はじめに
インターネット上の誹謗中傷について損害賠償請求を検討する際、多くの方が真っ先に思い浮かべるのは「慰謝料」ではないでしょうか。慰謝料とは、精神的苦痛に対する金銭的な賠償のことです。
しかし、誹謗中傷によって生じる被害は、心の傷だけにとどまりません。
「犯人を特定するために多額の弁護士費用がかかった」
「悪質な口コミのせいで客足が遠のき、売上が激減した」
「取引先から契約を打ち切られた」
こうした現実的な経済的損失も、法的には「損害」として加害者に請求できる可能性があります。むしろ、ビジネスを行っている個人や法人の場合、慰謝料よりもこれらの経済的損失(財産的損害)の方がはるかに高額になるケースも珍しくありません。
本記事では、誹謗中傷被害において「慰謝料以外」に請求できる損害の種類と、その計算方法、認められるためのポイントについて解説します。
Q&A:慰謝料以外の損害に関するよくある質問
Q1. 犯人を特定するためにかかった弁護士費用は相手に請求できますか?
はい、原則として請求可能です。
インターネット上の誹謗中傷事案では、加害者が匿名であることが多く、特定手続き(発信者情報開示請求)を経なければ損害賠償請求自体ができません。そのため、判例では特定にかかった調査費用(弁護士費用や実費)を「損害賠償請求をするために不可欠な費用」として認め、加害者に負担させる傾向にあります。
Q2. 悪い口コミのせいで売上が下がりました。その分を請求できますか?
請求可能ですが、因果関係の立証が必要です。
これを「逸失利益(本来得られるはずだった利益)」といいます。「口コミが投稿された直後から売上が落ちた」「予約のキャンセル理由として口コミを挙げられた」など、書き込みと売上減少の間に明確な因果関係があることを証拠で示す必要があります。
Q3. 裁判にかかる弁護士費用も全額請求できますか?
全額の請求は難しく、一部のみ認められるのが通例です。
不法行為に基づく損害賠償請求訴訟では、裁判所が認容した損害額(慰謝料+調査費用+逸失利益など)の「10%程度」を、弁護士費用相当額として加算して認めるのが実務上の慣例となっています。実際に支払った金額全額ではない点に注意が必要です。
解説:請求できる損害の内訳と計算方法
損害賠償請求において請求できる項目は、大きく「精神的損害(慰謝料)」と「財産的損害(調査費用・逸失利益など)」に分けられます。ここでは、財産的損害を中心に解説します。
調査費用(発信者情報開示請求費用)
匿名の投稿者を特定するために要した費用です。
概要
発信者情報開示請求訴訟などを行うために、弁護士に支払った着手金・報酬金、および裁判所に納めた印紙代などの実費が含まれます。
認められる範囲
「調査費用の全額」ではなく「相当と認められる額(数万円〜数十万円程度)」に限定されるケースも少なくありません。
逸失利益(営業損害)
誹謗中傷がなければ得られたはずの利益のことです。特に飲食店、クリニック、美容室などの店舗ビジネスや、フリーランスの方にとって重要な項目です。
概要
悪質な書き込みや虚偽の事実摘示によって社会的信用が低下し、売上の減少や契約解除が生じた場合、その損失分を請求します。
計算方法の考え方
基本的には「(誹謗中傷前の平均利益)-(誹謗中傷後の利益)」で算出します。
- 前年同月比: 前年の同じ月と比べてどれくらい落ち込んだか。
- 前後比較: 投稿がなされた月を境に、どれくらい落ち込んだか。
立証のハードル(因果関係)
単に「売上が下がった」という事実だけでは不十分です。加害者側から「景気が悪かったからではないか」「競合店ができたからではないか」「サービスの質が落ちたからではないか」と反論される可能性があります。
- 「予約キャンセルの電話で、口コミを見たと言われた」
- 「取引先から、ネットの噂を理由に取引停止の通知書が届いた」
といった、具体的な証拠(因果関係)を積み上げることが重要です。
弁護士費用(損害賠償請求訴訟そのものの費用)
特定後の、今の損害賠償請求訴訟(本訴)を行うためにかかる弁護士費用です。
概要
日本の裁判制度では、原則として弁護士費用は自己負担です。しかし、不法行為(交通事故や誹謗中傷など)のケースでは、特例として被害者が負担する弁護士費用の一部を加害者に請求することが認められています。
計算方法(相場)
実務上、「認容された損害額(元本)の10%」とされることがほとんどです。
- 例:慰謝料100万円+調査費用60万円=合計160万円の損害が認められた場合
- 弁護士費用として認められる額 = 16万円
- 請求総額 = 176万円
※実際に弁護士に支払う着手金等が30万円だったとしても、裁判で認められるのは16万円程度となります。
その他の費用
状況に応じて、以下のような費用も請求できる場合があります。
謝罪広告掲載費用
名誉毀損によって低下した社会的信用を回復するために、新聞やWebサイトへの謝罪広告掲載を求め、その費用を請求するケースです(主に法人や著名人の場合)。
治療費・通院交通費
誹謗中傷によるストレスでうつ病などを発症し、精神科や心療内科に通院した場合の治療費です。ただし、「投稿と病気の発症との因果関係」を医師の診断書等で厳密に証明する必要があり、ハードルはやや高めです。
遅延損害金
不法行為があった日(投稿日)から、実際に支払いが行われる日までの期間について発生する利息のようなものです。
利率
民法の改正により、現在は年3%(変動制)となっています。
ポイント
裁判が長引けば長引くほど、この遅延損害金も積み上がっていきます。
慰謝料以外の損害を「漏れなく」請求するためのポイント
慰謝料以外の損害、特に「逸失利益」や「調査費用」を認めてもらうためには、法的な主張と証拠の整理が重要です。
証拠の保存がポイント
売上減少を主張する場合、確定申告書、月次試算表、帳簿、キャンセルメールの履歴など、客観的な数字を示す資料が重要です。「なんとなく客が減った」という感覚的な主張では、裁判所は認めてくれません。
因果関係の論証
「風が吹けば桶屋が儲かる」のような遠い因果関係では認められません。「この書き込みがあったから、この損害が発生した」という直接的な結びつきを、論理的に説明する必要があります。
法人における「無形の損害」
法人の場合、「精神的苦痛」はないとされますが、代わりに「無形の損害(社会的評価の低下による損害)」が認められます。逸失利益(具体的な金額の減少)の立証が難しい場合でも、この「無形の損害」として、個人における慰謝料に相当する金額(あるいはそれ以上)を請求する戦略をとることがあります。
弁護士に相談・依頼するメリット
慰謝料以外の損害賠償請求は、計算式や立証責任が複雑になりがちです。弁護士に依頼することで、以下のメリットがあります。
- 損害額の最大化
見落としがちな損害項目(調査費用の詳細や遅延損害金など)を漏れなく計上し、請求額を最大化します。 - 専門的な計算と立証
特に逸失利益の計算においては、どの期間を比較対象とするか、どの程度の減少率を主張するかなど、高度な判断が求められます。弁護士は、裁判所が納得しやすいロジックを構築します。 - 費用倒れの防止判断
「この証拠状況では逸失利益の立証は難しい」「調査費用は全額認められそうだ」といった見通しを事前に立て、費用倒れにならないための現実的な戦略を提案します。
まとめ
誹謗中傷の加害者に請求できるお金は、慰謝料だけではありません。
- 調査費用: 犯人特定にかかった弁護士費用や実費(全額〜一部が認められる傾向)。
- 逸失利益: 投稿によって減少した売上や利益(因果関係の立証が重要)。
- 弁護士費用: 損害賠償請求訴訟にかかる費用の約1割。
- 遅延損害金: 投稿日から支払い日までの利息分。
これらを合計すると、当初想定していた慰謝料の額よりも、大幅に大きな金額になる可能性があります。「慰謝料相場が低いから」と諦めず、実際に被った経済的な被害をしっかりと回復させることが重要です。
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