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2020.3.11
昨今、世界各地で新型コロナウイルス感染症が猛威を振るっています。今後、新型コロナウイルス感染症の感染者が増加した場合、貴社の従業員が新型コロナウイルス感染症に感染することや新型コロナウイルス感染症に感染している疑いがある従業員がみつかることもあるかもしれません。
それでは、このような場合、使用者としてはどのように対応するべきでしょうか。
以下では、①新型コロナウイルス感染症に感染している従業員、もしくは感染が疑われる従業員がみつかった場合に休むよう命令することの可否、②当該従業員が休んだ場合、その期間に対応する給与支払いの要否、③今後の対応に関し注意すべき点を解説したいと思います。
使用者が、新型コロナウイルス感染症に感染している疑いのある従業員に対し、仕事を休むよう命令することはできるのでしょうか。また、できるとしてもどのような根拠に基づくのでしょうか。
事業者の従業員に対する就業禁止を定めている法律の規定としては、労働安全衛生法第68条がございます。以下、この条文の構造及び同条により使用者は従業員に対し、休むよう命令することができるか否か、また、できないのであれば、使用者は、従業員に対し、別の規定を根拠として休むよう命令することができるのか否かについてご説明いたします。
同条は、「事業者は、伝染性の疾病その他の疾病で、厚生労働省令で定めるものにかかつた労働者については、厚生労働省令で定めるところにより、その就業を禁止しなければならない。」と規定しています。そして、厚生労働省令である労働安全衛生規則第61条は、各号で疾病等を列挙しています。
しかし、新型コロナウイルス感染症は同条には列挙されておらず、就業禁止の措置の対象とはなっておりません[1]。よって、労働安全衛生法第68条を根拠として、使用者が、従業員に対して就業を禁止することはできないといえます。
では、どのようにして、使用者は従業員に対し、仕事を休むよう命令することができるでしょうか。
これについては、使用者は、従業員に対し、就業規則等を根拠に、仕事を休むよう命令することができます。
しかし、就業規則は各社により異なりますので、貴社の就業規則がどのように定めているのかについて、一度、ご確認いただくことをお勧めいたします。
では、次に、使用者は、従業員が休んだ期間について、給与等を支払わなければならないのでしょうか。
この点、労働基準法第26条では、「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。」とされています。
そして、不可抗力による休業の場合は、「使用者の責に帰すべき事由」に当たらず、使用者に休業手当の支払義務はないこととなりますが、ここでいう不可抗力とは、①その原因が事業の外部より発生した事故であること、②事業主が通常の経営者として最大の注意を尽くしてもなお避けることのできない事故であることの2つの要件を満たすものでなければならないと解されています[2]。
以下では、使用者は従業員に対し、休んでいる期間に対応する給与を支払う必要があるのか、具体的には「使用者の責に帰すべき事由」に当たるか否かが問題となります。
新型コロナウイルス感染症に感染している従業員については、「新型コロナウイルスに感染しており、都道府県知事が行う就業制限により労働者が休業する場合は、一般的には「使用者の責に帰すべき事由による休業」に該当しないと考えられますので、休業手当を支払う必要はありません。」とされています[3]。
(1)使用者が休むよう命じた場合
使用者が、新型コロナウイルス感染症に感染している疑いのある従業員に対し、仕事を休むよう指示した場合については、例えば、当該従業員が新型コロナウイルス感染症に感染している疑いがあり、帰国者・接触者相談センターに相談に行ったが、その後、「「帰国者・接触者相談センター」でのご相談の結果を踏まえても、職務の継続が可能である方について、使用者の自主的判断で休業させる場合には、一般的に「使用者の責に帰すべき事由による休業」に当てはまり、休業手当を支払う必要があります。」とされています[4]。
(2)当該従業員が自ら休んだ場合
当該従業員が自ら休むと判断した場合は、「使用者の責に帰すべき事由による休業」には該当せず、通常の病欠と同様に取り扱うことが考えられるとされています[5]。よって、この場合は、従業員に対し、必ずしも休業手当を支払う必要はございません。
ここまでは、現在の対応についてご説明してまいりました。では、今後、日本国内において、より新型コロナウイルス感染症が流行した場合、どのような対応をするべきでしょうか。これについては、企業における安全配慮義務という観点で検討してみたいと思います。
使用者は、従業員に対し、安全配慮義務を負っています。では、今後、現在よりも新型コロナウイルス感染症が流行するようになった場合、使用者としてどのように対応するべきでしょうか。例えば、周囲の他の事業者は、新型コロナウイルス感染症の対策を特に講じていないような場合、自社もそれに従って、特に対策をしなくても法的責任は問われないのでしょうか。
この点、参考になると思われる事案として、部活の指導教員が落雷の可能性を考慮して部活を中止すべきかであったか否かが問われた事案[6]があげられます。
この事件について最高裁は、当時の天候に関する客観的事情から、指導教員は、落雷事故発生の危険が迫っていることを具体的に予見することが可能であったというべきであり、また予見すべき注意義務を怠ったものというべきであるとし、これは、「たとえ平均的なスポーツ指導者において、落雷事故発生の危険性の認識が薄く、雨がやみ、空が明るくなり、雷鳴が遠のくにつれ、落雷事故発生の危険性は減弱するとの認識が一般的なものであったとしても左右されるものではない」と判示しました。
この判例からすると、例えば新型コロナウイルス感染症から従業員の安全を確保すべき使用者は、当時の科学的知見に基づく適切な対策を講じていなければ、他の企業等も新型コロナ感染症に対する対策を講じていなかったとしても、安全配慮義務違反等に問われる可能性があるように思われます[7]。
よって、今後、より新型コロナウイルス感染症が流行した場合、近隣の企業が対策を講じていないからといって安易に対策を怠るのではなく、最新の情報等を注視し、状況に応じて対策を講じていく必要があるように思われます。
以上のように、新型コロナウイルス感染症に関する労務問題は今後とも数多く発生する可能性がございます。そして、採るべき選択肢はその時々により異なりうる可能性があります。
その時々に応じた最善の選択を採ることができるよう、最新の情報を入手するとともに、状況の変化に応じた法的リスクについても留意が必要です。
弁護士 坂口 宗一郎
[1]厚生労働省 新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)令和2年3月5日時点版
[2] 同上4-問1
[3] 同上4-問2。なお、都道府県知事は、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律第18条第2項により、労働者の就業を制限等することができます。
[4] 同上4-問3
[5] 同上4-問4
[6] 最二判平成18年3月13日判時1929号41頁。
[7] 新型インフルエンザに関する論考ではありますが、同様の指摘として、中野明安「新型インフルエンザと法的リスクマネジメント 企業における対策のポイントと法律実務家の役割」NBL No.899 10頁−22頁(2009)が挙げられます。