を構築していなかった場合にも、善管注意義務違反が問われます。
特に近年注目されているのが、取締役の「システム責任」です。これは、取締役が個別の違法行為に直接関与していなくとも、「社内で違法行為が発生しないような内部統制システムを構築し、それが有効に機能するように運用する義務」を怠った場合、そのこと自体が任務懈怠にあたるという考え方です。
従業員が独断で引き起こした不祥事であっても、「なぜ会社はその不正を事前に発見・防止できなかったのか」が問われ、十分な管理体制を敷いていなかったと判断されれば、取締役個人が会社に対して巨額の損害賠償責任を負うリスクがあります。
コンプライアンス体制構築の具体的ステップ
実効性のあるコンプライアンス体制を構築するためには、形式的なルールの作成にとどまらず、組織風土として定着させるための継続的な取り組みが必要です。
① 定款および機関設計の見直し
まずは、会社の憲法とも言える定款を見直します。現在の事業実態や将来の事業展開を見据え、事業目的が法令に抵触していないか、必要な許認可を取得できる記載になっているかを確認します。
また、会社の規模に合わせて、取締役会、監査役、会計参与、各種委員会などの機関設計が最適かどうかを検討します。身の丈に合わない複雑な機関設計は機能不全を招き、逆に十分な牽制機能を持たない機関設計は不正の温床となります。
② 社内規程の整備と体系化
定款の下に、業務のルールとなる社内規程を整備します。
- コンプライアンス規程: 企業としてのコンプライアンス宣言、行動指針、推進体制(コンプライアンス委員会の設置など)を定めます。
- 内部通報規程: 公益通報者保護法に則り、社内の不正を安全に報告できる窓口(社外の弁護士窓口を含む)の設置と、通報者の不利益取り扱いの禁止を明記します。
- 個別規程: 文書管理規程、個人情報保護規程、インサイダー取引防止規程など、事業上のリスクに応じた規程を策定します。
③ 教育・研修の実施
規程を作っただけでは体制が機能しているとはいえません。取締役を含む全従業員に対して、定期的なコンプライアンス研修を実施し、どのような行為が法令違反に当たるのか、違反した場合にはどのようなペナルティがあるのかを周知徹底します。
④ モニタリングと改善(PDCAサイクル)
内部監査部門や監査役によって、定められたルールが現場で遵守されているかを定期的にチェックします。問題点が発見された場合は、原因を究明し、規程の改定や業務プロセスの見直しを行い、体制を継続的に改善していくことが求められます。
【業種別フォーカス】建設業における法務とコンプライアンスリスク
企業法務におけるコンプライアンス体制の整備は、業種ごとの特有のリスクに対応したものでなければなりません。ここでは、規制が複雑で多岐にわたる「建設業」を例に、どのような視点での体制整備が必要かを解説します。
建設業は、大規模なプロジェクトを多数の企業が協力して完成させるという特性から、特有の法務リスクを抱えています。
第一に、建設業法および中小受託取引適正化法(取適法)の遵守です。建設業界特有の重層的下請構造の中では、元請負人から下請負人に対する不当な扱い(買いたたき、不当な工期設定、代金の支払い遅延など)が発生しやすい構造にあります。これらを防ぐための社内審査体制の構築や、契約書面の適正な交付手続きの徹底は、コンプライアンス上の最重要課題です。
第二に、労働環境の適正化です。建設業においては、長時間労働の是正(時間外労働の上限規制、いわゆる2024年問題への対応)が急務となっています。適切な労働時間管理システムの導入や、労働基準法に基づく労務管理体制の見直しが必要です。また、建設現場における事故を防ぐための労働安全衛生法に基づく安全配慮義務の履行、さらには偽装請負とみなされないための適正な人員配置や指揮命令系統の整理など、人事・労務面のガバナンス強化が強く求められます。
第三に、独占禁止法違反(談合)や贈収賄の防止です。公共工事に関わることも多い建設業では、これらの違法行為は指名停止処分や営業停止処分に直結し、企業の存続を揺るがす事態となります。営業部門に対する厳しいコンプライアンス教育と、外部の人間を交えた透明性の高い意思決定プロセス(建設共同企業体・JVにおける協定遵守を含む)の構築が不可欠です。
このように、建設業においては一般的な会社法の知識だけでなく、建設業に関連する各種特別法に精通した上でのリスクマネジメントとガバナンス体制の構築が求められます。
弁護士に相談するメリット
コンプライアンス体制の整備は、社内のリソースだけで完全に構築することは容易ではありません。客観的な視点と高度な専門知識を持つ弁護士に相談・依頼することで、企業は以下のような多くのメリットを得ることができます。
自社の実態に即したオーダーメイドの体制構築
インターネット上にある雛形をそのまま使用した社内規程では、自社の実態に合わず、実効性のない「絵に描いた餅」になってしまうリスクがあります。弁護士は、企業の規模、業種(建設業などの特殊性)、事業内容、現在の組織風土を詳細にヒアリングした上で、会社法・商法等の法令に適合し、かつ現場で実際に運用可能な独自のコンプライアンス体制を設計・提案します。
定款・規程のリーガルチェックによるリスクの予防
定款や就業規則、各種コンプライアンス規程に法的な不備がないか、最新の法改正(会社法改正、公益通報者保護法改正など)に対応しているかを弁護士が正確にチェックします。これにより、将来的な労使トラブルや第三者からの損害賠償請求、取締役の責任追及といった重大なリスクを未然に防ぐことができます。
実効性のある外部通報窓口の設置と研修の実施
内部通報制度において、社内窓口だけでは従業員が報復を恐れて声を上げにくい場合があります。法律事務所を外部通報窓口として設定することで、通報者の匿名性が守られ、制度の信頼性と実効性が大きく向上します。また、弁護士を講師として招き、役員向け・従業員向けのコンプライアンス研修を実施することで、社内全体の規範意識を高めることが可能です。
有事における迅速かつ適切な対応
万が一、社内で不祥事やコンプライアンス違反が発覚した場合、初動対応が企業の明暗を分けます。日頃から自社の内情を把握している顧問弁護士がいれば、直ちに事実関係の調査(必要に応じて第三者委員会の設置)、行政機関への報告、マスコミ対応、被害者への賠償交渉などを迅速かつ適切に進めることができ、企業価値の毀損を最小限に抑えることができます。
まとめ
会社法や商法に基づくコンプライアンス体制の整備とガバナンスの強化は、企業が社会的な信頼を維持し、持続的な成長を遂げるための重要な経営基盤です。
取締役には、法令を遵守するだけでなく、社内で不正が起きないためのシステムを構築し、機能させるという重い法的責任(善管注意義務・システム責任)が課せられています。定款の点検から始まり、実態に即した社内規程の整備、内部通報制度の確立、そして従業員教育に至るまで、取り組むべき課題は多岐にわたります。
特に、事業環境の変化が激しく、法規制が複雑な現代においては、これらを経営陣だけで網羅的に把握し、適切な対策を講じることは困難です。コンプライアンス違反による致命的なダメージを防ぐためには、問題が起きる前に、法務の専門家である弁護士のサポートを受けることが有効な選択肢となります。
弁護士法人長瀬総合法律事務所では、企業の規模や業種に応じたコンプライアンス体制の構築、定款・規程の見直し、取締役の法的責任に関するアドバイスなどを通じて、企業の健全な経営を法務面から力強くサポートいたします。コンプライアンス体制やガバナンスに不安や課題を感じておられる企業経営者・ご担当者様は、どうぞお早めに当事務所までご相談ください。
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