はじめに
インターネット上の誹謗中傷に対し、法的措置を検討する際、被害者の方にとって最も関心が高く、かつ分かりにくいのが「損害賠償額(お金)」の問題ではないでしょうか。
「ひどいことを書かれたのだから、数百万、数千万単位で請求したい」
「書き込みのせいで店にお客が来なくなり、売上が激減した。この損失を補償してほしい」
このようにお考えになるのは当然のことです。しかし、実際の裁判で認められる損害額(賠償金の額)は、被害者の「怒りの大きさ」だけで決まるものではありません。法的な「算定基準」や「相場」、そして厳密な「証拠」に基づいて算出されます。
本記事では、ネット誹謗中傷における損害賠償請求の内訳、慰謝料の相場、そしてハードルが高いとされる「営業損害(逸失利益)」の算定方法について解説します。
Q&A:損害額算定に関するよくある質問
Q1. ネットの悪口で訴えた場合、慰謝料の相場はどのくらいですか?
一般的な個人への名誉毀損であれば、10万円〜50万円程度が目安です。
「思ったより少ない」と感じられるかもしれません。これは裁判所が認める基準(判例相場)であり、リベンジポルノや深刻な脅迫、長期間にわたる執拗な攻撃など、悪質性が極めて高いケースでは100万円〜200万円、あるいはそれ以上認められることもあり得ます。あくまでケースバイケースであり、加害者の社会的地位や拡散の規模によっても変動します。
Q2. 根拠のないデマで店の売上が半減しました。減った分を全額請求できますか?
請求は可能ですが、「因果関係」の証明が非常に難しいのが現実です。
「売上が減った事実」と「書き込み」の間に、明確なつながり(因果関係)があることを被害者側が証明しなければなりません。「季節要因で減ったのではないか」「競合店ができたからではないか」といった反論を覆し、書き込みこそが減少の原因であると立証するには、詳細な売上データや専門家の分析が必要になることがあります。
Q3. 犯人を特定するためにかかった弁護士費用も、相手に払わせることができますか?
全額ではありませんが、その一部(または相当額)を請求できる傾向にあります。
かつては調査費用(特定費用)の請求は認められにくい傾向にありましたが、近年の裁判例では、投稿者が匿名である以上、特定手続きが不可欠であるとして、調査にかかった弁護士費用(の実費や着手金の一部)を「損害」として認めるケースが増えています。ただし、裁判所が認めるのは「必要かつ相当な範囲」に限られます。
解説:損害賠償請求に含まれる「4つの損害」と算定方法
一口に「損害賠償」と言っても、その中身はいくつかに分類されます。裁判所に対して「総額〇〇円」と請求するためには、一つひとつの項目を積み上げて計算する必要があります。
1. 精神的損害(慰謝料)
精神的苦痛に対する賠償です。個人の被害において中心となる項目です。
金額は一律ではなく、以下の要素を総合的に考慮して裁判官が決定します。
権利侵害の種類
- 名誉毀損(社会的評価の低下): 10万〜50万円、悪質な場合50万〜100万円超。
- 侮辱(名誉感情の侵害): 数千円〜10万円程度(※近年、侮辱罪の厳罰化に伴い、民事でも増額傾向にあるとの見方もあります)。
- プライバシー侵害: 10万〜50万円程度(住所や病歴の暴露など)。
- 肖像権侵害: 10万〜30万円程度(無断転載など)。
増額事由(金額が上がる要素)
- 投稿の回数が多い、期間が長い。
- 不特定多数が閲覧する掲示板やSNSで拡散性が高い。
- 加害者の社会的地位が高い、または被害者との関係性(元交際相手など)。
- 内容が虚偽であり、かつ悪質性が高い(犯罪者扱いなど)。
- 被害者が精神疾患を発症した(診断書がある)。
2. 財産的損害(逸失利益・営業損害)
誹謗中傷がなければ得られたはずの利益(逸失利益)や、実際に失った財産のことです。主に法人や個人事業主(店舗経営者など)が請求する場合に重要になります。
営業損害(売上減少分)
前年同月比などで売上の減少額を示し、その減少が「投稿の直後から始まっている」ことなどをデータで示します。ただし、全額が認められることは稀で、「減少分の〇割」といった形で限定的に認められることが多いです。
信用毀損による損害
法人の場合、「精神的苦痛(心)」がないため、原則として慰謝料は認められません。その代わり、会社の社会的評価(信用)が傷つけられたことに対する「無形の損害」として賠償が認められます。中小企業の場合、50万円〜100万円程度が目安となることが多いです。
3. 調査費用(発信者情報開示請求費用)
投稿者を特定するために要した弁護士費用や実費です。
加害者が自ら名乗らない限り、被害者は特定手続きを強いられます。そのため、特定にかかった費用は「加害行為と相当因果関係のある損害」として請求可能です。
裁判では、実際にかかった費用の全額が認められることもあれば、「事案の難易度」を考慮して減額されることもあります。
4. 弁護士費用(損害賠償請求にかかる費用)
ここで言う「弁護士費用」とは、特定後の「損害賠償請求訴訟」自体を弁護士に依頼した費用のことです(調査費用とは別です)。
日本の裁判実務では、弁護士費用は原則として自己負担(各自負担)ですが、不法行為に基づく損害賠償請求の場合は特例として、「認容された損害額(慰謝料+調査費用など)の10%程度」を弁護士費用相当額として上乗せ請求することが認められています。
(例:慰謝料等が100万円と認定された場合、その10%の10万円を加算し、合計110万円の支払いを命じる)。
「逸失利益」の立証における高いハードル
特にビジネスを行っている方にとって、風評被害による売上ダウンは死活問題です。しかし、裁判でこれを認めてもらうことは、難易度が高いのが実情です。
なぜ難しいのか?
売上の増減には、無数の要因が絡むからです。
- 「景気が悪くなったからではないか?」
- 「商品の質が落ちたからではないか?」
- 「近くにライバル店ができたからではないか?」
- 「たまたま雨の日が続いたからではないか?」
加害者側は裁判で必ずこのように反論してきます。これに対し、被害者側は「いいえ、他の要因はありません。この書き込み『だけ』が原因で客足が遠のいたのです」ということを、客観的な証拠で証明しなければなりません。
これを突破するためには、公認会計士による意見書の提出や、Googleマップの口コミ評価と客数の相関関係の分析など、高度な立証活動が必要となります。
弁護士に相談・依頼するメリット
「相場」はあくまで目安に過ぎません。実際の交渉や裁判では、弁護士の力量によって認められる金額が大きく変わることがあります。
1. 徹底的な「増額事由」の主張
被害者ご自身では「ひどい!」という感情的な訴えになりがちですが、弁護士は法的な観点から事実を分析します。
「この表現は、過去の判例〇〇と比較しても悪質である」
「被害者が受けた影響は、単なる不快感を超えて、業務に支障をきたすレベルである」
といった論理構成を行い、少しでも高い慰謝料を獲得できるよう主張を尽くします。
2. 困難な「損害」の立証サポート
営業損害の証明など、証拠集めが難しいケースにおいて、弁護士は「どのような資料があれば裁判所を説得できるか」をアドバイスします。
3. 費用対効果を考えた冷静な判断
無理に高額な請求(数千万円など)をして裁判を起こしても、認められる見込みが薄ければ、印紙代や弁護士費用の無駄になりかねません。弁護士は、過去のデータに基づき「現実的に獲得可能なライン」を見極め、依頼者が損をしないための最適な戦略(和解か判決か)を提案します。
まとめ
ネット誹謗中傷による損害賠償額の算定は、単なる計算問題ではなく、法的な論証の積み重ねです。
- 慰謝料: 相場は10万〜50万円だが、悪質性により増額可能。
- 営業損害: 請求可能だが、因果関係の証明が最大の壁。
- 調査費用: 特定にかかったコストも損害として請求すべき。
「許せない」という思いを、正当な「金額」として形にするためには、専門的な知識と戦略が重要です。
加害者に相応の責任を負わせ、被った損害を少しでも回復するために。適正な損害額の算定や請求方法については、情報管理法務を扱う弁護士法人長瀬総合法律事務所にご相談ください。
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