はじめに

寺院をはじめとする宗教法人の運営において、その根幹をなすのが「規則」です。この規則は、いわば法人の「憲法」ともいえる重要なルールであり、法人の設立から日々の管理運営、財産管理、将来の解散に至るまで、あらゆる活動の法的根拠となります。

しかし、この規則の重要性が見過ごされたり、作成や変更の手続きを正確に理解しないまま進めてしまったりすることで、後々「役員の選任が無効と判断される」「財産の処分ができない」「宗派との関係でトラブルになる」といった深刻な問題に発展するケースは少なくありません。

この記事では、宗教法人法に基づき、寺院運営の要である「規則」に焦点を当てて解説します。規則の作成から変更までの具体的な手続き、そして多くの方が陥りがちな失敗例とその対策について、説明します。

本稿を通じて、寺院関係者の皆様が、ご自身の法人の規則を正しく理解し、安定的で透明性の高い法人運営を実現するための一助となれば幸いです。

Q&A

宗教法人の「規則」について

Q1. 宗教法人の「規則」とは、具体的にどのようなものですか?

宗教法人の「規則」とは、その法人の目的、組織、管理運営の方法などを定めた根本的なルールのことです。株式会社における「定款」に相当するものとイメージしていただくと分かりやすいかもしれません。

宗教法人は、この規則で定められた目的の範囲内でのみ法人格としての権利能力を持ち、活動することができます。代表役員や責任役員の選任方法、財産の管理や処分に関する手続き、公告の方法など、法人運営の根幹に関わる重要事項がすべて定められており、法人のすべての活動は、この規則に基づいて行われなければなりません。

Q2. 規則を変更したいのですが、責任役員会で決議すればそれで良いのでしょうか?

いいえ、責任役員会の決議だけでは不十分です。規則の変更は、法人にとって最も重要な意思決定の一つであるため、法律で厳格な手続きが定められています。

まず、それぞれの法人が規則で定めている内部手続き(例:責任役員会の特別多数による議決、総代会の承認など)を経る必要があります。その後、変更内容を信者や利害関係人に知らせるための「公告」手続きを行い、所轄庁(都道府県知事または文部科学大臣)に対して「認証申請」をしなければなりません。所轄庁の認証を得て、初めて規則変更の効力が生じます。さらに、登記事項に関わる変更であれば、法務局での変更登記も必要です。

Q3. 規則の内容が、実際の寺院の運営実態と合っていません。放置すると何か問題がありますか?

はい、大きな問題が生じる可能性があります。規則と実態が乖離している状態を放置すると、様々な法的リスクを抱えることになります。

例えば、規則では責任役員の定数が5名と定められているのに、実際には3名で運営していた場合、重要な意思決定の効力が争われる可能性があります。また、財産処分に関する手続きが規則通りに行われていなければ、その処分行為が無効と判断されるリスクもあります。さらに、所轄庁からの調査や指導の対象となる可能性も否定できません。規則は法人のあるべき姿を定めたものですから、運営の実態に合わせて規則を適切な手続きで変更するか、規則に合わせて運営方法を是正する必要があります。

解説

すべての土台となる「規則」の作成

宗教法人を設立する際には、まず「規則」を作成し、所轄庁の認証を得る必要があります。この規則には、法律(宗教法人法第12条)で必ず記載しなければならない事項(必要的記載事項)が定められています。これらが一つでも欠けていると、認証を受けることはできません。

ここでは、主要な必要的記載事項とその重要性について解説します。

目的

法人がどのような教義を広め、どのような儀式行事を行い、信者をどのように教化育成するのか、といった宗教活動の根本方針を定めます。法人はこの「目的」の範囲内でしか活動できないため、将来行う可能性のある事業(例:墓地の経営、幼稚園の運営など)も、あらかじめ目的として記載しておく必要があります。

名称

法人の正式名称を定めます。他の法人と識別するための重要な事項であり、登記もされます。

事務所の所在地

法人の主たる事務所の場所を定めます。法的な通知などが送付される住所となり、所轄庁がどこになるかを決定する基準にもなります。

包括する宗教団体がある場合の名称等

特定の宗派(包括宗教団体)に属している場合、その宗派の名称を記載します。これにより、宗派との法的な関係性が明確になります。宗派からの離脱(被包括関係の廃止)などを巡るトラブルを防ぐためにも、正確な記載が求められます。

役員に関する事項

代表役員(法人を代表し、事務を総理する者)と責任役員(法人の事務を決定する議決機関の構成員)の資格、定数、任期、選任・解任の方法、職務権限などを定めます。法人のガバナンスの根幹をなす部分であり、役員の選任を巡る争いを避けるため、誰が読んでも解釈に疑義が生じないよう、明確に規定することが重要です。

公益事業その他の事業

宗教活動以外に、墓地、納骨堂、駐車場、幼稚園の経営などの事業を行う場合には、その事業の種類や管理運営の方法について定めておく必要があります。特に収益を伴う事業を行う場合は、その収益の処分方法も記載しなければなりません。ここに記載のない事業を無断で行うことはできません。

財産に関する事項

法人の財産(基本財産、宝物など)の設定、管理、処分の方法を定めます。特に、不動産や重要な宝物の処分、多額の借入など、法人の財産的基礎に大きな影響を与える行為については、責任役員会の議決に加えて、公告などの特別な手続きを要する旨を定めることが一般的です。これを怠ると、財産処分が無効になる可能性があります。

規則の変更に関する事項

この規則自体を変更するための手続きを定めます。安易に変更されることを防ぐため、「責任役員の定数の3分の2以上の賛成」など、通常の議決よりも厳しい要件(加重要件)を課すことが一般的です。

公告の方法

規則の変更や財産処分など、重要な事項を信者や利害関係人に知らせるための「公告」を、どのような方法で行うかを定めます。「事務所の掲示場に10日間掲示する」「法人の機関紙に掲載する」など、具体的かつ実行可能な方法を記載する必要があります。

これらの項目は、まさに法人の骨格そのものです。設立時に、将来の運営を見据えて、自法人の実情に合った内容を慎重に検討することが、後のトラブルを未然に防ぐ第一歩となります。

法人の実態を映す「規則」の変更手続き

法人の運営を続けていく中で、社会情勢の変化や運営方針の変更などにより、設立時に作成した規則が実情に合わなくなることがあります。そのような場合には、規則を変更する手続きが必要となります。規則の変更は、以下の厳格なステップを踏んで進められます。

ステップ1:法人内部での意思決定

まず、法人内部で規則を変更するための意思決定を行います。どのような手続きが必要かは、各法人が自らの「規則」で定めています。一般的には、以下の手続きが定められていることが多いです。

  • 責任役員会での議決
    規則変更は最重要事項であるため、多くの場合、役員の過半数ではなく「定数の3分の2以上」などの特別多数による賛成が求められます。
  • その他の機関の承認
    責任役員会だけでなく、檀信徒総会や総代会などの議決や同意を必要とする旨が定められている場合もあります。
  • 包括宗教団体(宗派)の承認
    包括関係にある法人では、宗派の承認が規則変更の要件とされている場合があります。

これらの内部手続きを一つでも欠くと、後の所轄庁の認証は得られません。必ず自法人の規則を確認し、定められた手続きを遵守することが不可欠です。

ステップ2:信者・利害関係人への公告

内部での意思決定が完了したら、次に、規則を変更しようとしている旨を信者やその他の利害関係人に知らせるための「公告」を行います。これは、利害関係人に意見を述べる機会を与え、手続きの透明性を確保するために法律で義務付けられている重要な手続きです。

公告期間

いつまでに公告しなければならないかは、変更内容によって異なります。

  • 一般的な規則変更
    認証申請の少なくとも1ヶ月前まで。
  • 被包括関係の設定・廃止(宗派への加入・離脱など)
    認証申請の少なくとも2ヶ月前まで。
公告方法

公告の方法は、自法人の規則で定められた方法(事務所の掲示場への掲示、機関紙への掲載など)に従わなければなりません。

公告の証明

公告を実際に行ったことを証明するため、掲示場の写真(日付がわかるように撮影)、掲載された新聞や機関紙などを必ず保管しておきます。この証明資料は、後の認証申請で必要となります。

 

公告期間の計算を誤ったり、定められた方法で公告しなかったりすると、手続き全体がやり直しになる可能性があります。

ステップ3:所轄庁への認証申請

公告期間が満了した後、所轄庁(都道府県または文部科学省)に対して「規則変更認証申請書」を提出します。申請書には、主に以下の書類を添付する必要があります。

  • 変更しようとする事項を示す書類(新旧対照表など)
  • 規則で定められた内部手続きを経たことを証明する書類(責任役員会の議事録、総代会の同意書など)
  • 公告を行ったことを証明する書類(掲示写真など)

所轄庁は、提出された書類に基づき、変更内容が法令に適合しているか、また、変更手続きが法律や規則の定めに従って適正に行われたかを審査します。

ステップ4:認証書の交付と変更の効力発生

審査の結果、問題がないと判断されると、所轄庁から「認証書」が交付されます。この認証書の交付を受けた日をもって、規則変更の効力が発生します。所轄庁の認証なくして、規則の効力は絶対に生じません。

ステップ5:変更登記

規則の変更内容が、法人の登記事項(例:目的、名称、事務所の所在地、公告の方法、代表役員の資格など)に関わるものである場合は、変更登記が必要です。主たる事務所の所在地を管轄する法務局において、認証書が届いてから2週間以内に登記申請を行わなければなりません。

この登記を怠ると、変更した内容を第三者(金融機関や取引先など)に対して主張することができず、不測の損害を被る可能性があります。

失敗しないためのポイント:失敗例とその対策

規則の作成・変更手続きは複雑であり、ささいなミスが大きなトラブルにつながることがあります。ここでは、失敗例と、それを防ぐための対策を解説します。

失敗例1:公告手続きの不備

  • 「1ヶ月前」の計算を誤り、公告期間が足りなかった。
  • 規則で定められた「事務所の掲示場」ではなく、住職の自宅に掲示してしまった。
  • 公告の写真を撮り忘れてしまい、証明する書類が提出できない。
対策

公告は手続きの中でも特に形式的な要件が厳しい部分です。期間の計算(初日不算入の原則など)には細心の注意を払い、必ず規則で定められた場所と方法で実施します。そして、誰が見ても客観的に証明できるよう、日付入りの写真撮影や、複数の関係者による確認署名など、証拠を確実に残すことが重要です。

失敗例2:内部手続きの瑕疵(かし)

  • 責任役員会の議事録を作成していなかった、または署名押印などの形式が整っていなかった。
  • 規則で総代会の同意が必要とされていることを見落とし、責任役員会の議決だけで進めてしまった。
  • 役員の任期が切れていることに気づかず、資格のない役員が議決に参加してしまった。
対策

規則変更の前提となる法人内部の意思決定が、法的に有効であることが大前提です。役員の任期管理を徹底し、招集通知から議決、議事録の作成・保管まで、法律と規則の定めに従って一つ一つのプロセスを丁寧に行う必要があります。議事録は、いつ、どこで、誰が、何を、どのように決議したのかを第三者が見ても明確にわかるように、詳細に記載することが肝要です。

失敗例3:登記の懈怠(けたい)

  • 規則変更の認証を受けたことに満足し、法務局での変更登記を忘れてしまった。
  • 代表役員が交代したにもかかわらず、変更登記を行っていなかったため、前の代表役員が法人名義で契約を結んでしまい、トラブルになった。
対策

所轄庁の認証と法務局の登記は、全く別の手続きです。認証を受けたら、登記事項の変更の有無を必ず確認し、変更がある場合は速やかに(2週間以内に)登記申請を行うことを徹底してください。登記は、法人の情報を社会に示す公的な証明手段であり、これを怠るリスクは計り知れません。

これらの失敗は、いずれも「法律や規則の規定を正確に理解していなかった」ことに起因します。手続きに着手する前に、まずは自法人の規則を熟読し、不明な点があれば専門家に相談することが、失敗を避けるための有効な方法です。

弁護士に相談するメリット

宗教法人の規則の作成や変更は、法的な専門知識と実務的なノウハウが求められる複雑な手続きです。ご自身で対応することも不可能ではありませんが、手続きに不備があれば、多大な時間と労力が無駄になるだけでなく、法人の運営そのものを揺るがしかねない事態に発展するリスクも伴います。

寺院法務に精通した弁護士に相談・依頼することで、以下のようなメリットが期待できます。

  1. 法的な正確性の確保
    弁護士は、宗教法人法をはじめとする関連法令や過去の裁判例、行政実例などを踏まえ、作成・変更しようとする規則の内容が法的に有効かどうかを精査します。将来の紛争リスクを未然に防ぐ、実情に即した条文案の作成をサポートします。
  2. 煩雑な手続きの代行と円滑な進行
    責任役員会の議事録作成支援から、公告文の作成、所轄庁への認証申請、法務局への登記申請まで、一連の煩雑な手続きを代理人として遂行します。これにより、住職や役員の皆様は、本来の宗教活動に専念することができます。行政庁との折衝も、専門家である弁護士が対応することで円滑に進めることが可能です。
  3. 客観的・中立的な立場からの助言
    役員間や檀信徒との間で意見が対立するような難しい局面においても、弁護士は第三者としての客観的・中立的な立場から法的な論点を整理し、合意形成に向けた助言を行うことができます。感情的な対立を避け、建設的な解決へと導く手助けをします。
  4. 将来の紛争予防
    規則の不備は、将来の紛争の火種となります。弁護士は、役員の権限や財産管理、事業運営など、将来トラブルになりやすいポイントを予測し、それを未然に防ぐための規定を規則に盛り込むことを提案します。目先の課題解決だけでなく、長期的な視点での安定した法人運営の基盤づくりに貢献します。

規則に関する手続きは、決して頻繁に行うものではありません。だからこそ、いざという時に専門家のサポートを得て、瑕疵のない確実な手続きを行うことが、寺院の護持発展にとって重要であるといえるでしょう。

まとめ

本稿では、宗教法人の運営の根幹である「規則」について、その作成・変更手続きと、失敗しないためのポイントを解説しました。

規則は、単なる形式的な書類ではなく、寺院の安定した運営と、大切な財産や伝統を未来へ継承していくための「羅針盤」です。その作成や変更には、法人内部での慎重な合意形成、法律に則った公告手続き、そして所轄庁の認証と登記という、厳格なプロセスが求められます。

この複雑な手続きを正確に理解し、一つ一つのステップを確実に実行することが、将来の法的紛争を未然に防ぎ、透明性の高い法人運営を実現する鍵となります。もし、規則に関して少しでも不安や疑問を感じた際には、問題を先送りにせず、寺院法務に詳しい弁護士などの専門家にご相談ください。

本稿が、皆様の寺院の健全な運営の一助となれば幸いです。


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