はじめに
インターネット上の誹謗中傷トラブルにおいて、被害者の方が最初に直面し、かつ最も重要なタスクが「証拠収集」です。
弁護士への相談、警察への告訴、発信者情報開示請求、そして損害賠償請求。これらすべての法的措置は、被害者側が提示する「証拠」に基づいて進行します。
「ひどいことを書かれたが、投稿がすぐに消されてしまった」
「スクリーンショットは撮っていたが、URLが映っていなくて証拠として認められなかった」
このような事態に陥ると、どんなに悔しくても、法的に相手を追及する道が閉ざされてしまう可能性があります。特に、刑事告訴においては「証拠不十分」による不起訴処分、民事手続きにおいては「権利侵害の疎明不足」による請求棄却という最悪の結果を招きかねません。
本記事では、法的措置を成功させるために不可欠な「証拠収集」の正しい方法、法的有効性を高める保存のテクニック、そして不起訴や敗訴を防ぐためのポイントについて解説します。
Q&A:証拠収集に関するよくある質問
Q1. スマートフォンのアプリで撮ったスクリーンショットだけでは、証拠として不十分ですか?
残念ながら、不十分とされるケースが多いです。
多くのSNSアプリ(XやInstagramのアプリ版など)では、画面上部に「URL(アドレス)」が表示されません。法的な手続き、特に発信者情報開示請求においては、「どこのサイトの」「どのページ(URL)」での書き込みかを特定することが不可欠です。URLが欠けていると、プロバイダ側から「該当する投稿を特定できない」と反論されるリスクがあります。可能な限り、ブラウザ(SafariやChrome)で開き直して、URLバーが見える状態で保存することをお勧めします。
Q2. 相手が投稿を削除してしまいました。もう手遅れでしょうか?
直ちに諦める必要はありませんが、一刻を争います。
投稿自体がサイトから消えても、サイト管理者やプロバイダのサーバー内部には、一定期間「アクセスログ」が残っている可能性があります。このログさえ残っていれば、投稿者を特定できる余地があります。ただし、ログの保存期間は短いため、ログの保全手続き(削除禁止の仮処分など)を行う必要があります。
Q3. 警察に相談に行ったら「証拠不十分」と言われました。何が足りないのでしょうか?
単に「誹謗中傷の投稿」があるだけでは、刑事事件として立件するには足りないことがあります。
刑事手続きでは、「誰が(特定性)」「いつ」「誰に対して」「どのような意図で(故意)」行ったか、そして「その結果、どのような被害が生じたか(名誉毀損の事実や業務妨害の結果)」を厳密に証明する必要があります。投稿の画像だけでなく、前後の文脈(やり取り)、相手のアカウント情報、被害状況(精神科の診断書や売上減少のデータ)などをセットにして整理し、「犯罪構成要件」を満たしていることを説明する必要があります。
解説:法的有効性を持たせる「完全な証拠」の条件
「証拠ならある」と思っていても、いざ弁護士が見ると「これでは使えない」というケースは少なくありません。裁判所や警察に認められる、法的証拠能力の高い記録を残すためのポイントを解説します。
1. 法的に有効な証拠の「3大要素」
誹謗中傷の証拠として機能するためには、以下の3つの情報が1枚の画像(またはPDF)の中に網羅されている必要があります。
- 内容: 誹謗中傷の文言自体はもちろん、それが「誰に向けられたものか」が分かる前後の文脈。
- 場所(URL): 投稿が存在するインターネット上の住所。トップページのURLではなく、その投稿自体が表示される個別のURLが必要です。
- 時間: 投稿された日時、および「あなたがそれを閲覧・撮影した日時」。
2. 媒体別・正しい証拠保存テクニック
【Webサイト・掲示板(5ちゃんねる、爆サイなど)】
- PDF保存: パソコンのブラウザの印刷機能で「PDFとして保存」を選択し、ページ全体を保存するのがベストです。これにより、ヘッダーやフッターにURLと印刷日時が自動的に刻印されます。
- スクリーンショット: 画面に入りきらない場合は、複数枚に分けて撮影します。「URLバー」と「タスクバー(PCの日時が表示されている部分)」を含めて撮影してください。
【SNS(X、Instagram、Facebookなど)】
- ブラウザでの表示: アプリではなく、ブラウザ(SafariやChrome)でログインして該当の投稿を表示させます。これにより画面上部にURLが表示されます。
- 固有URLの取得: 各投稿には固有のURLがあります(例:Xであれば投稿右下の共有ボタンから「リンクをコピー」)。これをメモ帳などに貼り付け、それも合わせて証拠化します。
- 相手のプロフィール画面: 投稿だけでなく、相手のプロフィール画面(ID、自己紹介文、フォロワー数など)も必ず保存してください。特定の手がかりや、本人性を証明する材料になります。
【動画・消える投稿(YouTube、Instagramストーリー)】
- 画面収録(キャプチャ): 静止画では内容が伝わらない場合、スマホやPCの「画面収録機能」を使って、動画として保存します。再生中にURLバーが表示されていることを確認してください。
- ストーリーの保存: 24時間で消えるストーリーは、発見次第すぐに保存する必要があります。ハイライトに残っていない限り、消えた後の復元は困難です。
3. 「紙」と「デジタルデータ」の両方で管理する
証拠はプリントアウト(紙)して持参するだけでなく、デジタルデータ(画像ファイルやPDF)としても保存しておいてください。
デジタルの画像データには、「Exif情報」などのメタデータが含まれており、撮影日時や加工の有無を検証する際に役立ちます。また、弁護士が申立書を作成する際、URLを直接コピー&ペーストできるデータがあると、手続きがスムーズに進みます。
4. 決してやってはいけないNG行動
- 加工・切り取り: 画像の一部を切り取ったり、重要な部分にマーカーを引いたりする加工は避けてください。「改ざんされた証拠ではないか」という疑念を招き、証拠能力が低下します。
- 反論・書き込み: 証拠を残す前に、カッとなって言い返したり、削除依頼を出したりしないでください。相手が警戒して投稿を消したり、アカウントごと削除して逃亡したりするきっかけになります。まずは「現状維持」のまま証拠を保全するのが鉄則です。
「ログ保存期間」との時間との戦い
証拠収集において特に意識すべきなのは「時間」です。
インターネット上の通信記録(アクセスログ)は、永遠に残っているわけではありません。
- プロバイダのログ保存期間: 一般的に3ヶ月〜6ヶ月程度です。
- サイト側のログ保存期間: サイトによりますが、投稿削除後は速やかに消去される場合もあります。
被害者が「いつか訴えよう」と悩み、投稿から半年以上経過してからスクリーンショットを持って弁護士事務所に来ても、プロバイダ側のログが消えていれば、投稿者を特定することは技術的に不可能となります。
「証拠収集」と「弁護士への相談」は、被害に気づいたその瞬間にセットで行うべきアクションです。
弁護士に依頼するメリット
証拠収集はご自身でも可能ですが、弁護士が介入することで、その精度と有効性は飛躍的に向上します。
1. 「使える証拠」と「使えない証拠」の選別
被害者の方は、感情的な投稿すべてを証拠として提出しがちですが、法的に「権利侵害」と言えるものはその一部に限られることがあります。
弁護士は、膨大な投稿の中から「名誉毀損の構成要件を満たすもの」「侮辱罪に該当するもの」を的確にピックアップし、裁判所や警察が判断しやすい形(証拠説明書の作成など)に整理します。これにより、審査のスピードが上がり、認容判決や受理の可能性が高まります。
2. 「証拠保全」手続きによるログ消滅の回避
サイト管理者に対して、裁判所を通じた「発信者情報消去禁止の仮処分」などの手続きを行うことで、ログが消されるのを法的に止めることができます。これにより、特定手続きにかかる時間を確保し、ログ保存期間切れによる泣き寝入りを防ぎます。
3. 刑事告訴における「告訴状」の作成と警察対応
警察が告訴状を受理しない主な理由は「証拠不十分」や「民事不介入」です。
弁護士は、収集した証拠に基づき、犯罪事実を法的に論証した「告訴状」を作成します。弁護士名義で提出し、法的根拠を明確に示すことで、警察も事案の重大性を認識し、捜査に動き出す可能性が高まります。
まとめ
ネットトラブルの解決において、証拠は「武器」そのものです。
どれほど深刻な被害を受けていても、客観的で法的に有効な証拠がなければ、裁判所も警察もあなたを守ることはできません。
「URLを含める」「日時を記録する」「全体を保存する」。
この基本を守るだけで、解決への道は大きく開けます。
もし、手元の証拠で十分か不安な場合や、すでに削除されてしまった場合は、迷わず弁護士法人長瀬総合法律事務所にご相談ください。
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