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個人情報漏えい時の報告義務と賠償リスク

はじめに:有事の危機管理と法的責任の構造

情報セキュリティにおいて「100%の安全」は存在しません。ランサムウェア攻撃、標的型メール、内部不正、委託先のミスなど、情報漏えいのリスクは常に存在します。事故が発生した際、企業に問われるのは「なぜ漏れたのか(予防の適否)」だけでなく、「事故後にどう対応したか(事後対応の適否)」です。

2022年4月の改正個人情報保護法施行により、一定の漏えい等事案における個人情報保護委員会への報告および本人への通知が法的な義務となりました。この義務を怠ることは、行政処分の対象となるだけでなく、被害者からの損害賠償請求において、企業の「不誠実さ」や「隠蔽体質」として悪情状となり、賠償額の増額やレピュテーションの失墜につながります。

本稿では、報告義務の具体的基準、損害賠償額の算定根拠、そして企業を守るための証拠保全の実務について解説します。

Q&A

Q1:どのような場合に個人情報保護委員会への報告義務が発生しますか?

法第26条および同規則により、以下の「重大な事態」が生じた場合に義務が発生します。

  1. 要配慮個人情報を含む漏えい等:病歴、健康診断結果、犯罪歴などが1件でも漏えいした場合。
  2. 財産的被害のおそれがある漏えい等:クレジットカード番号、送金機能付きのID/パスワード等が1件でも漏えいした場合。
  3. 不正の目的によるおそれがある漏えい等:不正アクセス(ランサムウェア感染、SQLインジェクション等)や内部犯行による持ち出しが疑われる場合。1件でも対象。
  4. 1,000人を超える漏えい等:情報の種類を問わず、漏えいした個人の数が1,000人を超える(またはそのおそれがある)場合。

重要なのは、「実際に漏えいが確認された場合」だけでなく、「漏えい等が発生したおそれがある場合」も報告対象となる点です。調査中であっても、可能性が否定できない段階で速報を行う必要があります。

Q2:報告の期限はいつまでですか? 遅れるとどうなりますか?

報告は「速報」と「確報」の二段階で行います。

正当な理由なく報告を怠ったり、虚偽の報告をした場合、指導・助言、勧告、命令の対象となり、命令違反には50万円以下の罰金が科されます。また、公表(社名公表)されることで社会的信用を失うリスクがあります。

Q3:損害賠償リスクはどう評価すればよいでしょうか?

民法上の不法行為責任(709条)または債務不履行責任に基づき、被害者(顧客等)への損害賠償義務が生じます。

損害の内訳は主に以下の2つです。

  1. 財産的損害:クレジットカードの不正利用被害額、カード再発行手数料、ID変更の手間賃など。
  2. 精神的損害(慰謝料):プライバシーを侵害されたことによる精神的苦痛。過去の裁判例では、情報の秘匿性や漏えいの経緯に応じて、一人あたり数千円〜数万円程度が認定されています。大規模漏えいの場合、集団訴訟により総額が数億円規模になることも珍しくありません。

解説:報告フローと賠償実務の詳細

インシデントレスポンス

事故発生直後、現場は混乱しますが、法務担当者は冷静に以下の判断を行う必要があります。

  1. 事実の認定と証拠保全
    IT部門に指示し、サーバーのログ、アクセス記録、防犯カメラ映像等を保全します。ランサムウェア感染時、慌ててシステムを初期化すると、原因究明ができなくなるだけでなく、報告義務の免除要件(高度な暗号化がなされていたか等)の立証も不可能になります。
  2. 報告義務の該否判定
    「おそれ」の解釈が重要です。例えば、ECサイトに脆弱性があり、攻撃の痕跡(不審なログ)が見つかった場合、データが抜かれた確証がなくても「おそれあり」として報告すべきです。隠蔽が発覚した際のリスクの方が大きいため、法務としては「迷ったら報告」を原則とすべきです。
  3. 通知・公表の範囲とタイミング
    二次被害(フィッシング詐欺やカード不正利用)防止のため、本人への通知は速やかに行う必要があります。ただし、警察の捜査に支障が出る場合などは、公表のタイミングを調整することもあります(法第26条2項但書)。

裁判例にみる損害賠償額の算定ロジック

事件名 漏えい内容 認定された賠償額(慰謝料等) 判決のポイント
宇治市住民基本台帳データ流出事件 (大阪高判平成13年12月25日) 住所、氏名、性別等の基本4情報 1人あたり1万円+弁護士費用5,000円 基本情報であっても、市民のプライバシーに対する期待は高く、精神的苦痛を認容。
TBC事件 (東京地判平成19年2月8日) エステのコース内容、スリーサイズ等 1人あたり3万円+弁護士費用5,000円 他人に知られたくない機微な情報(センシティブ情報)であるため、高額な慰謝料を認定。
ベネッセ事件 (最高裁判決等) 子供の氏名、性別、生年月日等 下級審で様々だが、概ね3,000円〜数千円 情報の秘匿性は比較的低いが、大規模かつ名簿業者への転売という悪質性を考慮。

企業側としては、情報漏えい自体が発生しても、「相当な安全管理措置を講じていたこと(過失がないこと)」を立証できれば、免責される可能性があります。そのためには、平時からセキュリティ規定を整備し、アクセス制御やログ監視を適切に行っていたという「証拠」を残しておくことが防御の要となります。

委託先管理責任と求償

多くの漏えい事故は、委託先(システム開発会社、コールセンター、廃棄業者等)で発生します。

個人情報保護法第25条は、委託元に「必要かつ適切な監督」を義務付けています。

これらを怠っていた場合、委託先のミスであっても、委託元自身の監督義務違反が問われ、賠償責任を免れません。また、委託先への求償(損害賠償請求)に際しても、契約上の責任制限条項(損害賠償の上限規定)が壁となることが多いため、契約締結時の交渉が重要です。

弁護士に相談するメリット

弁護士法人長瀬総合法律事務所では、個人情報漏えい事故(情報セキュリティインシデント)に対し、以下のサポートを提供しています。

  1. 委員会報告書および公表文のドラフティング
    法令要件を満たしつつ、企業の法的責任(自認)のリスクをコントロールした報告書やプレスリリースを作成します。
  2. 初動対応の指揮と証拠保全
    デジタル・フォレンジック業者やセキュリティベンダーと連携し、法的な証拠能力を維持した形での調査・保全活動を指揮します。
  3. 損害賠償請求への対応・交渉
    被害者からの請求に対し、裁判例の相場観に基づいた適正な賠償額での示談交渉を行います。また、訴訟が提起された場合の訴訟代理を行います。

まとめ

個人情報漏えい事故への対応は、企業の危機管理能力を試す最大の試金石です。報告義務の履行、被害者対応、原因究明、再発防止策の策定といった一連のプロセスにおいて、法的判断を誤れば、企業の存続に関わる致命傷となりかねません。リスク認識をさらに深め、平時からの体制整備(BCP策定、委託先監査、サイバー保険加入)と、有事の際の専門家連携を確立しておくことが、企業と顧客を守るためのポイントになります。


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