第1章 はじめに:改正の経緯と全体像
令和8年(2026年)4月1日、「民法等の一部を改正する法律」(令和6年法律第33号)が施行されます。この改正は、父母の離婚後の子の養育のあり方を大きく見直すもので、いわゆる「共同親権」の導入を中心に、離婚後の親権・養育費・親子交流を横断して見直す大規模な改正です。
本稿では、この改正の全体像を分かりやすく解説するとともに、実務上の留意点を整理します。
改正の背景
わが国では、これまで離婚後は父母の一方のみが親権者となる「単独親権」制度が採用されてきました(改正前民法第819条)。しかし、近年、以下のような課題が深刻化していました。
- 養育費の取決率・履行率の低さ:厚生労働省「全国ひとり親世帯等調査」(令和3年)によれば、母子世帯で養育費の取決めをしている割合は約46.7%、現在も養育費を受け取っている割合は約28.1%にとどまります。
- 親子交流(面会交流)の実施率の低さ:同調査によれば、母子世帯で親子交流を現在も行っている割合は約30.2%にとどまります。
- 子の養育をめぐる紛争の長期化・深刻化:離婚後に非監護親が子の養育に関与する法的枠組みが不十分であり、子の利益が十分に保護されていないとの指摘がありました。
検討の経過
改正に至る経過は以下のとおりです(法務省民事局「改正の概要」(令和7年12月)参照)。
- 令和3年(2021年)2月:法務大臣から法制審議会へ諮問(諮問第113号)
- 令和6年(2024年)2月:法制審議会から法務大臣に答申
- 令和6年(2024年)3月:法律案閣議決定
- 令和6年(2024年)5月:国会で成立・公布
- 令和7年(2025年)12月:養育費に関する法務省令の制定(令和7年法務省令第56号)
- 令和8年(2026年)4月1日:施行
改正の5つの柱
今回の改正は、大きく以下の5つの柱から構成されています。
- 第1 親の責務等に関する規律の新設(新設 民法第817条の12・第817条の13)
- 第2 親権・監護等に関する規律の見直し(民法第818条・第819条・第824条の2・第824条の3 等)
- 第3 養育費の履行確保に向けた見直し(民法第306条・第308条の2・第766条の3、民事執行法第167条の17 等)
- 第4 安全・安心な親子交流の実現に向けた見直し(民法第766条の2・第817条の13、人事訴訟法第34条の4、家事事件手続法第152条の3 等)
- 第5 その他の見直し(民法第768条・第770条・第797条・第818条 等)
以下、各章において順に解説します。
第2章 親の責務等に関する規律の新設
親の責務(新設 民法第817条の12)
今回の改正で最も基本的かつ重要な条文の一つが、新設された民法第817条の12です。この条文は、父母が子に対して負う責務を、婚姻関係の有無にかかわらず明確化したものです。
【民法第817条の12(親の責務等)】
第1項 父母は、子の心身の健全な発達を図るため、その子の人格を尊重するとともに、その子の年齢及び発達の程度に配慮してその子を養育しなければならず、かつ、その子が自己と同程度の生活を維持することができるよう扶養しなければならない。
第2項 父母は、婚姻関係の有無にかかわらず、子に関する権利の行使又は義務の履行に関し、その子の利益のため、互いに人格を尊重し協力しなければならない。
この規定のポイントは以下の3点です。
- 子の人格尊重義務:父母は子を一人の人格として尊重し、その年齢・発達段階に応じた養育をしなければなりません。
- 生活保持義務の明確化:「自己と同程度の生活を維持することができるよう扶養しなければならない」との文言により、いわゆる「生活保持義務」(自分の生活と同レベルの生活を子に保障する義務)が条文上明確にされました。これは養育費の算定の基礎となる重要な考え方です。
- 父母間の協力義務:離婚後であっても、父母は互いに人格を尊重し協力する義務を負います。この規定は、離婚後の共同親権制度を支える基本理念を示すものです。
親子の交流等(新設 民法第817条の13)
新設された民法第817条の13は、婚姻中の別居の場面も含めて、子と別居する父母やその他の親族との交流について規定しています。
【民法第817条の13(親子の交流等)】
第1項 第七百六十六条(第七百四十九条、第七百七十一条及び第七百八十八条において準用する場合を含む。)の場合のほか、子と別居する父又は母その他の親族と当該子との交流について必要な事項は、父母の協議で定める。この場合においては、子の利益を最も優先して考慮しなければならない。
第2項〜第5項 (協議が調わない場合の家庭裁判所による決定、父母以外の親族との交流等)
この規定により、婚姻中であっても別居している場合の親子交流について、法律上の根拠が明確になりました。また、祖父母等の親族と子との交流についても、家庭裁判所が「子の利益のため特に必要がある」と認める場合に、その実施を定めることができるようになりました(同条第4項・第5項、民法第766条の2)。
第3章 離婚後の親権者の定め方
改正のポイント:共同親権の導入
今回の改正で最も注目されているのが、離婚後の「共同親権」の導入です。改正後の民法第819条は、以下のような規律となりました。
【民法第819条(離婚後の親権者)】
第1項 父母が協議上の離婚をするときは、その協議で、父母の双方又は一方を親権者と定める。
第2項 裁判上の離婚の場合には、裁判所は、父母の双方又は一方を親権者と定める。
つまり、改正後は、協議離婚の場合も裁判離婚の場合も、父母の「双方」を親権者とすること(共同親権)が選択肢として加わりました。
協議離婚における親権者の定め方
協議離婚の場合、父母は話し合いにより、以下のいずれかを選択します。
- 父母双方を親権者とする(共同親権)
- 父母の一方を親権者とする(単独親権)
なお、改正後の民法第765条により、協議離婚の届出に当たっては、「親権者の定めがされていること」又は「親権者の指定を求める家事審判又は家事調停の申立てがされていること」のいずれかが要件とされます。
裁判所による親権者の指定
協議が調わない場合や裁判離婚の場合には、裁判所が親権者を指定します。その際の判断基準は、改正後の民法第819条第7項に詳細に規定されています。
【民法第819条第7項】
裁判所は、第二項又は前二項の裁判において、父母の双方を親権者と定めるかその一方を親権者と定めるかを判断するに当たっては、子の利益のため、父母と子との関係、父と母との関係その他一切の事情を考慮しなければならない。この場合において、次の各号のいずれかに該当するときその他の父母の双方を親権者と定めることにより子の利益を害すると認められるときは、父母の一方を親権者と定めなければならない。
一 父又は母が子の心身に害悪を及ぼすおそれがあると認められるとき。
二 父母の一方が他の一方から身体に対する暴力その他の心身に有害な影響を及ぼす言動を受けるおそれの有無、協議が調わない理由その他の事情を考慮して、父母が共同して親権を行うことが困難であると認められるとき。
この規定から、裁判所が共同親権(父母双方を親権者)とすることが子の利益を害する場合には、必ず単独親権としなければならないことが分かります。特に、虐待やDV(ドメスティック・バイオレンス)のおそれがある場合は、単独親権が選択されます。
重要なポイント:虐待やDVは、身体的なものに限られません。身体に対する暴力に加え、暴言・脅迫・誹謗中傷・濫訴など、相手方の心身に有害な影響を及ぼす言動も含まれ得ます(法務省Q&A等参照)。
親権者変更と協議の経過の考慮
改正後の民法第819条第8項は、親権者の変更に関して、「協議の経過」を考慮すべきことを明確にしています。これは、DVや威圧的な態度により不適正な合意がされたケースに対応するための規定です。
【民法第819条第8項(抜粋)】
家庭裁判所は、父母の協議により定められた親権者を変更することが子の利益のため必要であるか否かを判断するに当たっては、当該協議の経過、その後の事情の変更その他の事情を考慮するものとする。この場合において、当該協議の経過を考慮するに当たっては、父母の一方から他の一方への暴力等の有無、家事事件手続法による調停の有無又は裁判外紛争解決手続の利用の有無、協議の結果についての公正証書の作成の有無その他の事情をも勘案するものとする。
たとえば、DV加害者からの圧力のもとで共同親権に同意してしまった場合であっても、後から親権者変更の申立てを行い、協議の経過が不適正であったことを主張することで、単独親権への変更が認められる可能性があります。
第4章 親権行使のルール:共同行使の原則と例外
親権の共同行使の原則(民法第824条の2)
共同親権のもとでは、親権は原則として父母が共同して行使します。しかし、離婚後に父母が常に共同で意思決定を行うことは現実的ではありません。そこで、改正法は、親権の単独行使が可能な場合を明確に規定しています。
【民法第824条の2(親権の行使方法等)】
第1項 親権は、父母が共同して行う。ただし、次に掲げるときは、その一方が行う。
一 その一方のみが親権者であるとき。
二 他の一方が親権を行うことができないとき。
三 子の利益のため急迫の事情があるとき。
第2項 父母は、その双方が親権者であるときであっても、前項本文の規定にかかわらず、監護及び教育に関する日常の行為に係る親権の行使を単独ですることができる。
第3項 特定の事項に係る親権の行使について、父母間に協議が調わない場合であって、子の利益のため必要があると認めるときは、家庭裁判所は、父又は母の請求により、当該事項に係る親権の行使を父母の一方が単独ですることができる旨を定めることができる。
単独行使が可能な3つの場面
(1)急迫の事情があるとき(第824条の2第1項第3号)
「急迫の事情」とは、子の利益のために直ちに親権を行使する必要がある場合を指します。具体例としては、以下が挙げられます。
- DV・虐待から子を避難させる場合
- 緊急の医療行為が必要な場合(急病・事故等)
- 災害時の緊急避難
- 子の安全が脅かされている場合の緊急の転居
もっとも、相手方の同意なく単独で親権を行使できるのは、あくまで「子の利益のため急迫の事情があるとき」に限られます。この「急迫の事情」の解釈は、施行後の実務において重要な論点であり、法務省も法務省Q&Aで言及しています。
(2)日常の行為(第824条の2第2項)
「監護及び教育に関する日常の行為」については、父母の一方が単独で親権を行使できます。具体例としては、以下が挙げられます。
- 子の食事、衣服、生活用品の購入
- 日常的な医療行為(風邪の通院等)
- 学校の日常的な連絡・対応(遠足の同意書等)
- 子の生活リズムの管理(就寝時間、ゲーム時間等)
- 習い事の日常的な送迎
(3)父母間の意見対立を調整する裁判手続(第824条の2第3項)
共同親権のもとで父母の意見が対立し、協議が調わない場合には、家庭裁判所に対して、特定の事項について一方の親が単独で親権を行使できる旨の審判を求めることができます。これは今回の改正で新設された手続です。
たとえば、子の進学先について父母の意見が対立する場合や、子の重大な医療行為(手術等)について合意できない場合などに利用されることが想定されます。
監護者の権利義務(民法第824条の3)
改正法では、監護者(子の監護を主として行う者)の権利義務についても明確化されました。民法第824条の3は、監護者が親権を行う者と同一の権利義務を有すること、及び監護者は単独で子の監護及び教育、居所の指定及び変更等を行うことができることを規定しています。
これにより、共同親権のもとでも、日常的な監護については監護者が円滑に行えるよう制度設計されています。
第5章 養育費の履行確保に向けた見直し
養育費に関する改正は、子の生活を直接支える極めて重要な内容です。改正法は、養育費の「取決め」と「回収」の両面から抜本的な見直しを行いました。
法定養育費制度の導入(民法第766条の3)
改正前の法律では、養育費の支払を請求するためには、養育費の額について父母間で取決めをするか、裁判所の審判を得る必要がありました。しかし、協議離婚の場合、養育費について何の取決めもしないまま離婚するケースが少なくありませんでした。
改正法は、この問題に対応するため、「法定養育費」制度を新設しました。
【民法第766条の3(子の監護に要する費用の分担の定めがない場合の特例)】
父母が子の監護に要する費用の分担についての定めをすることなく協議上の離婚をした場合には、父母の一方であって離婚の時から引き続きその子の監護を主として行うものは、他の一方に対し、離婚の日から、法務省令で定めるところにより算定した額の支払を請求することができる。
法務省令により定められた法定養育費の額は以下のとおりです(法務省民事局「養育費に関する法務省令の概要」(令和7年12月)参照)。
法定養育費の額:月額2万円 × 子の数
(例)子が1人の場合:月額2万円、子が2人の場合:月額4万円、子が3人の場合:月額6万円
法定養育費は、養育費の取決めがない場合における暫定的・補充的な制度です。父母の協議や審判により養育費の額が定まった場合には、法定養育費に代わって、その定められた額が適用されます。
また、法定養育費は離婚の日から発生し、毎月末に支払うものとされ、父母間で養育費の取決めがされたとき、審判が確定したとき、又は子が18歳に達したときのいずれか早い時点で終了します。
支払義務者の抗弁:支払能力を欠くためにその支払をすることができないこと又はその支払をすることによってその生活が著しく窮迫することを証明したときは、全部又は一部の支払を拒むことができます(民法第766条の3第1項ただし書)。
養育費債権の先取特権(民法第306条・第308条の2)
改正前の法律では、養育費の取決めがあっても、相手方の財産を差し押さえるためには債務名義(公正証書や調停調書など)が必要でした。改正法は、養育費債権のうち一定額に先取特権(優先権)を付与し、父母間で作成した文書に基づいて差押えの申立てを可能にしました。
先取特権が付与される額:月額8万円 × 子の数
(例)子が1人の場合:月額8万円まで、子が2人の場合:月額16万円まで、子が3人の場合:月額24万円まで
この先取特権により、養育費権利者は、他の一般債権者に優先して弁済を受けることができます。これは、養育費の確実な回収を図るための画期的な制度改正です。
執行手続の負担軽減(ワンストップ化)
改正後の民事執行法第167条の17は、養育費等の債権に基づく強制執行手続の負担軽減を図るものです。具体的には、財産開示手続・第三者からの情報取得手続・差押えを連動させた一連の申請を可能にし、手続の負担を大幅に軽減するものと整理されています。
これにより、養育費権利者は、従来のように複数の手続を順番に申し立てる必要がなくなり、手続の負担が大幅に軽減されます。
収入情報の開示命令
改正後の人事訴訟法第34条の3及び家事事件手続法第152条の2は、養育費の分担に関する手続において、裁判所が当事者に対して収入及び資産の状況に関する情報の開示を命じることができる旨を規定しています。正当な理由なく情報を開示しない場合や虚偽の情報を開示した場合には、10万円以下の過料に処されます。
第6章 親子交流に関する規律の見直し
改正法では、「面会交流」の用語を「親子交流」に改め、その規律を大幅に見直しました。
用語の変更:「面会交流」から「親子交流」へ
改正法では、従来の「面会及びその他の交流」という表現を「交流」に改めました(民法第766条等)。また、国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律でも、「面会その他の交流」を「交流」に改めています。この変更は、直接の面会に限らず、電話やビデオ通話、手紙のやり取りなど、多様な形態の交流を含む趣旨を明確にするものです。
親子交流の試行的実施
改正後の人事訴訟法第34条の4及び家事事件手続法第152条の3は、裁判所が、子の監護に関する処分の手続において、当事者に対し、子との交流の試行的実施を促すことができる旨を規定しています。
【家事事件手続法第152条の3(審判前の親子交流の試行的実施)】
第1項 家庭裁判所は、子の監護に関する処分の審判事件において、子の心身の状態に照らして相当でないと認める事情がなく、かつ、事実の調査のため必要があると認めるときは、当事者に対し、子との交流の試行的実施を促すことができる。
第2項 家庭裁判所は、交流の方法、交流をする日時及び場所並びに家庭裁判所調査官その他の者の立会いその他の関与の有無を定めるとともに、当事者に対して子の心身に有害な影響を及ぼす言動を禁止することその他適当と認める条件を付することができる。
この制度により、審判や調停の前の段階で、裁判所の関与のもとに安全な親子交流の試行が行われることが期待されます。
父母以外の親族(祖父母等)と子との交流
改正後の民法第766条の2は、家庭裁判所が、「子の利益のため特に必要がある」と認めるときに、父母以外の親族(祖父母等)と子との交流を実施する旨を定めることができる規定を新設しました。
この審判の請求は、父母のほか、父母以外の子の親族(子の直系尊属及び兄弟姉妹。それ以外の者については、過去に当該子を監護していた者に限る。)もすることができます。ただし、当該親族と子との交流についての定めをするため他に適当な方法があるときは、請求することはできません(同条第2項)。
婚姻中別居の場面における親子交流
前述の民法第817条の13により、婚姻中であっても別居している場合の親子交流について法的根拠が明確化されました。これにより、離婚前の別居段階から、子と別居親との交流の確保が図られることになります。
第7章 財産分与・その他の改正事項
財産分与の請求期間の伸長(民法第768条)
改正後の民法第768条第2項ただし書は、財産分与の請求期間を従来の「2年」から「5年」に伸長しました。離婚時にはDVからの避難や生活の立て直しに追われ、財産分与の請求を行う余裕がないケースが少なくないことに配慮した改正です。
財産分与の考慮要素の明確化
改正後の民法第768条第3項は、財産分与の考慮要素を詳細に規定しました。
【民法第768条第3項】
家庭裁判所は、離婚後の当事者間の財産上の衡平を図るため、婚姻中に取得し、又は維持した財産の額及びその取得又は維持についての各当事者の寄与の程度、婚姻の期間、婚姻中の生活水準、婚姻中の協力及び扶助の状況、各当事者の年齢、心身の状況、職業及び収入その他一切の事情を考慮して、分与をさせるかどうか並びに分与の額及び方法を定める。
(後段)この場合において、婚姻中の財産の取得又は維持についての各当事者の寄与の程度は、その程度が異なることが明らかでないときは、相等しいものとする。
特に重要なのは、後段の「2分の1ルール」の明文化です。婚姻中の財産形成に対する寄与の程度が異なることが明らかでない限り、原則として各当事者の寄与は2分の1ずつと推定されます。これにより、専業主婦(夫)の家事労働の価値が法律上明確に認められたことになります。
裁判離婚の原因等の見直し(民法第770条)
改正後の民法第770条第1項では、従来の離婚原因のうち第4号「配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき」が削除されました。精神障害を理由とする離婚原因の規定は、障害者差別の観点から問題があるとの指摘を踏まえた改正です。
夫婦間契約の取消権の廃止(旧民法第754条の削除)
改正前の民法第754条は、「夫婦間でした契約は、婚姻中、いつでも、夫婦の一方からこれを取り消すことができる」と規定していましたが、改正法により削除されました。なお、民法第753条は今回の改正以前から既に削除済みです。これにより、夫婦間の合意(財産に関する取決め等)の法的安定性が高まります。
養子縁組に関する規律の整備(民法第797条・第818条)
養子縁組後の親権者に関する規律が明確化されました(民法第818条第3項)。また、養子縁組の代諾について、監護親が正当な理由なく同意しない場合に、家庭裁判所がその同意に代わる許可を与えることができる規定が新設されました(民法第797条第3項・第4項)。
第8章 DV・虐待がある場合の対応
「共同親権」の導入に際して、DV(ドメスティック・バイオレンス)や虐待がある場合の安全確保は重要な課題です。改正法は、この点について複数の安全装置を設けています。
単独親権が義務付けられる場合
前述のとおり、民法第819条第7項は、以下の場合には裁判所が必ず単独親権を選択しなければならないと規定しています。
- 子への虐待のおそれ:「父又は母が子の心身に害悪を及ぼすおそれがあると認められるとき」(第1号)
- DV・親権の共同行使の困難:「父母の一方が他の一方から身体に対する暴力その他の心身に有害な影響を及ぼす言動を受けるおそれの有無」等を考慮して「父母が共同して親権を行うことが困難であると認められるとき」(第2号)
これらに加え、「その他の父母の双方を親権者と定めることにより子の利益を害すると認められるとき」にも、単独親権としなければなりません。
急迫の事情による単独行使
仮に共同親権が定められた場合であっても、「子の利益のため急迫の事情があるとき」には、一方の親が単独で親権を行使できます(民法第824条の2第1項第3号)。DV・虐待からの避難はこの「急迫の事情」の典型例です。
つまり、共同親権のもとであっても、子を連れてDV加害者から避難することは、急迫の事情に当たる限り、法律上認められた正当な行為と解釈しうることになります。その範囲では、相手方の同意を得ることなく単独で親権を行使することができます。
不適正な合意への対応
前述のとおり、民法第819条第8項は、親権者変更の際に「協議の経過」を考慮すべきことを定めています。DVにより不本意ながら共同親権に同意してしまった場合には、後から親権者変更を求めることができます。
その際、裁判所は、DVの有無、調停や裁判外紛争解決手続(ADR)の利用の有無、公正証書の作成の有無等を総合的に考慮して判断します。
親権者の指定の申立ての取下げ制限
改正後の家事事件手続法第169条の2は、親権者の指定の申立ては、審判がされる前であっても、家庭裁判所の許可を得なければ取り下げることができないとしています。これは、DV加害者からの圧力等により、被害者が申立てを取り下げることを強制されることを防ぐための規定です。
第9章 よくある想定質問(FAQ)
Q1:共同親権は、必ず選ばなければならないのですか?
いいえ。共同親権は選択肢の一つであり、義務ではありません。協議離婚の場合、父母は話し合いにより、共同親権と単独親権のいずれかを選択できます(民法第819条第1項)。裁判所が関与する場合にも、子の利益を害するおそれがある場合には単独親権としなければなりません(同条第7項)。
Q2:共同親権になると、子の進学や転居のたびに相手方の同意が必要になるのですか?
日常的な監護・教育に関する行為は、一方の親が単独で行えます(民法第824条の2第2項)。進学先の選択のような重要事項については、原則として父母の協議が必要ですが、協議が調わない場合には家庭裁判所に判断を求めることができます(同条第3項)。また、緊急を要する場合には「急迫の事情」として単独行使が可能です(同条第1項第3号)。
Q3:DVがあった場合でも共同親権になる可能性はありますか?
DVのおそれがある場合には、裁判所は単独親権を選択しなければなりません(民法第819条第7項第2号)。虐待やDVは身体的なものに限られず、精神的暴力、経済的暴力も含まれます。また、仮に協議で共同親権が定められたとしても、後から親権者変更を申し立てることが可能です(同条第8項)。
Q4:改正法は、すでに離婚している人にも適用されますか?
改正法の規定は、原則として施行前に生じた事項にも適用されます(附則第2条)。ただし、法定養育費制度は施行日前の離婚には適用されません(附則第3条第2項)。また、財産分与の請求期間の伸長も、施行日前の離婚については従前の例(2年)によります(附則第4条)。既に離婚した方が親権者変更を求める場合には、新法のもとで家庭裁判所に申立てを行うことができます(附則第6条)。
Q5:養育費を取り決めていない場合、法定養育費はいつから請求できますか?
法定養育費は、令和8年4月1日以降に離婚した場合に、離婚の日から請求できます(民法第766条の3)。月額は子1人あたり2万円で、支払日は毎月末です。なお、この制度は暫定的・補充的なものであり、父母間の取決め、審判の確定、又は子が18歳に達した時のいずれか早い時点で終了します。算定表に基づくより高額な養育費を協議や審判で定めることも可能です。
Q6:先取特権により、具体的にどのように養育費を回収できるのですか?
先取特権が認められる範囲(月額8万円×子の数)内であれば、父母間で作成した文書に基づいて、相手方の預貯金や給与に対する差押えの申立てを行うことができます(民法第308条の2、民事執行法第193条)。また、「ワンストップ化」により、財産開示手続・第三者情報取得手続・差押えを連動させた申立てが可能となり、手続負担の軽減が図られます(民事執行法第167条の17)。
Q7:祖父母が孫との交流を求めることはできますか?
改正法により、家庭裁判所が「子の利益のため特に必要がある」と認めるときは、祖父母等の親族と子との交流を定めることができるようになりました(民法第766条の2、第817条の13第4項・第5項)。祖父母(子の直系尊属)は、自ら家庭裁判所に審判を請求することもできます。ただし、他に適当な方法がある場合は請求できません。
Q8:離婚前に別居している場合、子どもとの交流はどうなりますか?
改正法により、婚姻中であっても別居している場合の親子交流について法的根拠が明確化されました(民法第817条の13)。別居中の親子交流に関する事項は、まず父母の協議で定め、協議が調わない場合には家庭裁判所に定めてもらうことができます。
第10章 おわりに:改正法施行に向けた準備
令和8年4月1日の施行まで、あとわずかとなりました。本章では、この改正に向けて、離婚を検討されている方、すでに離婚された方、そして企業・団体の実務担当者の皆様が準備すべきポイントを整理します。
離婚を検討中の方へ
- 親権者の定め方について、共同親権と単独親権のメリット・デメリットを十分に理解した上で検討してください。
- 養育費について、法定養育費(月額2万円×子の数)は暫定的・補充的な制度にとどまります。算定表に基づく適正額での取決めを行い、可能であれば公正証書や調停調書の形で残すことが重要です。
- 親子交流の取決めについても、子の利益を最優先に、具体的な内容(頻度、方法、場所等)を定めておくことをお勧めします。
- DVや虐待がある場合には、迷わず専門家(弁護士、配偶者暴力相談支援センター等)に相談してください。改正法はDV・虐待がある場合に適切に対応するための規定を設けています。
すでに離婚された方へ
- 改正法は、原則として施行前の離婚にも適用されます(附則第2条)。親権者変更を検討される場合には、新法のもとで申立てが可能です。
- 養育費の先取特権(月額8万円×子の数の範囲内)は、施行日以後に生じる各期の養育費から適用されます(附則第3条第1項)。
- 財産分与の請求期間の伸長(2年→5年)は、施行日前の離婚には適用されません(附則第4条)のでご注意ください。
企業・団体の実務担当者の方へ
- 従業員の子の親権に関する書類(学校関連の手続、保険の手続等)において、共同親権のケースが増えることが予想されます。両親双方の同意が必要な場合と単独行使が可能な場合の区別を理解しておくことが重要です。
- 養育費の先取特権に基づく給与差押えが増加する可能性があります。父母間で作成した文書に基づく差押命令申立てがされる場面も想定し、社内手続を整備しておくことをお勧めします。
- 顧客対応において、離婚後の共同親権に関する相談が増えることが予想されます。改正法の基本的な仕組みについて理解を深めておくことが有益です。
本稿が、改正民法の理解と実務対応の一助となれば幸いです。改正法の具体的な運用については、今後の裁判例や実務の集積に加え、行政実務や支援施策の整備状況も注視していく必要があります。ご不明な点やご相談がございましたら、弁護士法人長瀬総合法律事務所までお気軽にお問い合わせください。
主な参考文献・資料
- 法務省民事局「民法等の一部を改正する法律の概要」(令和7年12月)
- 法務省民事局「養育費に関する法務省令の概要」(令和7年12月)
- 法務省「民法等の一部を改正する法律」(令和6年法律第33号)条文
- 法務省「新旧対照条文」
- 法務省「Q&A形式の解説資料(民法編)」
- 法務省「Q&A形式の解説資料(行政手続・支援編)」
- 法務省「養育費に関する法務省令」(令和7年法務省令第56号)
※本稿の内容は令和8年3月時点の公表資料に基づいています。改正法の解釈・運用については、施行後の裁判例、通達、運用資料等により具体化・変更される可能性があります。
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