はじめに
1店舗の個人経営であれば、オーナーの頭の中で「どんぶり勘定」をしていても大きな問題にはなりません。しかし、多店舗展開やフランチャイズ(FC)化、あるいは店長に利益責任を持たせる「社内独立制度」を導入する段階になると、会計処理の曖昧さは致命的な紛争の火種となります。
「本部の経費が勝手に店舗の経費として引かれており、約束していた歩合が支払われない」「任せていた店長が売上を抜いていた(横領)」「共同経営者から、使途不明金について追求されている」――これらは美容業界で頻発するトラブルですが、その根本原因は「ルールの欠如」と「管理体制の不備」にあります。
本稿では、支店経営において避けて通れない「本部費用の配賦ルール」や「不正防止のための内部監査」、そして資金流用が発生した際の法的対応について解説します。
Q&A
Q1. 各店舗の店長には「店舗利益の10%」をボーナスとして支給する約束です。本部の家賃や社長の交際費を、各店舗の経費として差し引いても問題ありませんか?
事前の合意や規定がなければ、契約違反や賃金未払いとして訴えられるリスクがあります。
本部経費(本社家賃、事務員給与、広告宣伝費など)を各店舗に割り振ること(配賦)自体は経営会計上一般的です。しかし、それが店長の報酬に直結する場合、どのような計算式で配賦するのか(売上比か、面積比か、均等割かなど)を明確にし、就業規則や賃金規程、あるいは委任契約書で合意を得ておく必要があります。事後的に恣意的な経費を押し付けることは許されません。
Q2. 信頼していた店長が、レジの現金を少しずつ抜いている疑いがあります。すぐに解雇できますか?
疑いだけで解雇するのは危険です。「客観的な証拠」が必要です。
防犯カメラの映像、POSレジのデータと現金の差異記録、不自然な取り消し処理の履歴など、動かぬ証拠を固めた上で本人と面談し、弁明の機会を与える必要があります。証拠なしに解雇すると、逆に「不当解雇」で訴えられる可能性があります。まずは弁護士に相談し、調査の手順を整えることをお勧めします。
Q3. 共同出資で2店舗目を出しましたが、相手が通帳を見せてくれません。法的に開示させることはできますか?
会社の形態や契約内容によりますが、原則として開示請求権があります。
株式会社であれば、一定の議決権を持つ株主には会計帳簿閲覧謄写請求権(会社法433条)が認められています。また、民法上の組合(パートナーシップ)契約であれば、組合員には業務や財産状況を検査する権利があります。相手が拒否する場合、裁判所を通じた手続きが必要になることもあります。
解説
1. 「本部経費配賦」の法的ルールとトラブル防止
多店舗展開する美容室では、集客サイトの掲載費や求人費、経理事務の人件費など、本社(本部)が一括して支払う経費が発生します。これを各店舗の損益計算書(PL)にどう反映させるかは、経営管理上の課題であると同時に、法的な契約問題でもあります。
恣意的な経費計上の禁止
特に、店長やエリアマネージャーの報酬が「店舗の営業利益」に連動している場合、本部が不透明な経費(例えば、社長個人の私的な飲食費や、無関係な事業の赤字補填など)を「本部指導料」などの名目で店舗経費に算入すると、店長から「不当に報酬を減らされた」として未払い賃金請求訴訟を起こされる可能性があります。
配賦ルールの明文化
トラブルを防ぐためには、以下のルールを「賃金規程」や「業務委託契約書」に明記し、周知する必要があります。
- 配賦基準(アロケーションルール):本部費用を「売上高比率」で分けるのか、「店舗面積」で分けるのか、「スタッフ数」で分けるのか。
- 対象経費の範囲:どの費用が配賦対象となり、どの費用は本部持ち(社長持ち)なのか。
2. 店舗別収支管理と経営者の善管注意義務
「全店舗の売上が一つの通帳に入り、そこから全ての経費を払っているため、どの店が儲かっているか正確には分からない」という、いわゆる「どんぶり勘定」は、法人経営においては経営者の責任問題(善管注意義務違反)を問われるリスクがあります。
部門別会計の必要性
各店舗を一つの「部門」として独立させ、店舗ごとの収支(PL)を毎月作成することは、不正の早期発見のためにも不可欠です。「売上は上がっているはずなのに現金が残らない」という違和感は、詳細な店舗別管理をして初めて気づくことができます。
株主・出資者への説明責任
外部からの出資を受けている場合や、フランチャイズで加盟店オーナーが存在する場合、経営者は正確な会計情報を報告する法的義務を負います。不透明な会計処理によって損害を与えた場合、任務懈怠責任(会社法423条)に基づく損害賠償請求を受けることになります。
3. 資金流用・横領への対処と内部監査
現金商売であり、材料の在庫管理が難しい美容業は、内部不正が起きやすい業種です。
よくある不正の手口
- 売上の着服(中抜き):お客様から現金を受け取り、レジには登録せず(またはキャンセル処理をして)ポケットに入れる。
- 架空人件費:勤務していないアルバイトのタイムカードを切り、給与を架空請求する。
- 在庫の横流し:高価な店販商品(シャンプーや美容機器)を無断で持ち帰り、転売サイトで売却する。
内部監査と牽制(けんせい)制度
不正を防ぐには「人を疑う」のではなく「不正ができない仕組み」を作ることが重要です。
- ダブルチェック:レジ締めは必ず2名以上で行う、あるいは日替わりで行う。
- 抜き打ち監査:本部スタッフが予告なしに店舗を訪れ、現金の有高(ありだか)と在庫をチェックする規定(内部監査規定)を設ける。
- 防犯カメラの設置:レジ上への設置は、プライバシー侵害の懸念よりも防犯・業務管理の必要性が上回るとされ、適法に運用可能です(ただし、従業員への周知は必要)。
発覚時の法的対応
万が一、横領が発覚した場合の対応フローは以下の通りです。
- 証拠保全:POSデータ、防犯カメラ、在庫棚卸表などを確保する。
- 本人へのヒアリング:弁解の機会を与え、事実を認める場合は「自認書(念書)」を作成させる。
- 懲戒処分:就業規則に基づき、懲戒解雇などを検討する。
- 損害賠償請求・刑事告訴:被害額が大きい場合、返済計画の合意を取り付けるか、業務上横領罪での告訴を検討する。
※給与からの「天引き」で被害額を回収することは、労働基準法24条(賃金全額払いの原則)により、本人の自由な意思による同意がない限り禁止されています。慎重な手続きが必要です。
4. ガバナンス(企業統治)の強化
支店が増えるということは、社長の目が届かない場所が増えることを意味します。性善説に頼った経営から、ガバナンスの効いた組織経営への転換が必要です。
税理士任せにするのではなく、社内に管理部門(または担当者)を置き、定期的に店舗のお金の流れをチェックする体制を整えることは、会社の資産を守るだけでなく、スタッフを犯罪者にさせないための経営者の優しさでもあります。
弁護士に相談するメリット
会計や不正トラブルに関して、税理士だけでなく弁護士に相談するメリットには以下があります。
1. 不正調査と証拠確保のサポート
横領の疑いがある場合、どのように証拠を集めれば法的に有効か、本人にどう対峙して自白を引き出すか、といった実務的なアドバイスを行います。違法な調査(プライバシー侵害や強要)にならないよう法的適正性を確保します。
2. 損害賠償請求と回収
使い込まれた資金を回収するための交渉、公正証書の作成、仮差押えなどの法的手段を講じます。
3. 契約書・規定の整備
店長への報酬規定や、経費配賦のルール、フランチャイズ契約におけるロイヤリティ計算根拠など、後で揉めないための明確な条項を作成します。
4. 内部統制システムの構築支援
会社法上の内部統制システムの整備義務(大会社の場合)に準じ、中小規模の美容室でも導入可能な、リスク管理体制の構築を支援します。
まとめ
「金の切れ目が縁の切れ目」という言葉の通り、会計処理の不透明さは、創業メンバーの仲違いや、信頼していた店長の裏切りといった、経営者にとって辛いトラブルを引き起こします。
多店舗展開を目指すのであれば、「どんぶり勘定」からの脱却は必須です。
「どの経費を誰が負担するのか」「利益はどう計算され、どう分配されるのか」というルールを明確にし、誰もが納得できる透明性の高い経営を行うことが、スタッフの疑心暗鬼を消し、組織の一体感を高めることに繋がります。
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