はじめに
インターネット上の誹謗中傷に対して、発信者情報開示請求を行い、ついに投稿者の身元(氏名・住所)が判明したとします。しかし、特定はあくまで「手段」であり、ゴールではありません。被害者にとっての本当の解決、すなわち「受けた被害の回復」は、ここから始まると言っても過言ではないでしょう。
特定された加害者に対して、金銭的な償いを求める手続きが「損害賠償請求」です。
「裁判を起こさなければならないのか?」
「どのような手順で進むのか?」
「期間はどれくらいかかるのか?」
多くの方がこうした不安や疑問を抱かれることと思います。
実は、必ずしも最初から裁判を行うわけではありません。まずは話し合い(示談)による解決を目指し、それが困難な場合に裁判へと移行するのが一般的な流れです。
本記事では、加害者が特定された後の「損害賠償請求」の具体的な流れについて、内容証明郵便の送付から、示談交渉、訴訟、そして最終的な回収に至るまでを、ステップごとに解説します。これから法的措置に進もうとされている方の道しるべとなれば幸いです。
Q&A:損害賠償請求の流れに関するよくある質問
Q1. 裁判をせずに解決することはできますか?
はい、可能です。そして実際に多くのケースが裁判前の「示談(和解)」で解決しています。
まずは加害者に対して内容証明郵便などで請求書を送り、任意の支払いを求めます。相手が事実を認めて謝罪し、提示した金額(あるいは交渉後の合意額)を支払えば、裁判を行うことなく解決となります。これを「示談解決」と呼びます。時間や費用の負担が少ないため、まずはこの方法を目指すのが一般的です。
Q2. 損害賠償請求にはどれくらいの期間がかかりますか?
解決までの期間は、相手の対応次第で大きく異なります。
- 示談で解決する場合: スムーズにいけば通知から1〜3ヶ月程度で合意・入金に至ることもあります。
- 訴訟(裁判)になる場合: 提訴から判決(または裁判上の和解)まで、平均して半年〜1年程度かかります。争点が複雑な場合や、控訴された場合はさらに長期化することもあります。
Q3. 相手が「お金がない」と言ってきたらどうなりますか?
裁判で勝訴判決を得ても、相手に全く資産(預貯金、不動産、給与など)がなければ、現実的に回収することは困難になります(「無い袖は振れない」状態)。
しかし、単に「払いたくない」という口実でお金がないと言っている場合もあります。その際は、裁判所を通じた財産開示手続などを利用し、隠し資産がないか調査することが可能です。また、給与の差押えを行えば、相手が働き続ける限り毎月一定額を回収し続けることができます。
解説:損害賠償請求のフローと各ステップ
加害者の氏名と住所が判明した後、損害賠償請求は大きく分けて以下の3つのフェーズで進行します。
- 【交渉フェーズ】 内容証明郵便による請求・示談交渉
- 【裁判フェーズ】 損害賠償請求訴訟の提起・審理
- 【回収フェーズ】 任意の支払い・強制執行
それぞれのステップについて詳しく見ていきましょう。
ステップ1:内容証明郵便による請求(交渉フェーズ)
直ちに裁判所に訴えるのではなく、まずは加害者に対して「あなたの投稿によって被害を受けたので、損害賠償を請求します」という意思表示を行います。
内容証明郵便とは
手紙の一種ですが、郵便局が「いつ」「誰が」「誰に」「どのような内容の文書を送ったか」を公的に証明してくれるサービスです。通常は「配達証明」を付け、相手が受け取った事実も記録に残します。
LINEやメール、普通郵便で請求することも不可能ではありませんが、法的な請求においては以下の理由から内容証明郵便が利用されます。
- 証拠能力: 「請求した事実」が客観的な証拠として残ります(消滅時効の完成猶予などの効果もあります)。
- 心理的圧力: 普段見慣れない形式の文書が届くことで、相手に事の重大さを認識させ、真剣な対応を促す効果があります。
通知書に記載する内容
主に以下の事項を記載します。
- 被疑事実の特定: いつ、どのサイトに、どのような書き込みをしたか。
- 権利侵害の内容: その書き込みが名誉毀損やプライバシー侵害等にあたること。
- 請求金額: 慰謝料、調査費用、弁護士費用などの合計額。
- 支払期限と振込先: いつまでにどこへ支払うべきか。
- 回答期限: 〇日以内に回答がない場合は法的措置(訴訟・刑事告訴)に移行する旨の警告。
相手方の反応と対応
内容証明郵便を受け取った相手(加害者)の反応は、主に以下の3パターンに分かれます。
- 無視・受取拒否
期限までに連絡がない、あるいは郵便自体を受け取らないケースです。この場合、話し合いでの解決は難しいと判断し、次の「訴訟フェーズ」へ移行する準備をします。 - 事実を認め、減額や分割を求めてくる
「書き込んだのは事実だが、請求額が高すぎて払えない」といった反応です。ここから示談交渉が始まります。相手の資力を考慮しつつ、双方が納得できる金額や支払い方法(一括か分割か)を調整します。合意できれば「示談書(合意書)」を作成し、支払いを受けて終了です。 - 事実を否定する(反論)
「自分が書いたものではない(端末を他人に貸していた等)」「内容は真実であり、公益目的がある(違法性阻却事由の主張)」などと反論してくるケースです。主張の食い違いが大きい場合、交渉での解決は難しいため、訴訟で白黒つけることになります。
ステップ2:損害賠償請求訴訟(裁判フェーズ)
示談交渉が不調に終わった場合、管轄の地方裁判所(または簡易裁判所)に訴状を提出し、裁判を起こします。
訴状の作成と提出
原告(被害者)側は、訴状を作成し、証拠(投稿のスクリーンショット、発信者情報開示の結果など)と共に裁判所に提出します。訴状には、請求する金額とその根拠を法的に構成して記載する必要があります。
第1回口頭弁論期日
訴状が受理されると、裁判所から被告(加害者)へ訴状の副本と呼出状が送達されます。
指定された期日に法廷で第1回口頭弁論が開かれます。被告側は事前に「答弁書」を提出することで、欠席しても反論したとみなされるため、初回の期日は被告不在で行われることも多いです。
争点整理・準備書面のやり取り(第2回以降)
テレビドラマのように法廷で毎回激しい議論が行われるわけではありません。実際には、お互いの主張をまとめた「準備書面」という書類を期日前に提出し合い、法廷ではその確認を行うという作業が月1回程度のペースで繰り返されます。
ここで争われるのは主に以下の点です。
- 投稿内容が権利侵害に該当するか(違法性の有無)。
- 投稿によって生じた損害の額はいくらか(慰謝料の算定)。
- (争いがある場合)本当に被告が投稿したのか。
証人尋問・本人尋問
書面での主張が出尽くし、事実関係に争いが残る場合、当事者本人や証人を法廷に呼んで話を聞く「尋問」が行われることがあります。ただし、ネット誹謗中傷事件では書証(ログや投稿内容)が明確であれば、尋問を行わずに結審することも珍しくありません。
裁判上の和解
裁判が進む中で、裁判官から「このあたりで和解してはどうか」と提案されることがあります。これを「裁判上の和解」といいます。
判決まで進むと、「勝つか負けるか」の二者択一となり、お互いにリスクがあります。裁判官が提示する和解案(例えば、請求額の一部を減額する代わりに、被告が謝罪し一括で支払うなど)に双方が合意すれば、判決と同じ効力を持つ「和解調書」が作成され、裁判は終了します。
実務上、判決まで行かずに和解で終了するケースは多くあります。
判決
和解が成立しない場合、最終的に裁判所が判決を下します。
「被告は原告に対し、金〇〇万円を支払え」という認容判決が出れば勝訴です。判決内容に不服がある場合、双方は2週間以内に控訴することができます。
ステップ3:回収フェーズ(支払い・強制執行)
示談が成立した、あるいは勝訴判決が確定したとしても、相手が支払わなければ意味がありません。
任意の支払い
多くの場合は、示談書や判決に従って、指定された期日までに相手から振り込みがあります。これで事件はすべて解決となります。
強制執行(差押え)
期日を過ぎても支払いがない場合、示談書(公正証書にしている場合など)や確定判決を基に、裁判所に「強制執行」を申し立てることができます。これにより、相手の財産を強制的に回収します。
- 預金債権の差押え: 相手の銀行口座から預金を差し押さえ、回収に充てます。
- 給与債権の差押え: 相手が会社員の場合、給与の一部(手取りの4分の1まで等)を毎月天引きして回収することができます。
- 動産・不動産の差押え: 自宅や車などを差し押さえて競売にかける方法ですが、手続きが複雑で費用もかかるため、まずは預金や給与を狙うのが一般的です。
財産開示手続
相手の勤務先や銀行口座がわからない場合、以前は泣き寝入りせざるを得ないこともありましたが、法改正により「財産開示手続」や「第三者からの情報取得手続」が拡充されました。
これにより、裁判所を通じて、金融機関に口座情報の照会をかけたり、役所等を通じて勤務先情報を取得したりすることが容易になっています。
弁護士に依頼するメリット
損害賠償請求は、ご自身で行うことも不可能ではありませんが、専門的な知識と労力を要します。弁護士に依頼することで、以下のようなメリットが得られます。
1. 「無視」されにくく、交渉を有利に進められる
個人名で請求書を送っても、「どうせ本気ではないだろう」「素人だから適当にあしらえばいい」と高を括られ、無視されるケースが少なくありません。
「弁護士法人〇〇」名義で内容証明郵便が届くことは、相手に「裁判も辞さない本気の請求である」というプレッシャーを与えます。これにより、早期の示談解決の可能性が高まります。
2. 複雑な書面作成や手続きを一任できる
内容証明郵便や訴状は、法的に正確な記載が求められます。記載内容に不備があると、請求が無効になったり、裁判で不利になったりする恐れがあります。弁護士に依頼すれば、法的に完璧な書面を作成し、裁判所とのやり取りも任せることができます。
3. 冷静かつ適切な金額での解決
ご自身で交渉すると、感情的になって話がこじれたり、相場より不当に低い金額で言いくるめられたりするリスクがあります。弁護士は、過去の判例データに基づいた適正な金額(慰謝料+調査費用)を算出し、感情を排した交渉で、利益確保を目指します。
4. 精神的負担の解放
何より大きいのは、加害者と直接関わらなくて済むという点です。誹謗中傷を行った相手と連絡を取ることは、被害者にとって多大なストレスです。弁護士が窓口となることで、相手からの連絡は弁護士宛となり、平穏な日常を取り戻すことができます。
まとめ
損害賠償請求の流れを整理すると、以下のようになります。
- 特定完了: 加害者の氏名・住所を把握。
- 内容証明郵便: 弁護士名義で請求書を送付し、示談交渉を試みる。
- 示談交渉: 合意できれば示談書を作成し、入金を受けて解決(期間目安:1〜3ヶ月)。
- 提訴: 交渉決裂なら裁判所へ訴状を提出。
- 訴訟: 準備書面の交換や尋問を経て、和解または判決を目指す(期間目安:6ヶ月〜1年)。
- 強制執行: 判決後も支払われない場合は、給与や預金を差し押さえる。
「特定できたが、ここからどう動けばいいかわからない」「裁判まではしたくないが、きっちりと責任は取らせたい」
そのようにお考えの方は、独りで悩まずに弁護士へご相談ください。
どの段階でどのようにアプローチするのが最も効果的か、あなたの意向と事案の性質に合わせた最適な戦略をご提案します。
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