はじめに

企業が経営難に陥り、破産申立の段階になると、何より重要なのは従業員の処遇です。とりわけ、中小企業や家族的経営の会社では、「社員を路頭に迷わせたくない」という経営者の思いが強い一方で、実際には給与の支払や社会保険の対応など、具体的な課題が山積します。また、従業員側も「いつ退職になるのか」「未払いの給与はどうなるのか」「失業保険は受給できるのか」など、不安が尽きません。

本記事では、破産申立時における従業員の処遇と労務管理について、よくある疑問やポイントを整理しながら、具体的な注意点を解説します。事業停止や倒産の局面でも、適切な労務対応を行うことで、従業員との無用なトラブルや混乱を回避し、可能な限り円満な退職や再就職支援が行えるよう心掛けましょう。

Q&A

Q1. 破産申立すると、従業員は即日解雇になるのですか?

通常、破産手続開始決定が下りると、会社の事業は停止し、従業員の労働契約も終了に向かいますが、「即日解雇」かどうかは会社の状況と手続次第です。民事再生など再建型手続を選ぶ場合は、雇用を継続するケースもあります。破産の場合は清算が前提のため、多くは速やかに退職手続が進むでしょう。

Q2. 未払い給与や退職金はどうなるのでしょうか?

未払い給与や退職金は「優先債権」として扱われる場合が多く、一般の取引債権より優先して支払いを受ける権利があります。ただし、上限額があることと、全額支払いを必ず受けられるとは限らない点に注意が必要です。

Q3. 従業員は失業保険を受給できますか?

会社が破産して事業継続が不可能になれば、雇用契約は解雇または会社都合退職という形で終了しますので、基本的には失業手当(雇用保険)を受給できます。その際、離職票の発行など会社側が行う手続きが必要となります。

Q4. 未払い賃金立替払制度とは何ですか?

「未払賃金立替払制度」とは、会社の倒産(破産・再生など)によって給与や退職金が支払われない従業員を支援するため、国(労働者健康安全機構)が一定範囲で立替払いする制度です。条件を満たせば、賃金や退職金の一部を上限付きで補償してもらえます。

Q5. 従業員にはいつ、どのように倒産を告知すればいいのでしょうか?

倒産情報は重大な事項であり、できるだけ早めに誠実に伝えるのが基本です。突然の発表で従業員がパニックに陥ることもあるため、タイミングや説明内容を慎重に検討します。また、破産申立の準備段階では情報漏えいリスクもあるため、弁護士の指示を仰ぎながら進めるとよいでしょう。

解説

破産申立に伴う労務管理の流れ

  1. 破産申立の決定と社内告知準備
    経営者が破産申立を決断したら、弁護士と相談しつつ、「どの時点で従業員に説明をするか」を決めます。資金繰りや弁護士費用の問題でギリギリまで公にできないケースもありますが、突然の倒産発表は従業員への影響が大きいため、できるだけ事前に伝えるのが望ましいといえます。
  2. 手続開始決定と事業停止
    裁判所が破産手続開始決定を出すと、原則として会社は事業を停止します。従業員は退職日や残務処理のスケジュールを把握し、会社側も社会保険の喪失手続や離職票の作成などを進めます。
  3. 未払い給与・退職金の算定と優先債権登録
    破産手続では、従業員の未払い賃金や退職金は一定額まで優先債権として扱われます。管財人や弁護士が協力し、正確な金額を算定し、債権者リスト(債権届出)に反映させます。
  4. 未払賃金立替払制度の利用(該当する場合)
    破産の申立後、管財人が立替払制度の手続きを開始し、該当従業員が必要な書類を提出する流れになります。
  5. 離職票・健康保険・年金の手続
    雇用保険の離職票を発行し、従業員が失業保険を受け取れるようにすることは企業の義務です。合わせて、健康保険や厚生年金の資格喪失手続きを行い、従業員が速やかに国民健康保険や国民年金に切り替えられるようサポートします。

実務上のポイント

  1. 従業員とのコミュニケーション
    倒産が不可避となった時点で、経営者は「言いづらいから後回し」ではなく、可能な限り誠実かつ迅速に説明する必要があります。隠しても最終的には露見し、社員の不信感を高めるだけです。
  2. 未払い賃金の優先債権性
    従業員の賃金は法律上、一定範囲で優先的に支払われるべき債権です。しかし、資金不足が深刻な場合、全額カバーされないケースもあり得ます。その際には立替払制度の活用や、配当計画の明確化を図ることが重要です。
  3. 管理職・役員の扱い
    管理職や役員であっても、常勤の労働者として賃金を受け取っている場合、一定範囲は労働債権として認められます。ただし、代表取締役など「取締役報酬」として支払われている部分は労働債権に該当しないケースが多いため、事前の確認が必要です。
  4. トラブル予防策
    倒産による突然の解雇は、従業員の強い反発を招くことがあります。過去の不当解雇トラブルや未払い賃金訴訟などが起こりやすい局面でもあるため、弁護士の指導のもと、解雇理由や手続きを正確に行うことが大切です。

従業員の保護制度

  • 未払賃金立替払制度
    倒産が確定し、破産手続など公的手続の開始決定が出た場合、要件を満たす従業員は未払給与等の一部が国から立替払いされます。
  • 雇用保険
    失業保険を受け取るために必要な離職票は、会社側の法的義務として作成が求められます。従業員が円滑に受給できるよう、退職日や賃金額などを正確に記載しましょう。
  • 健康保険・年金
    会社の健康保険・厚生年金に加入していた従業員は、資格喪失後は国民健康保険・国民年金への切り替えが必要です。告知を怠ると従業員が無保険状態になるリスクがあり、注意が必要です。

弁護士に相談するメリット

  1. 労働債権の取扱いと優先度の確認
    弁護士が債権者リストや破産申立書の作成を代行し、従業員の未払い賃金や退職金を正しく優先債権として扱ってくれます。結果として、従業員が受け取れる配当額を最大化しやすくなります。
  2. 解雇手続の適法性サポート
    労働法上、解雇は厳密な要件が課されます。倒産理由があっても、不当解雇とならないよう、解雇通知や最終給与計算、離職票発行など、必要な手続を弁護士がチェックしてくれます。
  3. トラブル・訴訟回避
    従業員が「解雇無効」を主張したり、「未払い賃金がある」として訴訟を提起するケースもあり得ます。弁護士があらかじめリスクを洗い出し、適切な手順を踏むことで紛争を未然に防ぎやすくなります。

まとめ

破産申立時の従業員の処遇と労務管理は、企業にとっても従業員にとっても非常に重要な問題です。以下のポイントをしっかりと押さえておきましょう。

  1. 倒産が避けられない場合、できるだけ早めに社員へ告知し、誠実な態度で説明する。
  2. 未払い賃金・退職金は優先債権として扱われるが、必ずしも全額を回収できるとは限らない。
  3. 未払賃金立替払制度や雇用保険・健康保険・年金の資格喪失手続を迅速に行い、従業員の生活を保護する。
  4. 解雇手続や労務管理の不備があると、訴訟リスクが高まる。
  5. 弁護士のサポートを受けることで、適切な労働債権の処理やトラブル回避が期待できる。

倒産局面では経営者自身も多大なストレスを抱えていますが、従業員の生活がかかっている点も忘れてはなりません。弁護士にお早めに相談し、労務管理や未払い給与の優先債権化、解雇手続の適正化などをしっかりサポートしてもらうことで、少しでも円満な形で社員と別れ、経営者自身の再スタートをきれるよう準備をしていきましょう。


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