相談事例
当社の新入社員Aは、入社したばかりでありながら、当社の不平不満ばかりをこぼした挙げ句、突然に当社人事部長B宛に退職届を提出してきました。
Aの言動は目に余るものがありましたから、当社人事部長Bは退職届を受理しました。
ところが、Aは、何を思ったのか、人事部長Bに退職届を提出していながら、「やはり会社を辞めたくないので、退職届は撤回する。人事部長Bには採用権限はないのだから、退職届は撤回できる。」などと言ってきました。
当社としては、一刻も早くAとの雇用契約は終了したいと考えていますが、Aが一旦提出した退職届の撤回は認められるのでしょうか。
解説
退職届の種類・法的性質
社員から退職願が出されたものの、会社から回答をする前に、退職願を撤回される場合もあり得ます。この場合、社員が一旦提出した退職願を撤回することができるかという問題があります。
「退職」といっても、大きく分けて2種類あります。
一つは、①労働者から、一方的に労働契約の解約を申し入れること(いわゆる「辞職」)、そしてもう一つは、②労働者と使用者が合意して労働契約を終了させる合意解約、の2種類です。
さらに細かくみれば、退職は以下の3つに分類することができます。
それぞれによって要件や効果が異なるため、退職の撤回を求める場合には対応が異なります。
したがって、社員の退職願が、上記3つのどれにあたるのかを検討しなければなりません。
すでに退職願を出してしまったものの、やはり撤回して働き続けたいと思った場合の対応について、退職願の種類に分けて整理すると以下のとおりです。
退職届が一方的解約(辞職)にあたる場合
この場合、労働者からの一方的な解約通知であり、使用者に到達してしまうと、到達時に効力が生じることになります。
したがって、使用者の同意がない限り、撤回はできないことになります。
退職届が合意解約の申込にあたる場合
この場合、使用者が承諾する前であれば、労働者は合意解約の申込を撤回できるかどうかが問題となります。
この点、判例は、「使用者が承諾の意思表示をし、雇傭契約終了の効果が発生するまでは、使用者に不測の損害を与える等信義に反すると認められるような特段の事情がない限り、被用者は自由にこれを撤回することができる」としています(名古屋高判昭和56年11月30日)。
問題は、どのような場合に、使用者の承諾があったと言えるかどうかという点ですが、承諾の権限を有する者による承諾によってなされることが必要であると解されます(最判昭和62年9月18日、岡山地判平成3年11月19日)。
退職届が合意解約の承諾にあたる場合
使用者が合意解約の申込をした後、労働者がこれに対して合意解約を承諾する意思表示をした場合、その時点で合意解約が成立してしまいます。したがって、使用者の同意がない限り、退職届(承諾の意思表示)は撤回できなくなります。
退職届の取消・無効
なお、退職願の撤回以外にも、退職届の有効性を争われる場合もあります。
退職願を出した意思表示に瑕疵があるということであれば、退職願の意思表示は無効ということになります。
具体的には、①心裡留保(民法93条)、②錯誤(民法95条)、③詐欺(民法96条)、④強迫(民法96条)、⑤公序良俗違反(民法90条)、などを主張されることがあります。
ご相談のケースについて
相談事例では、Aが人事部長Bに退職届を提出していながら、Bには採用権限がないから退職届は撤回すると主張しています。
まず、Aの退職届が、①一方的解約(辞職)の通知の場合には、撤回はできないことになります。
次に、Aの退職届が②合意解約の申込の場合、会社が承諾の意思表示をするまでは撤回できることになりますが、人事部長Bには承諾の意思表示をする権限があるかどうかが問題となります。
この点、最判昭和62年9月18日は、人事部長には退職承認の決定権があるとして、退職届の受領により雇用契約の合意解約が成立したと判示していることが参考となります。
相談事例では、Aによる退職届の撤回は認められ難いといえるでしょう。
参考裁判例
最判昭和62年9月18日 大隈鉄工所事件
退職届の提出およびその受理の法的性質が争われたところ、退職承認の決定権をもつ人事部長による退職届の受領は、雇用契約解約の申込に対する即時承諾の意思表示であり、それにより雇用契約の合意解約が成立したものと解すべきであると判示した事例
岡山地判平成3年11月19日 岡山電気軌道事件
原告(バス会社)に対して、その従業員である被告が原告の従業員としての地位の確認及び賃金の支払を請求した事案において、被告は一旦退職願を原告に提出したものの同退職願は有効に撤回されたと認定して従業員の地位を有するものとし、賃金の支払いについてもほぼ全額の請求を認容した事例
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