はじめに

技術的な手がかりを読み解く

「サイト運営者から、IPアドレスという数字の羅列が開示されたけれど、これは一体何?」
「このIPアドレスから、どうやって犯人の氏名や住所が分かるの?」

発信者情報開示請求の手続きを進めると、まずサイト運営者から「IPアドレス」「タイムスタンプ」という情報が開示されます。これらは一見すると意味不明な数字や日時にしか見えず、これだけでは投稿者が誰なのか分かりません。

しかし、このIPアドレスとタイムスタンプこそが、匿名の投稿者の正体にたどり着くための、最初の、そして重要な「鍵」なのです。この記事では、開示請求のプロセスで得られる情報がそれぞれ何を意味するのか、そして、その鍵を使ってどのように投稿者の氏名・住所を特定するのか、その流れを解説します。

特定までの行程:統一されたプロセスを追う

発信者情報開示請求は、複数の技術的・法的なステップを経て、投稿者の正体を明らかにするプロセスです。ここでは、2022年10月の法改正で主流となった、一体的で効率的な手続きの流れに沿って解説します。

ステップ1:最初のポイントの入手(コンテンツプロバイダからの情報開示)

まず、誹謗中傷が書かれたサイトの運営者(コンテンツプロバイダ、以下CP)に対して、裁判手続き(発信者情報開示命令)を起こします。裁判所に権利侵害が認められると、CPから以下の3つの情報が開示されます。これが「最初の鍵」のセットです。

  • 開示情報①:IPアドレス
    • 形式: 123.45.67.89 のような、ピリオドで区切られた4つの数字の組(IPv4の場合)で表されます。
    • 意味: 投稿者がインターネットに接続した際の、「インターネット上の住所」に相当します。これにより、どの通信事業者のネットワークからアクセスされたかが分かります。
  • 開示情報②:タイムスタンプ
    • 形式: 2025-06-11T20:30:45.123Z のような、ミリ秒単位まで記録された極めて正確な時刻情報です。
    • 意味: 投稿者がその書き込み操作を行った日時です。多くのIPアドレスは「動的IPアドレス」といい、接続のたびに利用者が変わるため、「この瞬間に、このIPアドレスを使っていたのは誰か」を特定するために、タイムスタンプはIPアドレスと不可分の一対の情報となります。
  • 開示情報③:ポート番号
    • IPアドレスに付随して開示されることが多い情報です。一つのIPアドレスを複数の機器やアプリケーションで共有している場合(例:マンションの共有回線やスマートフォンのテザリング)に、さらに細かく通信を識別するための番号です。特定精度を高める上で重要な役割を果たします。

ステップ2:次のポイントの特定(接続事業者の割り出し)

CPからIPアドレスが開示されても、それだけでは投稿者の個人情報は分かりません。次にやるべきことは、「そのIPアドレスは、どの会社が管理しているのか」を調べることです。

  • 調査方法
    「Whois情報検索サービス」などのウェブサイトを利用します。IPアドレスを入力すると、その管理組織(接続事業者名)を検索できます。
  • 判明すること
    例えば、IPアドレス 123.45.67.89 を検索すると、「このIPアドレスは、NTT DOCOMO, INC.が管理しています」といった結果が得られます。
  • 次の展開
    これにより、投稿者がNTTドコモの回線(スマートフォンなど)を使って投稿したことが判明し、次の情報の開示を求める相手がNTTドコモ(接続事業者、以下AP)に定まります。

ステップ3:(接続事業者からの情報開示)

新しい発信者情報開示命令制度では、このステップが非常に効率化されています。最初の申立ての段階で、APが判明した際に裁判所からAPへ開示命令を出してもらう手続きも同時に進めています。

APは、裁判所からの命令に基づき、自社が保管している「接続ログ」(誰が、いつ、どのIPアドレスを利用したかの記録)と、顧客情報データベースを照合します。

この照合プロセスこそが、匿名の投稿者と実在の契約者を結びつけるポイントです。

最終段階:契約者情報の特定

裁判所の命令に基づき、APは照合結果を被害者(または代理人弁護士)に開示します。この情報を求めることになります。

開示される情報
  • 氏名: 佐藤 太郎
  • 住所: 茨城県取手市〇〇町1-2-3
  • メールアドレス: taro.sato@example.com
  • 電話番号: 090-XXXX-XXXX

この情報が開示されることで、匿名の投稿者の正体が明らかになり、「発信者情報開示請求」という手続きは完了となります。

新制度:不確実性の排除と効率化

2022年の法改正がもたらしたポイントは、迅速性だけではなく手続き上の不確実性を排除したことにあります。

旧制度では、まずCPに対する仮処分でIPアドレスを手に入れ、その後、APに対する訴訟を準備するという2段階のプロセスが必要でした。この問題点は、CPとの手続きに数ヶ月を要している間に、AP側のログ保存期間が過ぎてしまい、いざAPを訴えようとしたときには「ログは既にありません」と回答されるリスクが存在したことです。

しかし、新制度では、最初の申立ての段階で、まだ相手が誰か分かっていないAPに対してさえも「ログ消去禁止命令」を同時に申し立てることができます。これにより、CPとの手続きを進めている間にもAPのログは法的に保全され、「いざという時に証拠がない」という最悪の事態を確実に防げるようになりました。

弁護士の役割

この一連のプロセスは、専門的で技術的な知識を要します。

  • 情報の正確な解釈と活用
    開示されたIPアドレス、タイムスタンプ、ポート番号といった情報が何を意味し、それをどう使って次のステップに進むべきかを、弁護士は正確に理解し、滞りなく手続きを進めることができます。
  • 2段階の裁判手続きの一貫した遂行
    新しい開示命令制度では、CPとAPに対する手続きが連携して進みます。弁護士は、この複雑な手続き全体を見通し、一貫した戦略のもとに効率的に遂行します。

まとめ

発信者情報開示請求は、【IPアドレスとタイムスタンプの開示】→【接続事業者の特定】→【氏名・住所の開示】という、複数のステップを踏むプロセスです。

一見すると複雑な数字や情報のやり取りに見えますが、一つ一つの「鍵」が何を意味し、どう繋がっているのかを理解すれば、その全体像が見えてきます。そして、この複雑な作業を、被害者に代わって迅速に行い、投稿者の正体まで導くことが弁護士の役割です。


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