はじめに
新しくドライバーを採用したものの、「運転技術が想定以上に低い」「勤務態度に問題がある」「他の従業員と全く協調できない」。採用後にこのような問題が発覚し、試用期間中に「このまま本採用してよいものか」と頭を悩ませる経営者様や採用担当者様は少なくありません。
多くの会社が、採用後の一定期間を「試用期間」として設けています。この期間は、会社が従業員の能力や適性を見極め、本採用するかどうかを最終的に判断するための「お試し期間」という認識が一般的です。そのため、「試用期間中なら、本採用を拒否(=解雇)するのも比較的自由にできるはずだ」と考えられがちです。
しかし、この認識は法的には正しくありません。判例上、試用期間中の従業員であっても、その地位は法的に保護されており、試用期間満了時の本採用拒否や、期間中の解雇は、客観的に合理的な理由がなければ無効とされます。安易な本採用拒否は、通常の解雇と同様に「不当解雇」として、会社に大きなリスクをもたらします。
本記事では、試用期間の法的な性質を正しく理解し、どのような場合に本採用拒否が許されるのか、その具体的な判断基準と、トラブルを避けるための正しい手続きについて解説します。
Q&A
Q1. 試用期間の法的な位置づけは、通常の雇用契約とどう違うのですか?
判例上、試用期間付きの雇用契約は、「解約権留保付労働契約」と解されています。これは、試用期間の開始と同時に、法的には労働契約が成立しているものの、会社側が「試用期間中に、従業員として不適格であると判断した場合には、労働契約を解約できる権利」を留保している、という特殊な契約です。つまり、全くの自由なお試し期間ではなく、すでに労働者としての地位は保護されている、というのがポイントです。
Q2. 試用期間中のドライバーの運転技術が、期待していたレベルに達していません。能力不足を理由に本採用を拒否できますか?
能力不足を理由とする本採用拒否は、通常の解雇よりもやや広く認められる傾向にはありますが、それでもハードルは高いです。単に「期待通りではない」という主観的な理由だけでは不十分です。本採用を拒否するためには、①採用面接時に会社が求めた能力レベルと、実際の能力との間に著しいギャップがあること、②会社として、添乗指導や研修など、能力向上のための指導・教育を尽くしたにもかかわらず、改善が見られないこと、③その結果、ドライバーとして最低限の業務すら安全に遂行できない、といった客観的な事実が必要です。
Q3. 本採用を拒否する場合、いつまでに本人に伝えればよいですか?また、解雇予告手当は必要ですか?
本採用の拒否は、試用期間が満了する日までに行う必要があります。ただし、試用期間の満了日ギリギリに伝えるのは、トラブルの原因となりますので、余裕をもって通知すべきです。また、解雇予告手当については、試用期間の開始から「14日」を超えて雇用している場合には、通常の解雇と同様に、30日前の予告または30日分の解雇予告手当の支払いが必要です。採用後2週間以内であれば、解雇予告手当は不要ですが、だからといって自由に解雇できるわけではありません。
解説
「お試し期間」ではない!試用期間の法的な意味
前述の通り、試用期間は「解約権留保付労働契約」と解釈されます。この「留保された解約権」の行使、すなわち本採用拒否(または試用期間中の解雇)は、通常の解雇よりは広い範囲で認められるとされています。
なぜなら、採用面接や書類選考だけでは、その人の能力や人柄、適性を完全に見抜くことは不可能であり、実際の業務を通じてそれらを見極める期間を設けることには、合理性があると認められているからです。
しかし、それは「会社が自由に解雇できる」という意味ではありません。あくまで、「解雇権濫用法理の趣旨に照らして、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当と是認されうる場合にのみ」許されるのです。
本採用拒否が有効と判断されるための具体的基準
裁判所は、本採用拒否の有効性を判断するにあたり、以下の点を総合的に考慮します。
① 採用時に知ることができなかった事実の存在
本採用拒否が正当化されるのは、主に、採用選考の段階では発見できず、試用期間中の勤務を通じて初めて明らかになった、従業員として不適格な事実が存在する場合です。
② 本採用拒否の具体的な理由
どのような理由が「客観的に合理的」と認められやすいのでしょうか。
- 経歴詐称
運転経歴や資格、学歴など、採用の判断に重要な影響を与える経歴を偽っていたことが発覚した場合。 - 著しい能力不足
Q&Aの通り、十分な指導・教育を行っても、ドライバーとして最低限求められる安全運転技能や業務知識が習得できない場合。単なるスキルの未熟さではなく、「改善の見込みがない」レベルが求められます。 - 深刻な勤務態度不良
無断欠勤や、理由のない遅刻を繰り返し、再三の注意・指導をしても全く改善しない場合。 - 協調性の著しい欠如
他の従業員に対して暴言を吐いたり、業務上必要な指示に従わなかったりして、職場の秩序を著しく乱し、改善が見られない場合。
③ 会社の指導・教育義務の履行
裁判所が特に重視するのが、この点です。会社は、試用期間中の従業員を「評価」するだけでなく、「教育・指導」して一人前の戦力に育てる義務も負っています。問題点が発覚した場合、それを具体的に指摘し、改善のための指導や研修の機会を与え、そのプロセスを記録として残しておくことが不可欠です。「何も教えずに、いきなり『能力不足だ』と言って本採用を拒否する」ことは、まず認められません。
トラブルを防ぐための試用期間の正しい運用フロー
採用時の明確な説明と合意
- 就業規則や雇用契約書に、試用期間の長さ(通常3~6か月)、試用期間中の労働条件、試用期間満了時に本採用しない場合があること、そしてその場合の具体的な事由を明記します。
- 採用面接時に、求めるスキルや人物像を具体的に伝え、認識のズレを防ぎます。
試用期間中の評価とフィードバック
- 試用期間の開始時に、本人に対して目標(例:〇月までにこの業務を覚える)を明確に設定します。
- 定期的に(例:1か月ごと)上長が面談を行い、目標の達成度や業務上の課題についてフィードバックを行います。良かった点は褒め、改善すべき点は具体的に指摘し、指導します。
- 面談の内容や指導の記録は、必ず書面で残しておきます。これが、万が一の際の重要な証拠となります。
本採用拒否を決定した場合の手続き
- 最終的な意思決定: 試用期間中の記録や評価に基づき、複数の管理者で協議し、本採用拒否の判断を慎重に行います。
- 理由の通知
本人に対して、本採用を拒否する旨と、その客観的で具体的な理由を、書面(本採用拒否通知書)で明確に伝えます。 - 解雇予告
試用期間開始から14日を超えていれば、30日前の予告または解雇予告手当の支払いを行います。
やってはいけないNG対応
- 抽象的な理由での拒否
「社風に合わない」「期待に沿わなかった」といった曖昧な理由での本採用拒否は、無効と判断される典型例です。 - 指導の懈怠
問題点に気づきながらも放置し、指導や改善の機会を与えずに、期間満了時にいきなり本採用を拒否する。 - 試用期間の安易な延長
本採用するかどうかの判断に迷ったからといって、本人の明確な同意なく、一方的に試用期間を延長することはできません。延長する場合も、その理由と期間、延長後の目標を明確にする必要があります。
弁護士に相談するメリット
試用期間中のドライバーへの対応は、初期段階からの慎重な対応が求められます。
- 就業規則・雇用契約書のリーガルチェック
貴社の就業規則や雇用契約書に、試用期間に関する規定や、本採用拒否事由が法的に有効な形で定められているか、事前にチェックし、リスクを洗い出します。 - 指導・評価プロセスの構築支援
トラブルになりにくい、客観的で公平な評価制度や、指導記録の残し方について、法的な観点からアドバイスします。 - 本採用拒否の妥当性判断
実際に本採用拒否を検討している場合に、その理由が法的に「客観的で合理的」と認められるか、過去の裁判例に基づいて具体的な見通しを示し、リスクを評価します。 - 紛争発生時の代理交渉・訴訟対応
本採用を拒否した従業員から「不当解雇だ」と主張され、紛争に発展した場合に、会社の代理人として労働審判や訴訟に対応します。
まとめ
試用期間は、会社が従業員を一方的に品定めする期間ではなく、労使双方が相互理解を深め、これから長く共に働いていけるかを確認するための重要な期間です。その趣旨を理解し、会社として誠実に教育・指導を尽くす姿勢が、まず求められます。
その上で、どうしても本採用が困難と判断せざるを得ない場合には、客観的な事実と、適切なプロセスという、法的な裏付けが不可欠です。安易な本採用拒否は、会社に大きな代償をもたらします。
採用から試用期間、本採用に至るまでのプロセスに少しでも不安があれば、ぜひ弁護士法人長瀬総合法律事務所にご相談ください。トラブルを未然に防ぎ、健全な採用活動と組織作りを実現するためのお手伝いをいたします。
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