はじめに
コストを「正義への投資」と捉える戦略的視点
「匿名の投稿者を特定したいが、弁護士費用は一体いくらかかるのだろう?」
「多額の費用をかけた結果、加害者から回収できるお金の方が少なくなり、損をしてしまう『費用倒れ』にならないか心配…」
発信者情報開示請求を検討する上で、「費用」に関する不安は、被害に遭われた方にとって最も大きな悩みの一つです。加害者に責任を追及したいという正当な思いがありながらも、金銭的な負担がネックとなり、一歩を踏み出せない方も少なくありません。
しかし、この問題を単なる「出費」として捉えるのではなく、「ご自身の平穏な日常と正義を取り戻すための投資」として戦略的に考えることが重要です。この記事では、発信者情報開示請求にかかる費用の全体像を解説し、多くの方が懸念する「費用倒れ」のリスクを分析します。そして、そのリスクを理解した上で、後悔のない判断を下すためのポイントについて、専門家の視点から解説します。
以下の費用は当事務所における設定を紹介していますが、事案によってお見積金額が変わる場合があることをあらかじめご了承ください。
費用の全体像:弁護士費用と実費の詳細な内訳
発信者情報開示請求にかかる費用は、大きく分けて「弁護士費用」と、裁判所などに支払う「実費」から構成されます。ここでは、想定されるすべての費用を具体的に見ていきましょう。
弁護士費用(着手金・報酬金)
弁護士費用は、主に依頼時に支払う「着手金」と、成果に応じて支払う「報酬金」に分かれます。2022年10月に施行された「発信者情報開示命令」制度により、サイト運営者と接続事業者(プロバイダ)への手続きを一体的に進めることが可能になりました。
- 着手金: 弁護士が業務を開始するためにいただく費用です。手続きの結果にかかわらず発生します。発信者情報開示請求(訴訟)の着手金は 27万5,000円(税込み) です。
- 報酬金: 情報開示に成功した場合にお支払いいただく成功報酬です。報酬金は 27万5,000円(税込み) です。
したがって、投稿者の氏名・住所を特定するまでの弁護士費用は、着手金と報酬金を合わせて合計 55万円(税込み) となります。
※これは1件あたりの費用です。対象となる投稿が複数ある場合、2件目以降は1件ごとに追加の費用がかかります。
実費(裁判所に納める費用など)
弁護士費用とは別に、手続きを進める上で必要となる実費です。
- 収入印紙代: 裁判所に申立てを行うための手数料です。
- 郵便切手代(予納郵券): 裁判所からの書類送付などに使われる切手代で、数千円程度を事前に裁判所に納めます。
- その他: 相手方が法人の場合の資格証明書(登記簿謄本)取得費用や、海外の事業者が相手の場合の翻訳費用などがかかることがあります。
手続きの種類 | 費用の内訳 | 金額(税込み) | 備考 |
---|---|---|---|
発信者情報開示請求(訴訟) | 弁護士費用(着手金) | 27万5,000円 | 投稿者の特定手続き |
弁護士費用(報酬金) | 27万5,000円 | 情報開示成功時に発生 | |
実費(印紙・郵券等) | 1万円~2万円程度 | 裁判所に納める費用 | |
合計 | 56万円~57万円程度 | 別途、損害賠償請求の費用がかかります |
「費用倒れ」の戦略的リスク分析
「費用倒れ」とは、加害者の特定と損害賠償請求に要した総費用が、最終的に加害者から回収できた金額を上回ってしまう状態を指します。
このリスクは、すべての事案で等しく存在するわけではありません。費用倒れのリスクは、権利侵害の類型によって大きく変動する可能性があるものとして捉えるべきです。
なぜ費用倒れは起こるのか?リスクの3つの柱
- 高額な特定費用: 上記の通り、加害者を特定するだけで55万円の弁護士費用がかかります。これは、権利侵害の軽重にかかわらず、ほぼ固定で発生するコストです。
- 慰謝料の相場: 誹謗中傷に対する慰謝料は、裁判実務上、ある程度の相場が形成されています。個人の名誉毀損であれば10万円~50万円程度、侮辱であれば1万円~10万円程度が目安であり、特定費用を大幅に上回る賠償が認められるケースは限定的です。
- 弁護士費用の限定的な回収: 最も重要な点として、訴訟で勝訴しても、相手に負担させられる弁護士費用は、実際に支払った額ではなく、認められた損害賠償額(慰謝料など)の1割程度というのが判例上のルールです。慰謝料50万円が認められても、相手に請求できる弁護士費用は5万円に過ぎません。
この構造を理解すると、なぜ費用倒れのリスクが権利侵害の類型によって異なるのかが見えてきます。加害者特定のための費用は高額で固定的ですが、回収できる慰謝料は事案によって大きく変動します。例えば、比較的軽微な「侮辱」事案では、回収見込み額が低いため、高額な特定費用を賄えず、費用倒れのリスクが極めて高くなります。逆に、事業に深刻な損害を与えた悪質な「名誉毀損」事案では、高額な慰謝料が見込めるため、特定費用を上回る回収が期待でき、リスクは低減します。
費用倒れリスク・シミュレーション
シナリオ | 想定される総費用(特定+賠償請求訴訟着手金) | 慰謝料の相場 | 回収可能な弁護士費用(慰謝料の10%) | 最終的な経済的収支(試算) |
---|---|---|---|---|
ケース1:軽微な侮辱 (例:「バカ」「キモい」等の単発投稿) | 約82.5万円+報酬金 | 1万円~10万円 | 1,000円~1万円 | 約-70万円以上の赤字 |
ケース2:深刻な名誉毀損 (例:「前科がある」「不倫している」等の事実摘示) | 約82.5万円+報酬金 | 10万円~50万円 | 1万円~5万円 | 赤字になる可能性が高い |
ケース3:事業への名誉毀損 (例:商品への虚偽の悪評で売上減) | 約82.5万円+報酬金 | 50万円~100万円+逸失利益 | 5万円~10万円 | プラスになる可能性あり |
※特定費用55万円+損害賠償請求(訴訟)着手金27.5万円で計算。損害賠償請求の報酬金は別途発生します。
このシミュレーションは、経済的な側面だけを切り取ったものですが、ご自身の状況がどのケースに近いかを客観的に把握する一助となります。
お金を超えて:あなたが戦う「本当の価値」を定義する
費用倒れのリスクを理解した上で、なお開示請求に踏み切る方は少なくありません。それは、この手続きに金銭的な利益以上の価値を見出しているからです。あなたの「本当の目的」がどこにあるのかを明確にすることが、後悔しない選択の鍵となります。
- 真実の解明と精神的区切り: 「誰が、なぜ?」という苦しい疑問に終止符を打ち、前に進むため。
- 謝罪と責任の追及: 加害者に自らの行為の過ちを認めさせ、真摯な謝罪を求めるため。
- 再発防止の確約: 法的な拘束力のある形で、二度と関わらない、同様の行為を繰り返さないと約束させるため。
- 正義の実現: 匿名の陰に隠れた卑劣な行為を許さず、社会的な責任を負わせるという断固たる意思を示すため。
これらの目的は、金銭には換算できない極めて重要な価値です。もしあなたの目的が「謝罪と再発防止」であるならば、最適な戦略は、加害者を特定した上で、訴訟ではなく柔軟な解決が可能な示談交渉に主眼を置くことかもしれません。逆に、事業損害の回復が最優先であれば、訴訟を前提とした戦略が必要となり、費用対効果の計算も変わってきます。このように、ご自身の目的が法的戦略とコスト計算の出発点となるのです。
まとめ
後悔しないためのパートナー選び
発信者情報開示請求には、相応の費用がかかり、「費用倒れ」のリスクは常に伴います。しかし、そのリスクはすべてのケースで同じではありません。
後悔しないためには、まずご自身の状況が費用倒れのリスクが高いのか低いのかを客観的に見極め、その上で、金銭的な損得を超えた「何のために戦うのか」という目的を明確にすることが不可欠です。
そして最も重要なのは、これらの費用やリスクについて包み隠さず説明し、あなたの本当の目的に寄り添った最適な戦略を共に考えてくれる、誠実な弁護士をパートナーに選ぶことです。費用に関する不安や疑問は、一人で抱え込まず、まずは専門家にご相談ください。
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