はじめに

1店舗目の成功を足がかりに、2店舗、3店舗と拡大していくことは、美容室経営者にとって大きな喜びであり、ビジネスの成長の証です。しかし、店舗数が増えるにつれて頭を悩ませるのが、「店舗間の格差」とそれに起因する「スタッフの不公平感」です。

「A店は立地が良いから集客が楽で給料も高い」「B店は忙しいのに手当が少ない」「私の担当していたお客様が、新店舗のスタッフに取られた」――こうした不満が蓄積すると、モチベーションの低下だけでなく、優秀なスタッフの連鎖退職や、給与体系の不備を突いた未払い賃金請求などの法的トラブルに発展するリスクがあります。

多店舗展開を成功させるためには、単に店を増やすだけでなく、組織全体としての「公平性(フェアネス)」を担保する法的な仕組みづくりが不可欠です。

本稿では、店舗間競合の対策、待遇格差の是正、そしてインセンティブの統一など、多店舗経営特有の人事労務課題について解説します。

Q&A

Q1. 売上が良い店舗と悪い店舗で、基本給に差をつけることは法律上問題ありますか?

職務内容や責任が同じであれば、単に配属店舗の違いだけで「基本給」に差をつけることは、「同一労働同一賃金(パートタイム・有期雇用労働法など)」の観点からリスクがあります。

店舗の売上格差を給与に反映させる場合は、基本給ではなく、「業績連動賞与」や「店舗達成インセンティブ」といった手当で差をつけるべきです。ただし、地域別最低賃金が異なるエリア(例:東京と地方)での展開であれば、地域手当としての差は合理的な理由として認められます。

Q2. 既存店から新店へお客様を誘導した際、売上の取り合いでスタッフ同士が揉めています。どうすべきですか?

顧客データと売上の帰属ルールを明確にする必要があります。

法的には、顧客カルテや個人情報は「法人(会社)」の資産であり、個々のスタイリストの私物ではありません。しかし、歩合給に響くため紛争になります。「紹介元のスタッフにも一定期間インセンティブバックを入れる」「会社全体の売上として評価する係数を設ける」など、協力したスタッフが損をしない評価制度を就業規則や賃金規程に明記し、カニバリズム(共食い)を防ぐ仕組みが必要です。

Q3. 全店舗でバラバラだった歩合率(インセンティブ)を統一したいのですが、一部のスタッフから「給料が下がる」と反対されています。強行できますか?

スタッフにとって不利になる変更は「労働条件の不利益変更」にあたり、原則として個別の同意が必要です。

同意なく変更する場合、その変更に「高度な合理性」が求められます。単に「統一したいから」だけでは認められにくく、代償措置(経過措置として一定期間は給与を補填するなど)や、変更の必要性を丁寧に説明し、誠実に協議するプロセスが不可欠です。強行すれば、差額賃金の請求や慰謝料請求を受けるリスクがあります。

解説

1. 「同一労働同一賃金」と店舗間格差の法的リスク

多店舗展開において最も注意すべき法的リスクの一つが、2020年(中小企業は2021年)から施行された「同一労働同一賃金」への対応です。これは、正社員と非正規社員の間、あるいは無期雇用と有期雇用の間で、不合理な待遇差を設けることを禁止するルールですが、その精神は「同じ仕事をしているなら、同じ条件で処遇すべき」という点にあります。

配属店舗による格差の正当性

例えば、A店(表参道)とB店(住宅街)で、スタイリストの業務内容や責任の重さが全く同じであるにもかかわらず、A店のスタッフだけ基本給が高い場合、B店のスタッフから是正を求められる可能性があります。

経営者としては「A店の方が忙しいから」と考えがちですが、忙しさは「残業代」や「歩合給(成果給)」で反映させるべきであり、生活給である「基本給」に差をつけるには、明確な職務等級制度などの根拠が必要です。

合理的な説明ができるか

店舗間で待遇に差をつける場合、以下の要素で説明がつくように制度設計する必要があります。

  • 地域手当:物価や最低賃金の異なる地域間での差。
  • 店舗ランク:旗艦店(フラッグシップ)と通常店で、求められるスキルレベルや客単価目標が明確に異なり、それが等級制度と連動している場合。

2. インセンティブ(歩合給)の統一と不利益変更

M&Aで他店を買収した場合や、創業期からの古い契約と新規採用者の契約が混在している場合、店舗や人によって歩合率がバラバラというケースがよくあります。これを統一しようとすると、必ず法的ハードルに直面します。

労働条件の不利益変更

給与体系の変更により、一人でも「これまでより給料が下がる」スタッフが出る場合、それは「不利益変更」となります。労働契約法第10条により、就業規則の変更で労働条件を変えるには、以下の要素を総合的に考慮して「合理性」が判断されます。

  1. 労働者が受ける不利益の程度
  2. 労働条件の変更の必要性(経営上の必要性)
  3. 変更後の就業規則の内容の相当性
  4. 労働組合等との交渉の状況

移行プロセスの重要性

いきなり新制度を適用するのではなく、以下のような緩和措置(激変緩和措置)を講じることが、法的有効性を高めるために重要です。

  • 調整給の支給:新制度で給与が下がるスタッフに対し、半年〜1年は差額を「調整給」として補填する。
  • 十分な説明期間:全スタッフ向けの説明会を複数回開催し、変更の意図(公平性の確保など)を説明する。
  • 同意書の取得:可能な限り、個別の同意書を取得する。

3. 店舗間競合(カニバリズム)と顧客管理

近隣エリアにドミナント出店する場合、店舗間での顧客の奪い合いが発生し、スタッフ間の人間関係が悪化することがあります。これは「職場の環境配慮義務」の観点からも放置すべきではありません。

顧客データの帰属と評価

美容師法や民法の観点から、顧客リストやカルテ情報は「会社の営業秘密」であり、会社の資産です。スタッフ個人が「自分のお客様だ」と主張しても、法的には会社の顧客です。

したがって、会社は「どの店舗に来店しても、会社全体の利益になる」という仕組みを作る権限と責任があります。

評価制度による解決

スタッフのモチベーションを下げないためには、以下のような評価制度を導入し、就業規則や賃金規程に反映させることが有効です。

  • 店舗間送客インセンティブ:満席時や新店オープン時に、自店の顧客を他店に誘導した場合、紹介元のスタッフに一定のバックマージンを支払う。
  • チーム評価の導入:個人の売上だけでなく、「店舗全体の目標達成率」や「エリア全体の売上」を賞与の算定基準に組み込み、協力体制を促す。

4. 人事評価の公平性と透明性

多店舗展開が進むと、経営者の目が全スタッフに行き届かなくなります。店長の主観や好き嫌いで評価が決まると、不当な低評価を受けたスタッフから、パワハラや人事権の濫用として訴えられるリスクが生じます。

客観的な評価基準の策定

「頑張っている」「雰囲気が良い」といった曖昧な基準ではなく、数値化・言語化された基準(KPI)が必要です。

  • 定量的項目:指名売上、店販率、リピート率、新規獲得数。
  • 定性的項目:後輩指導の実施回数、クレーム発生件数、遅刻・欠勤の有無。

評価プロセスの可視化

評価基準を作成するだけでなく、評価者(店長・マネージャー)に対する訓練(評価者研修)が必須です。また、評価結果については必ず本人にフィードバック面談を行い、なぜその評価になったのかを説明するプロセスを経ることで、法的な「納得性」と「公正性」が担保されます。これにより、万が一、解雇や降格をめぐる紛争になった際も、会社側の主張が認められやすくなります。

弁護士に相談するメリット

多店舗展開における人事トラブルや制度設計について、弁護士に相談・依頼することには以下のメリットがあります。

1. 「不利益変更」のリスク診断と対策

給与体系やインセンティブの変更が、法的に許容される範囲内か、どのような代償措置が必要かを具体的にアドバイスします。紛争化しやすい「給与ダウン」の局面を、法的な根拠を持って安全に進めることができます。

2. 就業規則・賃金規程の整備

店舗ごとのルール運用ではなく、全社統一の就業規則と、柔軟性を持たせた細則(店舗ルール)を法的に整合性の取れた形で作成します。特に「同一労働同一賃金」に対応した規定作りは専門的な知識が不可欠です。

3. 人事評価制度のリーガルチェック

作成された評価シートや等級制度が、労働基準法や公序良俗に反していないか、また、評価権の濫用とならない客観性を持っているかをチェックします。

4. スタッフ間のトラブル解決・調停

店舗間の対立や、特定のスタッフによる顧客の囲い込み、引き抜き行為などの問題が発生した場合、第三者の専門家として介入し、事実調査や法的観点からの警告、話し合いによる解決をサポートします。

まとめ

美容室の多店舗展開における最大の敵は、外部のライバル店ではなく、内部の「不公平感」と「ルールの欠如」です。

店舗数が増えれば増えるほど、経営者のカリスマ性だけで組織をまとめることは難しくなり、法的に公正で透明性の高い「仕組み(ルール)」が組織の骨格として必要になります。

待遇格差の是正やインセンティブの統一は、一時的には痛みを伴う改革かもしれませんが、長期的にはスタッフが安心してキャリアを積める環境を作り、ブランドの永続性を高めることに繋がります。

「今の給与制度で法的に問題ないか心配だ」「店舗間の仲が悪く、統制が取れていない」とお悩みの経営者様は、組織が大きくなりすぎて修正が利かなくなる前に、ぜひ一度、弁護士法人長瀬総合法律事務所にご相談ください。貴社の成長ステージに合わせた、最適な人事労務戦略をご提案いたします。


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