はじめに
日本経済を支える中小企業において、経営者の高齢化と後継者不足は深刻な社会問題となっています。「2025年問題」としても知られるように、多くの経営者が70歳を超える中で、後継者が決まっていない企業は少なくありません。黒字経営でありながら、後継者がいないために廃業を選択せざるを得ない「黒字廃業」も増加傾向にあります。
オーナー企業における事業承継は、単に社長の椅子を誰かに譲れば済む話ではありません。「経営権(代表権)」と「所有権(自社株式)」の両方を、適切なタイミングと方法で次世代へ移転させる、極めて高度な経営判断が求められます。そこには、会社法、相続法、税法など、複雑な法的課題が絡み合います。対策を先送りにすれば、相続発生時に株式が分散して経営が立ち行かなくなったり、過大な税負担により会社の資金繰りが悪化したりするリスクがあります。
本稿では、中小企業・オーナー企業の経営者様に向けて、事業承継の基本的な選択肢から、自社株対策、相続トラブルの防止策まで、法務のプロフェッショナルの視点で分かりやすく解説します。
Q&A:事業承継に関する経営者の悩み
まずは、事業承継を検討されている経営者様から多く寄せられる疑問について、Q&A形式で回答します。
Q1:親族に後継者候補がいません。従業員に会社を譲りたいと考えていますが、何から始めるべきですか?
株式取得資金の確保と、経営者保証(個人保証)の処理が最大の課題です。
従業員への承継(MBOなど)の場合、親族内承継と異なり、後継者となる従業員に自社株を買い取るだけの資金力がないケースがほとんどです。金融機関からの融資や、持ち株会の活用、種類株式の導入などを検討する必要があります。また、会社の借入金に対する経営者(現社長)の個人保証を、後継者が引き継げるかどうかも問題となります。近年は「経営者保証に関するガイドライン」の運用により、一定の要件を満たせば保証解除が可能になるケースも増えています。法務・財務の両面から計画を立てる必要があります。
Q2:自社株の評価額が高額になっており、後継者に贈与すると多額の税金がかかりそうです。どうすればよいでしょうか?
事業承継税制の活用や、株価引き下げ対策、法的な組織再編の検討が必要です。
中小企業の自社株は、業歴が長く内部留保が厚いほど高評価になりがちです。「事業承継税制(特例措置)」を活用すれば、贈与税・相続税の納税が猶予・免除される可能性がありますが、これには都道府県知事への認定申請など厳格な手続きと継続要件が必要です。また、法的には、退職金の支給による株価引き下げや、持株会社の設立などのスキームも考えられます。税務リスクと法務リスク(債権者保護手続など)を総合的に判断する必要があります。
Q3:私(オーナー社長)には子供が複数いますが、長男に会社を継がせたいです。相続で株式が分散してしまわないか心配です。
遺言書の作成と、遺留分対策(除外合意など)が必要です。
何もしなければ、相続発生時に法定相続分に従って株式が分割され、会社の支配権(議決権)が分散してしまうリスクがあります。「長男に全ての株式を相続させる」旨の遺言書を作成することが第一歩ですが、他の兄弟姉妹の「遺留分(最低限の遺産取り分)」を侵害すると、後で金銭請求(遺留分侵害額請求)を受ける可能性があります。これを防ぐため、生前に推定相続人全員の合意を得て、自社株を遺留分の算定基礎から除外する「経営承継円滑化法上の除外合意」の手続きを行うことが有効です。
解説:中小企業の事業承継における法的課題と解決策
事業承継を成功させるためには、複数の選択肢の中から自社に最適な方法を選び、時間をかけて準備することが重要です。ここでは、主要な承継パターンごとの特徴と、共通する法的課題(自社株・相続)について解説します。
事業承継の3つのパターンと法的留意点
事業承継の方法は、誰に承継させるかによって大きく3つに分類されます。
(1) 親族内承継
現経営者の子供や親族に引き継ぐ方法です。
- メリット: 社内外(従業員、取引先、金融機関)からの心情的な納得が得やすく、準備期間を長く取れるため、教育や株式移転を計画的に進められます。
- デメリット: そもそも適任者がいるとは限らず、後継者本人に継ぐ意思がない場合もあります。また、他の推定相続人との間で不公平感が生じ、相続争い(争族)に発展するリスクが高いパターンです。
- 法的ポイント: 株式の集中(分散防止)と遺留分対策が重要課題となります。
(2) 役員・従業員承継(社内承継)
長年経営を支えてきた役員や有能な従業員に引き継ぐ方法です。
- メリット: 業務内容や企業文化を熟知しており、経営の連続性を保ちやすいです。
- デメリット: 親族承継と同様、株式の買取資金がネックとなります。また、現経営者がオーナーとして株式を持ち続け、後継者は経営のみを行う「所有と経営の分離」を選択する場合、将来的に経営方針の対立が生じた際に、株主である創業家が経営者を解任できてしまうという不安定さが残ります。
- 法的ポイント: 自社株をどのように譲渡するか(売買、贈与)、またはMBO(マネジメント・バイアウト)のスキーム構築が重要です。種類株式を活用し、後継者には議決権を持たせつつ、財産的価値は創業家に残すといった設計も可能です。
(3) M&A(第三者承継)
株式譲渡や事業譲渡により、社外の第三者(他の企業やファンド等)に会社を売却する方法です。
- メリット: 後継者不在の解決策となるだけでなく、オーナー経営者に創業者利益(売却益)をもたらします。大手企業の傘下に入ることで、事業の安定や成長が見込める場合もあります。
- デメリット: 希望する条件での買い手が見つかるとは限りません。また、企業文化の違いによる統廃合の摩擦(PMIの失敗)リスクがあります。
- 法的ポイント: 秘密保持契約(NDA)、基本合意書、最終契約書(DA)などの契約交渉が中心となります。法務デューデリジェンス(DD)への対応や、表明保証条項の調整など、専門的な法務サポートが重要です。
自社株対策と支配権の確保
中小企業オーナーにとって、自社株は「個人の財産」であると同時に「会社の支配権」そのものです。円滑な承継のためには、後継者に議決権の3分の2以上(特別決議を単独で成立させられる割合)を集約させることが理想です。
株式の分散リスク
相続や過去の増資により株式が分散していると、重要な経営決定(定款変更、役員選任、合併など)がスムーズに行えなくなります。また、少数株主から「株式買取請求権」を行使されたり、会計帳簿閲覧権を行使されたりして、経営が混乱する恐れがあります。
種類株式の活用
会社法では、普通株式とは異なる権利内容を持つ「種類株式」を発行することができます。事業承継対策として特に有効なのが以下のものです。
- 議決権制限株式: 配当は受け取れるが、株主総会での議決権がない株式。後継者以外の相続人に渡す財産として活用します。
- 拒否権付株式(黄金株): 重要な決議事項に対して拒否権を持つ株式。後継者に経営を譲った後も、先代が一定の牽制力を持ちたい場合に発行することがあります(ただし、乱用には注意が必要です)。
所在不明株主への対応
歴史の長い企業では、株主名簿には名前があるが連絡がつかない「所在不明株主」が存在することがあります。これらを放置するとM&Aや組織再編の障害となります。会社法の手続き(5年以上の継続保有要件や公告など)を経て、会社がこれらの株式を買い取る(競売等)スクイーズ・アウトの手法も検討すべきです。
相続法務と遺留分対策
「会社は長男に継がせるが、不動産や預金は次男や長女に」といった分け方ができれば良いのですが、自社株の評価額が全財産の大半を占めるケースが多く、バランスを取るのが困難です。
遺留分侵害額請求のリスク
兄弟姉妹などの法定相続人には、遺言によっても奪うことのできない最低限の遺産取得分「遺留分」があります。後継者に自社株を集中させた結果、他の相続人の遺留分を侵害してしまった場合、後継者は他の相続人に対して、侵害額に相当する金銭を支払わなければなりません。この資金負担により、会社の経営が圧迫される事態は避けなければなりません。
経営承継円滑化法の活用(民法特例)
この問題に対処するため、「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律(経営承継円滑化法)」には、遺留分に関する民法の特例が設けられています。
- 除外合意: 後継者に贈与された自社株を、遺留分の算定基礎となる財産から除外する。
- 固定合意: 自社株の評価額を、合意時の価額に固定する(その後の株価上昇分は遺留分に影響しない)。
これらを利用するには、旧代表者の推定相続人「全員」の合意が必要であり、さらに経済産業大臣の確認、家庭裁判所の許可というプロセスを経る必要があります。ハードルは高いですが、将来の紛争を確実に封じ込める有効な手段です。
経営者保証のガイドラインと解除
中小企業の借入金の多くには、経営者の個人保証が付されています。これが後継者にとって大きな心理的・経済的負担となり、承継を躊躇させる要因となっています。
経営者保証に関するガイドライン
政府や金融庁は、一定の条件を満たす企業について、経営者保証を求めない融資慣行の確立を目指しています。以下の3要件がポイントとなります。
- 法人と経営者との関係の明確な区分・分離(公私混同がないこと)。
- 財務基盤の強化(返済能力があること)。
- 財務状況の正確な把握、適時適切な情報開示(透明性)。
事業承継を機に、先代の保証を解除し、後継者の保証も取らないよう金融機関と交渉することは十分に可能です。弁護士や会計士等の専門家の支援を得て、企業の「磨き上げ」を行い、金融機関に対する交渉力を高めることが重要です。
弁護士に相談するメリット
事業承継は、一度実行してしまうと後戻りができない重大なプロジェクトです。税理士に相談する方は多いですが、法務の視点が欠けると、後々になって株式の権利関係や相続でトラブルになるケースが散見されます。弁護士法人長瀬総合法律事務所にご相談いただくメリットは以下の通りです。
複雑なスキームの法的有効性を担保
種類株式の導入、持株会社の設立、従業員持株会の組成、あるいはM&Aによる株式譲渡など、事業承継には会社法上の手続きが不可欠です。当事務所は、貴社の状況に合わせ、法的リスクを排除した最適な承継スキームを設計・実行支援いたします。
「争族」を防ぐ遺言・相続対策
自社株を確実に後継者へ渡すための遺言書の作成はもちろん、経営承継円滑化法に基づく除外合意の手続きなど、高度な相続法務に対応します。他の相続人への配慮や交渉も含め、円満な承継に向けた調整役を担います。
M&Aにおける契約交渉とデューデリジェンス
第三者への承継(M&A)を選択される場合、買い手企業との契約交渉や、法務デューデリジェンスへの対応は極めて専門的な知識を要します。不利な条項を結ばないよう、契約書のリーガルチェックや交渉代理を行い、オーナー経営者の利益を最大化します。
まとめ
中小企業・オーナー企業にとって、事業承継は「創業以来、最後にして最大の経営課題」と言っても過言ではありません。
親族に継がせるにせよ、M&Aで第三者に譲るにせよ、成功の鍵を握るのは「早期の準備」です。後継者の育成には5年から10年かかると言われますし、自社株の移転や相続対策にも長い時間が必要です。
「まだ元気だから大丈夫」と考えているうちに、突発的な健康問題などで準備不足のまま相続が発生し、会社が混乱に陥るケースは後を絶ちません。会社を存続させ、従業員や取引先を守り、そしてオーナー自身の老後を安心なものにするために、今すぐ対策を検討し始めていきましょう。
弁護士法人長瀬総合法律事務所は、茨城県内を中心に多くの中小企業の顧問弁護士を務め、事業承継の支援実績も豊富にあります。経営者様の想いに寄り添い、次世代へのバトンタッチを法務の力でサポートいたします。まずは一度、お気軽にご相談ください。
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