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労働基準監督署の立ち入り調査への完全対応マニュアル

はじめに – 調査は「試験」、準備すれば怖くない

ある日突然、労働基準監督署(以下、労基署)の監督官がサロンを訪れる――多くの経営者にとって、これは想像したくないシナリオかもしれません。美容業界は、長時間労働や複雑な給与体系、見習い期間の扱われ方など、労働法規上の課題を抱えやすい業種と認識されており、労基署の調査対象となりやすいのが実情です。

しかし、労基署の調査を過度に恐れる必要はありません。それは罰を与えること自体を目的としたものではなく、法律が守られているかを確認し、問題があれば是正を促すための行政指導です。いわば、日頃の労務管理が問われる「試験」のようなものです。法令を遵守し、適切な準備さえしていれば、何も恐れることはありません。むしろ、調査をきっかけに自社の労務管理体制を見直し、より健全で働きやすい職場環境を構築する好機と捉えるべきです。

本稿では、労基署の調査が入る主なきっかけから、調査当日の流れ、特にサロンで指摘されやすい項目、そして是正勧告を受けた場合の具体的な対応方法まで、経営者が知っておくべきポイントを解説します。

調査はなぜ来るのか?三つの主なきっかけ

労基署の調査は、大きく分けて3つの種類があります。

定期監督

これは、労基署が年度計画に基づき、管轄内の事業所から業種や規模などを考慮して対象を選定し、定期的に行う調査です。美容業のように労働時間管理が複雑な業種は、この定期監督の対象に選ばれやすい傾向があります。

申告監督

これが最も注意すべき調査です。在職中の従業員または元従業員が、未払い残業代や不当な解雇などを理由に、労基署に「申告(通報)」することによって実施されます。申告監督は、ランダムな調査ではなく、「〇〇という法律違反の疑いがある」という具体的な情報に基づいて行われるため、非常に的を絞った厳しい調査となるのが特徴です。

災害時監督

業務中に従業員が重篤な怪我を負うなどの労働災害が発生した場合に、その原因究明と再発防止策の確認のために行われる調査です。サロンでは、薬剤による皮膚疾患や、機材の取り扱いによる事故などがきっかけとなり得ます。

調査当日の流れ:ステップ・バイ・ステップ

調査の多くは事前の予告なく、監督官が突然事業所を訪れる「抜き打ち」で行われます。ただし、確認すべき書類が多い場合などには、事前に電話で訪問日時が通知されることもあります。当日の流れは概ね以下の通りです。

  1. 訪問と身分証明: 通常2名ほどの監督官が訪れ、身分証明書を提示し、調査の目的を告げます。
  2. 書類の確認: その場で、就業規則や賃金台帳、タイムカードといった重要書類の提出を求められます。
  3. 責任者へのヒアリング: 経営者や店長に対し、書類の内容について質問し、労働時間管理や賃金計算の方法など、実態を確認します。
  4. 現場の確認と従業員へのヒアリング: 監督官が店内を巡回し、実際の労働環境を確認したり、場合によっては従業員に個別に話を聞いたりすることもあります。この従業員へのヒアリングは、経営者を退席させた上で、秘密厳守で行われます。
  5. 調査結果の口頭での説明: 調査の最後に、確認された問題点について口頭で説明があり、後日、正式な文書が交付される流れとなります。

監督官のチェックリスト:サロンで指摘されやすい項目

労基署の調査では、労働条件に関する基本書類が網羅的にチェックされますが、特にサロン業界で違反が指摘されやすいポイントは以下の通りです。

重要書類の不備

以下の書類は「法定三帳簿」と呼ばれ、作成と保管が法律で義務付けられています。これらが整備されていないだけで、指導の対象となります。

未払い残業代

これが最も多く、かつ経営への影響が大きい指摘事項です。特にサロンでは、以下のような時間が「労働時間」と見なされず、賃金が支払われていないケースが散見されます。

ここで重要なのは、「労働時間」の法的な定義です。労働時間とは、「使用者の指揮命令下に置かれている時間」を指します。たとえ「練習」や「研修」という名目であっても、参加が義務付けられていたり、不参加の場合に何らかの不利益があったりするなど、実質的に強制されている場合は、労働時間と判断され、賃金の支払い義務が発生します。経営者が「本人のスキルアップのため」と考えていても、法的には通用しません。「もしその練習に参加しなかった場合、叱責や人事評価での不利益があるか?」を自問し、「はい」と答えるなら、それは労働時間に該当する可能性があるといえます。

  1. 不適切な労働時間管理: 労働時間の把握は、タイムカードやICカード、PCのログイン・ログオフ記録など、客観的な方法で行うことが義務付けられています。従業員の自己申告にのみ頼る方法は、原則として認められていません。
  2. 休日・休暇の不備: 法定休日が週1回または4週4日確保されていない、年10日以上の有給休暇が付与される従業員に年5日の取得をさせていない、といった違反も頻繁に指摘されます。
  3. 健康診断の未実施: 常時使用する労働者に対して、年1回の定期健康診断を実施する義務を怠っているケースです。

「是正勧告」への正しい対応

調査の結果、法違反が確認された場合、「是正勧告書」が交付されます。これは、違反事項と是正の期限が明記された行政指導であり、法的拘束力はありませんが、極めて重い意味を持ちます。

勧告を無視したり、期限内に是正しなかったりすると、再監督が行われ、悪質な場合には書類送検され、罰金刑などの刑事罰が科される可能性もあります。勧告を受けたら、記載された内容に従って速やかに違反状態を是正し、期限内に「是正報告書」を労基署に提出しなければなりません。未払い残業代の支払いなど、多額の費用が発生し、期限内の対応が困難な場合は、正直にその旨を監督官に相談し、支払い計画を示すなど誠実に対応することが重要です。

まとめと調査に備えるためのチェックリスト

労基署の調査は、日頃の労務管理の成績表です。付け焼き刃の対策は通用しません。最も有効な対策は、常日頃から法令を遵守したクリーンな労務管理を徹底することです。以下のチェックリストを参考に、自店の体制を点検し、いつ調査が来ても慌てない準備を整えておきましょう。

【労基署調査への備えチェックリスト】

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