はじめに

会社の役員(取締役・監査役など)は、業務執行や監査の立場から多大な権限を有し、忠実義務善管注意義務を課されています。しかし、これらの義務に違反すれば、株主代表訴訟などで損害賠償責任を追及されるリスクが存在します。また近年、会社の不祥事や経営ミスに対して、社会の目が厳しくなる一方で、役員が個人として賠償責任を負うリスクは高まりつつあります。そうした中、D&O保険(役員賠償責任保険)に加入し、万一の損害賠償リスクをカバーする動きが広がっています。

本記事では、役員の責任追及リスクと、取締役や監査役が負う法的責任の種類、株主代表訴訟の手続きなどを整理し、さらにD&O保険の基本的な仕組みや導入時の留意点を解説します。役員が企業運営を適切に行うことで会社を成長させつつ、個人としての負担を最小化するために、どのようなガバナンスとリスク管理が必要かを学びましょう。

Q&A

Q1:役員にはどんな種類の法的責任がありますか?

会社法上、取締役・監査役などの役員には善管注意義務(専門家としての注意を払う義務)や忠実義務(会社の利益のために行動する義務)が課され、これを怠った場合に会社に対する損害賠償責任株主代表訴訟による責任追及があり得ます。また、第三者(取引先や消費者)に対する不法行為責任が認められる場合もあり、個人財産で賠償義務を負うリスクがあります。

Q2:株主代表訴訟とは何でしょうか?

株主代表訴訟は、会社に損害を与えた取締役に対して、会社が責任追及を行わないときに、株主が原告となって取締役の責任を追及する訴訟です。訴訟で得られた賠償金は会社に帰属します。近年、内部通報やメディア報道などで取締役の不正が表面化すると、株主代表訴訟を起こされる事例が増えており、役員個人が数億円単位の賠償責任を負う可能性もあります。

Q3:D&O保険とは何ですか?

D&O保険(Directors & Officers Liability Insurance)は、取締役や監査役など会社の役員が職務上の行為で損害賠償責任を負った場合、その賠償金や訴訟費用などを保険でカバーする仕組みです。例えば株主代表訴訟で役員が1億円の賠償を命じられたとき、D&O保険から支払いがなされる(保険契約の範囲と免責事項による)ため、役員個人の財産を防衛できます。企業が会社として加入し、役員を被保険者とする形が一般的です。

Q4:D&O保険に加入すれば、すべての責任が免除されるのでしょうか?

いいえ、D&O保険にも免責事項があります。例えば、役員が故意の犯罪行為重大な法令違反を行った場合、保険金は支払われないケースが多いです。また、保険会社との契約内容(保険金額上限・免責額・特約)次第で、一部のリスクはカバー対象外になることもあります。さらに、仮に保険金が支払われても、役員の社会的責任刑事責任が免れるわけではありません。

解説

役員の責任追及リスクとその背景

取締役の注意義務・忠実義務

  • 取締役は会社に対して「善管注意義務」を負い、自分の業務分野で一般に期待される専門家水準の注意を払うことが求められる。また、会社の利益を最優先に行動する「忠実義務」がある。
  • これらを違反し、経営判断ミスや職務怠慢で会社に損害を与えれば、会社法423条に基づき、損害賠償責任を負う可能性がある。

監査役の監督責任

  • 監査役は取締役の業務執行を監査し、法令違反や不正を発見した場合、監査報告取締役会での是正要求を行う。これを怠り会社に損害が及べば、監査役も監査義務違反を問われ得る。
  • 大型不祥事で監査役が「見て見ぬふりをしていた」と判断される事例もあり、株主代表訴訟の対象となるケースが増加。

株主代表訴訟の増加要因

  • ガバナンス意識の高まり、SNS等での情報共有の容易化により、役員の法令違反や経営ミスが表面化しやすくなっている。
  • 海外投資家やアクティビスト株主の存在感が高まり、企業に対する不正追及や役員責任追及の圧力が強化。企業不祥事の際は株主代表訴訟が提起される可能性が高い。

D&O保険(役員賠償責任保険)の仕組み

被保険者と被保険利益

  • 通常、会社が保険契約者となり、取締役監査役執行役員など(社員含む場合もあり)を被保険者とする。「役員が職務遂行上、第三者や株主に損害賠償を負うリスク」に対して保険金を支払う。
  • もし株主代表訴訟や第三者からの損害賠償請求があれば、保険会社が弁護士費用和解金・賠償金の一部または全部を補償する(契約内容により異なる)。

保険契約のカバー範囲

  • 多くのD&O保険は過失や違法行為が疑われる役員責任を対象とするが、故意や詐欺行為は免責となることが多い。
  • 補償額にも上限があり、数億円~数十億円の枠を設定するケースが通常。

保険金請求と実務

  • 訴訟や請求を受けたら速やかに保険会社に通知し、弁護士費用和解交渉を保険会社と調整。
  • 保険適用の可否や免責条項の該当性を巡りトラブルが起きることもあり、事前にD&O保険契約をチェックする必要がある。

役員賠償リスクの予防策

リスクマネジメントと内部統制

  • 役員が法令違反会社利益を逸脱した行為をしないよう、内部統制システムを整え、コンプライアンス研修や内部通報制度を充実させる。
  • 取締役会で経営判断を行う際、経営判断原則を踏まえ、十分な情報収集と慎重なプロセスを踏む。

責任免除制度の活用

  • 会社法では一定の要件を満たす場合、責任限定契約役員等の責任免除(株主総会決議または取締役会決議)を導入できる仕組みがある。ただし、故意・重大過失の場合には制限。
  • 特に社外取締役・社外監査役には責任限定契約を結んで損害賠償額の上限を定める会社も多い。

D&O保険導入

  • 役員のリスク負担を軽減し、有能な人材の登用を促すためにD&O保険に加入する企業が増えている。会社と役員の双方を保護し、企業経営を安定化する。
  • 保険加入時に免責事項保険金限度額を十分に吟味し、必要な範囲を網羅するか確認する。

株主総会や取締役会の適切運営

  • 取締役の選任・解任をめぐる紛争予防には、株主総会取締役会の議事録を正確に作成し、責任所在や決議内容を明確化しておく必要がある。
  • 過程が不透明だと株主代表訴訟に発展する可能性が高まるため、ガバナンス実務を行うことが最大の予防策となる。

実務トラブル事例

内部不正見逃しで監査役が責任追及

  • 企業の経理部門で横領が起きていたが、監査役が十分な監査を行っていなかったとして株主代表訴訟が提起され、監査役が数千万円の損害賠償を命じられる判決が出る。
  • 対策:監査計画や監査報告をしっかり記録し、少しでも疑義があれば取締役会で追及するなど監査役の実効性を確保する。

M&A失敗で取締役が賠償請求

  • 巨額の買収を決定した取締役会が、杜撰なデューデリジェンスや取締役会での検討不足により会社に大損害を与えたとして株主から代表訴訟を受け、取締役が個人責任を問われる。
  • 対策:専門家の意見を聞き、取締役会議事録に検討プロセスやリスク評価を丁寧に残す。D&O保険により賠償負担を軽減できる場合がある。

会社不祥事発覚後の代表訴訟

  • 製品偽装や情報漏洩事件が発覚し、取締役の監督不行き届きを理由として株主が代表訴訟を提起。巨額賠償を求められた取締役がD&O保険の給付を得ようとするが、保険契約の免責条項(故意の不正)に該当して不支給となる。
  • 対策:故意や重過失がない場合に保険適用されるか事前確認し、内部統制で故意・悪質行為を根絶する社内体制を作る。

弁護士に相談するメリット

弁護士法人長瀬総合法律事務所では、役員責任追及リスクとD&O保険活用に関して、以下の支援を行っています。

ガバナンス体制の構築

  • 取締役会や監査役会の適切な運営、リスク管理委員会や内部統制システムの整備など、コーポレートガバナンス全般のコンサルティングを提供。
  • 役員の責任を低減するための業務分掌責任限定契約を定款や取締役会規程で設定。

D&O保険契約レビュー

  • D&O保険への加入を検討する企業のため、保険契約条項をリーガルチェックし、免責事項や保険金限度額、保険適用範囲などを精査。
  • 必要に応じて保険会社との交渉に加わり、企業が望むリスクカバーが実現できるようサポート。

訴訟対応・株主代表訴訟の防御

  • 役員が株主代表訴訟を受けた場合、弁護士が企業側・役員側代理人として弁護戦略を構築し、取締役会議事録や監査報告などを整理して過失や故意がなかったことを立証。
  • 必要に応じてD&O保険を活用し、被告役員の経済的負担を最小化する。

危機管理・内部通報対応

  • 不祥事や法令違反が疑われる場合、内部通報制度の活用や調査委員会設置を弁護士が助言し、役員の責任を適正に検証し、必要な是正措置を提案。
  • 迅速な対応で株主や社会からの批判を抑え、責任追及リスクを軽減することを目指す。

まとめ

  • 役員の責任追及リスクは、株主代表訴訟などを通じて個人の財産にまで及ぶ重大な問題であり、近年のコンプライアンス意識高まりを背景に増加傾向。
  • D&O保険は、会社の役員が職務上負う損害賠償をカバーし、取締役・監査役が安心して業務を遂行するためのセーフティネットとして機能するが、故意や不正行為などは免責となることが一般的。
  • ガバナンス強化として、内部統制取締役会議事録の整備経営判断プロセスの透明化が欠かせず、それらの取り組みが役員の責任を軽減する。
  • 弁護士と連携すれば、役員責任が問われそうな場合の防御策やD&O保険契約の選択・運用、株主代表訴訟への対応など、一貫してプロフェッショナルな助力を得られる。

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