はじめに:賠償範囲の知識が会社の資産を守る

交通事故を起こした場合、運送会社は被害者に対して法律上の「損害賠償責任」を負います。この損害賠償は、単に「治療費」や「修理代」を支払うだけに留まりません。特に運送事業者が当事者となる事故では、トラックが稼働できなかったことによる営業損失(休車損害)や、破損した積荷の賠償、あるいは被害者が将来得られたはずの収入(逸失利益)など、高額かつ算定が複雑な損害項目が大きな争点となります。

相手方から請求された損害賠償の項目や金額が法的に妥当か、逆に自社が被害者となった場合にどこまで請求できるか。この知識は、会社の資産を守る上で大切な経営知識です。本稿では、特に運送業に関連の深い「休車損害」「積荷の賠償」「逸失利益」といった損害項目の法的な考え方と、その計算方法について、法改正を反映して解説します。

2020年民法改正と逸失利益の増大

人身事故、特に後遺障害が残る事故や死亡事故において、賠償額が数千万円から億単位にまで跳ね上がる最大の要因が「逸失利益」です。これは、事故がなければ被害者が将来得られたはずの収入を補償するものです。

  • 2020年4月1日の民法改正がもたらした激変
    2020年4月1日に施行された改正民法により、逸失利益の計算に用いられる「中間利息控除」の法定利率が、年5%から年3%に引き下げられました
  • 財務上のインパクト
    将来の収入を一時金で受け取る際、将来の利息分を割り引くのが中間利息控除です。利率が下がったことで、割り引かれる金額が少なくなり、支払うべき逸失利益の総額が大幅に増加しました

請求する/される損害① – 「休車損害」

休車損害は、事故で営業車両が使用できなくなったために生じた営業上の利益の損失です。これは請求側にとっても、請求される側にとっても、証拠に基づく緻密な立証が求められる項目です。

算定の基本原則

休車損害=(1日あたりの利益額)×(相当な休車期間)

  • 「1日あたりの利益額」の計算
    事故前3か月程度の平均売上高から、変動経費(燃料費、高速代など、車両が稼働しなかったことで支出を免れた経費)を控除して算出します(事案に応じて計算方法は異なりますので、あくまでも一例としてご理解ください)。
  • 立証のポイント
    休車損害を請求するためには、以下の点を客観的な資料で証明する必要があります。

    1. 利益の発生: 事故車両の過去の稼働実績表や日報など。
    2. 遊休車の不存在: 会社に代替できる他のトラックがなかったことを、全車両の稼働実績表などで証明する。
    3. 相当な休車期間: 修理工場からの見積書や工程表、あるいは代替車両の納車までの期間を示す資料など。

賠償する損害② – 「積荷の損害」と保険の落とし穴

運送会社が加害者となった場合、最も注意すべきなのが、自社の自動車保険ではカバーされない「積荷の損害」です。

  • 法的責任
    運送会社は、荷主との運送契約に基づき、積荷を安全に目的地まで送り届ける義務を負っています。事故で積荷を毀損させた場合、この契約上の義務違反として、荷主に対して損害賠償責任を負います。
  • 自動車保険の対象外
    自動車保険の「対物賠償保険」は、あくまで第三者の財物に対する損害を補償するものであり、被保険者(運送会社)が管理下にある財物、すなわち「積荷」は、通常、補償の対象外(免責)とされています。
  • 保険によるリスクヘッジ
    このリスクに備えるためには、「運送業者貨物賠償責任保険(運賠保険)」への加入が考えられます。この保険に入っていない場合、積荷の損害は会社が自己負担で賠償しなければならず、高価な積荷の場合は経営に大きな打撃を与えかねません。

法改正の動向:刑罰の変更について

なお、法律は常に改正されています。ドライバーが刑事責任を問われる場合に関連する法律として「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」があります。刑法改正により、これまで「懲役」と「禁錮」に分かれていた刑罰が、2025年までに「拘禁刑」に一本化されることになりました。これにより、例えば危険運転致死傷罪(同法第2条)や過失運転致死傷罪(同法第5条)の法定刑も「〇年以下の懲役」から「〇年以下の拘禁刑」へと表記が変わります。このような法改正の動向にも注意を払うことが、企業のコンプライアンス上、重要となります。

まとめ

交通事故の損害賠償は、「治療費と修理代」という単純な整理ではありません。2020年の民法改正は、特に人身事故における賠償額を構造的に引き上げ、企業の財務リスクを増大させました。休車損害や積荷の賠償といった事業に直結する損害の算定は、客観的な証拠に基づいた緻密な対応が求められます。損害賠償の項目や金額について疑問があれば、示談書にサインする前に、交通事故に精通した弁護士にご相談されることもご検討ください。専門家の知見を活用することが、会社の正当な利益を守るための最善の策です。


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