企業法務リーガルメディア

業務管理対応

1 勤務成績不良社員への対応

【質問】

当社は中小規模の建築工事請負会社ですが、社員Xは入社以来20年超にわたって現場監督業務に従事してきました。ところが、最近になって腰痛の悪化を訴え、「現場ではなく冷房の効いた事務方に移して欲しい」と繰り返し、無断で現場に出ないことが頻出するようになりました。Xから病状に関する説明書は提出されましたが、そこに記載されている内容と異なり、休憩時間中は元気に歩いて同僚と昼食に出ているようです。

それ以外にも、仕事へのやる気も冷めてきたようで、度々現場でトラブルも起こしてきており、こうした事態が続くようであれば解雇も検討しているのですが、問題あるでしょうか。

【回答】

社員Xが現場でトラブルを起こしていたとしても、それだけで直ちに債務の本旨に従った労務の提供がないと判断することはできません。また、Xの病状の説明に誇張がみられるとしても、事務作業に係る労務の提供は可能であり、かつ、Xから事務方での作業を申し出ていたことからすると、直ちに解雇することは困難であり、まずは事実関係を把握の上、本人への注意・指導、配置転換等、改善に向けた対応を取ることが求められます。

【解説】

労働者の労働義務

労働者たる社員は、使用者たる会社との労働契約に基づき、会社に対する労働義務を負います(労働契約法6条)。そのため、社員が債務の本旨に従って労務の提供を行わない場合には、労働義務を果たさなかったものとして会社に対する債務不履行となり、会社は労働契約を解約し、当該社員を解雇することが認められます。

もっとも、会社による解雇は、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当でなければ権利濫用として無効となることに注意が必要です(労働契約法16条)。

職務遂行能力の判断基準

前述のとおり、労働者が債務の本旨に従った労務の提供を行わない場合、労働義務について債務不履行となります。

この点、職種を特定しない雇用における労務の提供について、最高裁は、「労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合においては、現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が十全にはできないとしても、その能力、経験、地位、当該企業の規模、業種、当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができ、かつ、その提供を申し出ているならば、なお債務の本旨に従った履行の提供がある」としています(片山組事件(最高裁平成10年4月9日労判736号))。

かかる判示から明らかなとおり、判例上、社員の職務遂行能力は、当該社員が現在従事している業務だけでなく、配置可能な業務も基準に判断されることになります。

職務遂行能力不良を理由とした解雇の可否

職務遂行能力は現在従事している業務だけでなく、配置可能な業務も基準に判断されるとして、いかなる程度の職務遂行能力不良であれば、社員を解雇することができるでしょうか。

この点、裁判例は、以下の事情を考慮した上で、勤務成績・勤務態度の不良を理由とした解雇を無効としており、参考になると思われます。

  • 会社経営や運営に対する現実の支障・損害(又は重大な損害のおそれ)があり、会社から排除することが必要であること(排除の必要性)
  • 注意したのに改善されない等、今後の改善の見込みがないこと(改善不能性)
  • 会社側の不当な人事がなかったこと(公正な人事)
  • 配転や降格の可能性(配転可能性)

かかる裁判例から明らかなとおり、社員が現在配置された職場で業務上トラブルを生じていたとしても、それだけで直ちに債務の本旨に従った労務の提供がない、と判断し、解雇することは困難です。具体的な事実関係を把握し、本人への注意・指導、配置転換等、改善に向けた対応が求められます。

ご相談のケースについて

ご相談のケースでは、社員Xが現場でトラブルを起こしていたとしても、それだけで直ちに債務の本旨に従った労務の提供がないと判断することはできません。また、Xの病状の説明に誇張がみられるとしても、事務作業に係る労務の提供は可能であり、かつ、Xから事務方での作業を申し出ていたことからすると、直ちに解雇することは困難であり、まずは事実関係を把握の上、本人への注意・指導、配置転換等、改善に向けた対応を取ることが求められます。

2 人事考課制度の活用

【質問】

2000年に設立して以来、当社も順調に成長してきて、今では社員数も100名の大台を超えるに至りましたが、設立から15年以上が経ち、社員の中にも明らかに「できる」社員とそうでない社員とに分かれるようになりました。一部、古参の社員の中には、未だに報・連・相等の基本ができていないなど、新入社員と比べても仕事の能率が劣る者がいます。こうした仕事のできない社員に対して、会社として厳しい態度で臨みたいのですが、何か注意すべき点があるでしょうか。

【回答】

まずは社内の人事考課制度を活用し、仕事の能率が悪い社員について、上司等による指導・注意等を行い能率改善を目指すことになります。かかる指導等を通じても改善されない場合には、人事考課制度の結果を昇給や賞与等に反映したり、配置転換を通じて当該社員の能力を別の業務に活用出来ないか検討します。

それでもなお当該社員の能率不良の程度が著しい場合には、就業規則上の懲戒事由に基づき懲戒処分を検討することになるでしょう。ただし、労働義務の不履行を理由に懲戒解雇が認められる場合は非常に限定的ですのでご注意ください。

【解説】

労働者の労働義務

「業務の遂行—勤務成績不良社員への対応」で解説したとおり、労働者たる社員は、使用者たる会社との労働契約に基づき、会社に対する労働義務を負います(労働契約法6条)。

かかる労働義務とは、労働契約の合意内容の枠内で、労働の内容・遂行方法・場所等に関する会社の指示に従った労働を誠実に遂行する義務をいいます。

人事考課制度の活用

人事考課制度は、労働契約に基づく指示内容の確定及び指示に従った労働かどうかの評価を行う制度であり、会社の定めた評価基準に基づき、社員の能力や仕事内容等を評価する制度をいいます。社員に対する公正な処遇や社員の能力開発等を目的としています。

具体的な人事考課制度の運用は会社ごとに異なりますが、通常は、会社の定めた考課期間の期首に社員ごとの目標を設定し、期末ごとに上司や部長等の考課者が目標の達成度や勤務態度・意欲等を評価し、人事部等に評価書を提出し確定する、というプロセスを経ます。場合によっては、上司のみならず同僚等による、いわゆる360度評価等を実施する会社もあります。

かかる人事考課の結果に基づき、社員の昇給や賞与が判定されるとともに、配置転換等の基礎資料になることもあります。このように、人事考課制度を通じて社員の業務に対する適正・能力等が査定されるため、ある社員の仕事の能率が他の社員に比べて極端に劣る場合、人事考課制度が適正に機能していればその結果に反映され、昇給や賞与、配置転換等にも反映されることになります。

能率不良社員への対応

仕事の能率が極端に劣悪な社員は、債務の本旨に従った労務の提供を行わない場合といえ、労働義務について債務不履行となります。

もっとも、「業務の遂行—勤務成績不良社員への対応」で解説したとおり、労働義務の不履行を理由に解雇が認められる場合は、裁判例上極めて限定的に解釈されています(三井リース事件(東京地裁平成6年11月10日)、ゴールドマン・サックス・ジャパン・リミテッド事件(東京地裁平成10年12月25日)等参照)。

そのため、まずは人事考課制度を活用し、仕事の能率が悪い社員について、上司等による指導・注意等を行い能率改善を目指すことになります。かかる指導等を通じても改善されない場合には、人事考課制度の結果を昇給や賞与等に反映したり、配置転換を通じて当該社員の能力を別の業務に活用出来ないか検討します。

それでもなお当該社員の能率不良の程度が著しい場合には、就業規則上の懲戒事由に基づき懲戒処分を検討することになるでしょう。ただし、前述のとおり、労働義務の不履行を理由に懲戒解雇が認められる場合は非常に限定的ですのでご注意ください。

3 不当に残業を拒否する社員

【質問】

当社では季節的に繁忙期を迎えることがあるのですが、一部の社員は大量の業務が残っていても、特に理由もなく「定時になったので帰ります。残業命令に応じる義務はありません。」とだけ繰り返し、一向に残業命令に応じてくれません。残業に応じてくれている他の社員からの不満も強く、社内の統率が取れず困っているのですが、こうした残業命令に応じない社員に対して処分することに何か問題があるでしょうか。

【回答】

三六協定を締結し届け出た上、就業規則等に時間外労働を義務づける根拠が規定されその内容が合理的な場合、不当に残業命令を拒否する社員は懲戒処分の対象となり得ます。ただし、社員に残業を拒否する正当な理由があるにもかかわらずこれを命じることは権利濫用になりうること、また、懲戒事由に該当するとしても直ちに当該社員を懲戒解雇することは無効とされるおそれがあることにご注意ください。

【解説】

時間外労働の可否

法律上、会社は労働者に対して休憩時間を除き、1週間につき40時間、1日につき8時間を超えて労働させてはならないこととされています(労基法32条)。違反した場合、6ヶ月以内の懲役又は30万円以下の罰金に処されます(労基法119条1号)。

もっとも、法は、事業遂行上の必要性がある場合には一定限度で時間外労働、いわゆる残業を認めることとしており、以下の2つの要件を満たした場合には残業を命じることも許容されます(労基法36条)。

  • 会社が労使協定(以下、「三六協定」といいます。)を締結し、これを行政官庁に届け出ること
  • 労働契約上、時間外労働を義務づける根拠があること
三六協定の内容(要件①について)

前述のとおり、三六協定を締結するに際して、会社は労働組合等と書面による協定を行う必要があるところ、相手方となる労働組合等は、「労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者」であることが必要です(労基法36条)。

また、三六協定においては、「時間外又は休日の労働をさせる必要のある具体的事由、業務の種類、労働者の数並びに1日及び1日を超える一定の期間について延長することができる時間又は労働させることができる休日」を定める必要があります(労基法規則16条1項)。かかる「具体的事由」としては、たとえば、「臨時の受注、納期変更等のため」、「機械、設備等の修繕、据付、掃除のため」、「当面の人員不足に対処するため」等が該当し、単に「業務の都合により残業を命ずることがある」といった記載では足りません

労働契約の内容(要件②について)

三六協定を締結し届け出たとしても、それは時間外労働について基準違反の責任を問われない(刑事免責)というだけですので、会社が社員に対して残業命令をするためには、労働契約上、かかる残業命令権が会社に与えられていることが必要となります(片山工業事件(岡山地裁昭和40年5月31日))。

具体的には、就業規則や労働協約において、三六協定の範囲内で一定の業務上の事由があれば労働契約に定める労働時間を延長して社員を労働させることができる旨が定められており、当該就業規則等の内容が合理的なものであることが必要となります(日立製作所残業拒否事件(最高裁平成3年11月28日労判594号))。

不当な残業命令拒否と処分

三六協定を締結し届け出た上、就業規則等に時間外労働を義務づける根拠が規定されその内容が合理的な場合、不当に残業命令を拒否する社員は誠実労働義務違反となります。そのため、かかる義務違反が就業規則上の懲戒事由に該当すれば、当該社員は懲戒処分の対象となり得ます。

ただし、社員に残業を拒否する正当な理由があるにもかかわらずこれを命じることは権利濫用になりうること、また、懲戒事由に該当するとしても直ちに当該社員を懲戒解雇することは無効とされるおそれがあることにご注意ください。

4 社員の口髭・長髪等の禁止

【質問】

タクシー会社を経営していますが、ハイヤー運転手として雇用している当社の社員Xは、口髭・長髪を禁止する当社の内規に違反して口髭をはやしており、また髪もぼさぼさにのばしたままです。Xに対しては何度も口髭を剃り、髪も整えるよう注意したのですが、一向に改める気配が見られません。今のところ、お客様からは目立ったクレームを受けていないのですが、他の社員の目もありますし、Xに対して何らかの処分を検討していますが、何か問題があるでしょうか?

【回答】

社員Xは服務規律の対象となりますが、口髭や髪型を規制した内規が企業の円滑な運営上必要かつ合理的な規定といえるか、慎重に検討することが必要となります。

また、当該内規が必要かつ合理的であり、Xが当該内規に違反していたとしても、直ちに懲戒処分をすることができるとは限らないことにも注意が必要です。

【解説】

会社の服務規律及び企業秩序

多くの会社では、「服務規律」と称される従業員の行為規範が就業規則等において定められています。

この「服務規律」とは、労働者の服務上の規律、すなわち労働者の就業の仕方及び職場のあり方に関する規律をいい、その中心的内容の一つに服装規定も含められます。

判例は、社員がかかる服務規律を遵守する義務を負う根拠として、「一般に、使用者は、労働契約関係に基づいて企業秩序維持のために必要な措置を講ずる権能を持ち、他方、従業員は企業秩序を遵守すべき義務を負っている」(JR東日本(高崎西部分会)事件(最高裁平成8年3月28日労判696号))と判示しています。

このように、会社は労働契約に基づき企業秩序を維持する権能を有し、社員はかかる企業秩序遵守義務を負い、服務規律に服することとなります。

服装等に対する制約の可否

かかる服務規律の一内容として、会社は社員に対して、服装・口髭・髪型等の容貌に関して会社の内規に従うよう求めることがあります。

もっとも、前述のとおり、企業秩序及びその遵守義務は、企業及び労働契約の性質そのものに根拠が求められることから、社員は企業及び労働契約の目的上必要な限りでのみ企業秩序に服し、企業の一般的な支配に服するものではありません

具体的には、企業秩序において規定される規則や命令は、企業の円滑な運営上必要かつ合理的なものであることを要し、事業場の風紀秩序を乱すおそれがないと認められる行為については企業秩序の違反は成立しません。また、労働契約は社員の私生活に対する会社の支配までをも正当化するものではありませんから、社員の私生活上の行為は実質的にみて企業秩序に関連性のある限度においてのみその規制の対象とされ得ます

ご相談のケースについて

ご相談のケースに類似した裁判例として、ハイヤー運転手が口髭を生やすことが会社内規中の身だしなみ規定に違反するかについて、同規定で禁止された髭は無精髭とか異様、奇異なひげのみを指すものであり、格別の不快感や反発感を生ぜしめない口髭は該当しない、と判示したものがあります(イースタン・エアポートモータース事件(東京地裁昭和55年12月15日))。

制服等と異なり、口髭や髪型は勤務時間外の私生活にも及ぶことから、企業の円滑な運営上必要かつ合理的な内規といえるか、より慎重な判断が必要となります。

また、当該内規が必要かつ合理的であり、Xが当該内規に違反していたとしても、服装や髪型は個人の人格的利益・人格権に属する事柄ですから、直ちに懲戒処分をすることができるとは限らないことにも注意が必要です。

5 業務命令に従わない社員に対する処分

【質問】

当社ではいわゆる問題社員を抱えて困っています。当該社員は、上司から資料作成等の指示を受けても、「もっとやりがいのある仕事がしたい」「自分には役不足だ」等の発言を繰り返し、業務命令に従わないことが度重なっています。あまりに勤務態度が酷いので、一度出勤停止処分にもしましたが、その際も「そんな処分は無効だ」と主張して無理矢理出勤してきています。

こうした態度が続くようでは、解雇も検討せざるを得ないかと思いますが、問題ないでしょうか。

【回答】

ご相談のケースでは、まず就業規則等を確認し、上司の業務命令が労働契約の合意内容の範囲内であり、かつ、当該と労働契約の内容が合理的なものであることを確認しましょう。

かかる就業規則等が存在し、その内容も合理的であったとしても、まずは指導・注意等を通じて当該社員の勤務態度の改善を促し、それでも業務命令に従わない場合に懲戒処分を検討することとなります。

なお、懲戒解雇が認められる場合は非常に限定的ですが、例外的に超解雇を肯定した裁判例に照らし、本件でも懲戒解雇が認められる可能性があります。

【解説】

社員の誠実労働義務

「業務の遂行—勤務成績不良社員への対応」で解説したとおり、社員は、労働契約の合意内容の枠内で、会社に対して誠実に労務を提供する義務(誠実労働義務)を負います。

したがって、社員が業務命令に従わない場合、誠実労働義務の不完全履行となり、就業規則上の懲戒事由に該当すれば懲戒処分の対象となり得ます。

業務命令の範囲

もっとも、前述のとおり、社員の誠実労働義務の前提として、上司の業務命令が労働契約の合意内容の枠内で、かつ、当該労働契約の内容が合理的なものであることが必要となります(電電公社帯広局事件(最高裁昭和61年3月13日労判470号)、国鉄鹿児島自動車営業所事件(最高裁平成5年6月11日労判632号))。

この点、社員が始末書の提出を拒否した事案において、裁判所は、そもそも始末書の提出命令は業務上の指示命令に該当しないこと等を理由に、懲戒解雇を無効とした裁判例があります(高松高裁昭和46年2月25日)。

また、就業規則等に業務命令に服すべき旨の定めがある場合であっても、具体的な命令が社員に対して著しい不利益を与える等の場合には、かかる業務命令は権利濫用として無効と判断される可能性があることにも注意が必要です(電電公社千代田丸事件(最高裁昭和43年12月24日労判74号)、JR東日本(本荘保線区)事件(最高裁平成8年2月23日労判690号))。

業務命令に従わない社員に対する懲戒処分

前述のとおり、業務命令について就業規則等に定めがあり、当該内容が合理的なものである場合は、当該業務命令に違反した社員は懲戒処分の対象となり得ますが、その場合であっても懲戒解雇が認められるケースは裁判例上、非常に限定的な場合に限られます。

もっとも、業務命令に従わない社員に対する懲戒解雇を認めたケースとして、以下の裁判例があります。

具体的には、社員が出勤停止処分を受けたにもかかわらず、これを無効であると強弁して出勤を強行し、また、所長及び副所長の業務指示に従わない態度を取り続けた上、上司の作成文書が偽文書であるとする文書の発信を継続した事案において、裁判所は、就業規則の「職責者の正当な業務命令に従わない者」及び「勤務態度が著しく不良で、戒告されたにもかかわらず改悛の情を認めがたい者」等に該当するとして、諭旨解雇処分を肯定しています(旭化成工業事件(東京地裁平成11年11月15日))。

ご相談のケースについて

ご相談のケースでは、まず就業規則等を確認し、上司の業務命令が労働契約の合意内容の範囲内であり、かつ、当該と労働契約の内容が合理的なものであることを確認しましょう。

かかる就業規則等が存在し、その内容も合理的であったとしても、まずは指導・注意等を通じて当該社員の勤務態度の改善を促し、それでも業務命令に従わない場合に懲戒処分を検討することとなります。

なお、懲戒解雇が認められる場合は非常に限定的ですが、例外的に超解雇を肯定した裁判例に照らし、本件でも懲戒解雇が認められる可能性があります。

6 管理能力に欠ける管理職に対する処分

【質問】

当社は新興の広告会社であり、競業他社との競争に勝ち抜くためにとくに営業活動に力を入れてきました。積極的な営業攻勢が功を奏してどうにか地域No.1の実績を達成できましたが、最近、営業第一部の営業成績が低迷しており悩んでいます。調べてみたところ、営業第一部部長の管理能力が悪く、部下の実力を十分に発揮させられていないことが大きな要因の一つのようです。

このような部下の管理能力に欠ける部長に対して、何らかの処分を検討していますが、その際注意すべき点があれば教えてください。

【回答】

問題となっている営業部長の管理職としての管理能力について、人事考課制度等を活用して適切に評価することが大切です。その結果、管理能力に劣ると判断した場合には、まず人事権の行使による降格処分を検討することが考えられます。

また、管理能力が著しく劣り、就業規則等の懲戒事由に該当する場合には、懲戒処分としての降格を検討することになります。もっとも、懲戒処分としての解雇まで認められるケースは裁判例上きわめて限定的ですのでご注意ください。

【解説】

管理職の義務

管理職とは、労働現場において部下などを指揮して組織の運営を担当する者をいいますが、法律上定義されているものではなく、その範囲は会社の規模や種類等によって異なります(労基法41条2号「監督若しくは管理の地位にある者」ご参照)。

もっとも、管理職にある者は、部下を指揮監督し、組織の運営を担当する権限を有するものである以上、「業務の執行—勤務成績不良社員への対応」で解説したとおり、かかる権限を適切に行使して会社に対して誠実に労務を提供する義務(誠実労働義務)を負います

したがって、管理職が部下を指揮監督する能力に欠ける場合、誠実労働義務の不完全履行として、人事権による降格処分等が問題となります。

人事権による降格

降格処分には、①人事権の行使による降格と、②懲戒処分としての降格の2種類に大別することができますが、管理職にある者が部下を適切に指揮監督する能力に欠け、誠実労働義務に違反している場合、就業規則に根拠規定がなくても①人事権の行使として裁量的判断により行うことができる、とされています。

裁判例上、能力が劣るとの評価により営業所長を営業社員に降格した事案において、「役職者の任免は、使用者の人事権に属する事項であって使用者の自由裁量にゆだねられており裁量の範囲を逸脱することがない限りその効力が否定されることはないと解するのが相当である。」と判示しています(エクイタブル生命保険事件(東京地裁平成2年4月27日労判565号))。

なお、降格に伴い、降格後の格付けに対応した賃金の減額も行われるのが一般的ですが、部長職にあった社員を降格・賃金減額した裁判例において、降格が有効であるとしても、賃金減額については減額の合理性、客観性が基礎付けられていないことから無効とされた例があるので注意が必要です(スリムビューティーハウス事件(東京地裁平成20年2月29日労判968号))。

懲戒処分としての降格について

管理職の部下を指揮監督する能力が著しく低く、職務懈怠等の就業規則上の懲戒事由に該当する場合には、人事権の行使としての降格処分に留まらず、懲戒処分としての降格を検討することになります。

もっとも、「業務の執行—勤務成績不良社員への対応」で解説したとおり、懲戒処分を行うにあたっては相当性が認められる必要があり、能力に欠けることを理由に懲戒解雇が認められるケースは、裁判例上、非常に限定的な場合に限られていることにご注意ください(津軽三年味噌販売事件(東京地裁昭和62年3月30日労判495号))。

ご相談のケースについて

問題となっている営業部長の管理職としての管理能力について、人事考課制度等を活用して適切に評価することが大切です。その結果、管理能力に劣ると判断した場合には、まず人事権の行使による降格処分を検討することが考えられます。

また、管理能力が著しく劣り、就業規則等の懲戒事由に該当する場合には、懲戒処分としての降格を検討することになります。もっとも、懲戒処分としての解雇まで認められるケースは裁判例上きわめて限定的ですのでご注意ください。

7 無断欠勤を繰り返す社員に対する処分

【質問】

五月病なのか、無断で欠勤を繰り返す社員がいて困っています。本人は周囲に対して、「被害妄想なのかもしれないが、心のバランスが崩れているようで調子が悪い」と漏らしてはいましたが、上司に対してはとくに欠勤の理由を説明していません。出社した際はいつもどおりに仕事をしていますし、被害妄想というのも作り話に思えます。他の社員への示しの問題もありますし、この社員には当社就業規則の「正当な理由のない無断欠勤」に該当するものとして諭旨解雇しようと思いますが、何か問題があるでしょうか。

【回答】

裁判例に照らすと、「正当な理由のない無断欠勤」を就業規則に規定していたとしても、無断欠勤をした社員を直ちに諭旨解雇することは無効と判断される可能性があります。ご相談のケースでは、まず無断欠勤の理由を社員から確認し、精神科医による健康診断等を実施する等した上で改善指導を行い、それでも無断欠勤が続く場合に、軽い懲戒処分から徐々に重い懲戒処分をくだすことを検討していくことになろうかと思います。

【解説】

社員の誠実労働義務

「業務の遂行—勤務成績不良社員への対応」で解説したとおり、社員は、労働契約の合意内容の枠内で、会社に対して誠実に労務を提供する義務(誠実労働義務)を負います。

したがって、社員が合理的な理由なく無断欠勤を繰り返す場合、誠実労働義務の不完全履行となり、就業規則上の懲戒事由に該当すれば懲戒処分の対象となり得ます。

無断欠勤に関する就業規則の策定

欠勤理由の合理性については、会社と社員との労働契約の内容を規律する就業規則等に照らして判断されるため、無断欠勤を懲戒事由として就業規則等に規定していない場合、合理的な理由のない無断欠勤であっても懲戒処分をすることができないと判断される可能性があります(フジ興産事件(最高裁平成15年10月10日労判861号))。

そのため、就業規則等に無断欠勤を懲戒事由とする旨の規定がない場合は、まずかかる規定を整備する必要があります

合理的な理由のない無断欠勤に対する懲戒処分

前述のとおり、無断欠勤に対する懲戒処分について就業規則等に定めがあり、当該内容が合理的なものである場合は、合理的な理由なく無断欠勤を繰り返した社員は懲戒処分の対象となり得ますが、その場合であっても、当該社員に対して改善の機会を与えずにいきなり懲戒処分や解雇処分を行った場合、当該処分は懲戒権の濫用ないし解雇権の濫用として無効と判断される可能性があります(日本ヒューレット・パッカード事件(最高裁平成24年4月27日労判1055号))。

そのため、無断欠勤を繰り返す社員に対しては、まずは改善の機会を与えることとなりますが、たとえ無断欠勤が改善されなかったとしても、それで直ちに懲戒処分ないし解雇が認められるわけではなく、懲戒処分ないし解雇に「客観的に合理的な理由」が必要となることに注意が必要です(労働契約法15条、16条参照)。

したがって、改善指導の効果が見られず、懲戒処分に踏み切る場合であっても、軽い処分から重い処分(懲戒解雇)へと段階的に移行していくことが大切です。

ご相談のケースについて

ご相談のケースに類似した裁判例として、前述の日本ヒューレット・パッカード事件が挙げられます。この事件では、被害妄想等の精神的不調により欠勤を続けている社員に対して、「使用者」は、「精神科医による健康診断を実施するなどした上で」「その診断結果等に応じて、必要な場合は治療を勧めた上で休職等の処分を検討し、その後の経過を見るなどの対応を採るべき」であったとした上で、かかる対応を採らずに社員の被害妄想が事実に基づかないことから直ちにその欠勤を無断欠勤であるとして諭旨解雇したことについて、当該欠勤は就業規則上の懲戒事由である「正当な理由のない無断欠勤」には該当しない、と判示しています。

かかる裁判例を踏まえると、ご相談のケースでも、まず無断欠勤の理由を社員から確認し、精神科医による健康診断等を実施する等した上で改善指導を行い、それでも無断欠勤が続く場合に、軽い懲戒処分から徐々に重い懲戒処分を下すことを検討していくことになろうかと思います。

8 ストーカー社員に対する処分

【質問】

社内通報窓口に対して、「同僚の男性社員Xから何度も食事に誘われその都度断ってきましたが、逆恨みされたのか、プライベートアドレスにも日に何百通も『今すぐ会いたい』、『俺のことをバカにしているのか』、『これだけ気持ちを伝えているのだから、一度くらい食事に行くのは人としての最低限のマナーだろう』などと送ってきています。帰り道で待ち伏せまでされたこともあり、怖くてたまりません。職場で顔を合わせるのもいやで、出社するのも怖くてたまりません。」という相談が寄せられました。

これはいわゆるストーカー被害に該当するかと思いますが、どのように対応したらよいでしょうか。

【回答】

会社は、職場環境配慮義務の一内容として、ストーカーに対して適切に対応する義務があるため、被害者の意向を確認しながら適切に対応する必要があります。そのため、被害者が警察への相談を希望する場合にはストーカー規制法に基づき警察へ相談することになります。

また、Xによるストーカー行為の事実を確認できた場合、会社は人事権の行使として、Xに対する解雇を含めた懲戒処分を検討することになりますが、その場合も、被害者に対する二次被害を防ぐべく、警察に仲介をお願いしたり、Xが逆恨みしないような条件を提示するなどの配慮が望ましいといえます。

【解説】

会社の職場環境配慮義務

会社は社員に対して、労働契約上の付随義務として、信義則上、職場環境配慮義務を負っています(津地裁平成9年11月5日労判729号)。

かかる義務の具体的な内容として、会社には、社員によるストーカー行為を予防する義務と、ストーカーに対して適切に対応する義務があります。

この点、部下の女性に対してストーカー的なセクハラをしたとして降格させた従業員に対し、事件から2年後に退職した女性社員から十分なヒアリングも行わずに行った懲戒解雇を、懲戒権の濫用であって無効とした裁判例(霞アカウンティング事件(東京地裁平成24年3月27日労判1053号))があるとおり、被害者からのヒアリングが不十分だったり、処分までの対応が遅くなりすぎると、会社が上記職場環境配慮義務を適切に履行したものとはいえず、懲戒処分が無効とされる可能性もあることに注意が必要です。

ストーカー規制法上の対応—警察による対応

ストーカー行為等の規制等に関する法律(以下、「ストーカー規制法」)上、「ストーカー行為」とは、「同一の者に対し、つきまとい等・・・を反復してすることをいう」と定義されており(ストーカー規制法2条2項)、「つきまとい等」とは、「特定の者に対する恋愛感情その他の好意の感情又はそれが満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する目的で、当該特定の者又はその配偶者、直系若しくは同居の親族その他当該特定の者と社会生活において密接な関係を有する者に対し」、ストーカー規制法2条1項各号の「いずれかに掲げる行為をすることをいう」と定義されています(ストーカー規制法2条1項)。

かかるストーカー行為はストーカー規制法及びストーカー規制法施行規則等によって禁止されており、被害者は警察に対して以下の対応を依頼することが認められています。

  1. 援助(ストーカー規制法7条)
    交渉を円滑に行うための必要事項の連絡等
  2. 警告(ストーカー規制法4条)
    警察から加害者に対して、「更に反復して当該行為をしてはならない」旨の警告
  3. 禁止命令(ストーカー規制法5条)
    加害者が警告に違反した場合、「更に反復して当該行為をしてはならないこと」や、「更に反復して当該行為が行われることを防止するために必要な事項」の禁止命令等
  4. 仮の命令(ストーカー規制法6条)
    申出人の身体の安全、住居等の平穏、名誉、行動の自由を守るために緊急の必要がある場合に、警告に代えて、聴聞又は弁明の機会を与えずに下す処分
会社による対応

前述のとおり、会社は職場環境配慮義務を負うところ、その一内容として、ストーカーに適切に対応する義務があります。そのため、会社は被害者の意向を確認しながら対応しないと、かえって不適切な対応として、上記義務に違反することになりかねません。

たとえば、S工業事件(東京地裁平成22年2月16日労判1007号)において、外形上セクハラに当たりうるとまで認定された、会社取締役による女性部下に対する過剰な干渉があったとしても、被害者が加害者から経済的利益を享受していたこと等から、不法行為が成立しないと評価されたケースもあるため、ストーカー被害の内部通報を受けた場合も、まずは具体的な事実関係を慎重に確認し、被害者の置かれた状況を正しく理解することが大切です。

その上で、被害者が警察への相談を希望する場合には、ストーカー規制法に基づき警察へ相談することになります。

また、従業員によるストーカー行為の事実を確認できた場合、会社は人事権の行使として、加害者に対する解雇を含めた懲戒処分を検討することとなります。ただし、その場合も、被害者に対する逆恨みによる二次被害が及ばないよう、警察に仲介をお願いしたり、加害者が逆恨みしないような条件を提示するなどの配慮が望ましいといえます。

9 朝礼に無断欠席する社員への対応

【質問】

当社では全社員に対して朝礼を義務づけており、社歌の唱和とともに当月の目標や週の業務内容等の共有を行っています。若手社員の中にはこうしたやり方を前時代的と思っている者もいるようで、営業部の新入社員は度々朝礼に無断欠席を繰り返しており、何度注意しても改善されません。

当社にとって、朝礼は単なる儀礼的なものではなく、業務連絡等も行うため、無断欠席が原因で他の社員との連携が上手く行かず業務に支障が出たこともあります。今後は出席を強制しようと思いますが、問題ないでしょうか。

【回答】

ご相談のケースにおいて、就業規則等に朝礼について業務連絡等が行われる朝礼について規定があり、かかる就業規則に基づく朝礼であれば、就業規則の合理的な規定に基づく相当な命令として、朝礼への出席を強制することは会社の業務命令権の範囲内といえます。

したがって、会社は社員に対して朝礼への出席を強制することができ、それでも無断欠席が続くようであれば、業務命令違背として懲戒処分の対象となり得ます。懲戒処分を検討する際には、当該社員の欠席にやむを得ない事由がなかったか、事前に確認しておきましょう。

【解説】

会社の業務命令権

会社は社員に対して、社員の労働義務の遂行について指揮命令権を有しています(労務指揮権)が、かかる労務指揮権に加えて、会社は業務の遂行全般について労働者に対し必要な指示・命令を発する業務命令権を有しています。

かかる業務命令が、就業規則の合理的な規定に基づく相当な命令である限り、就業規則の労働契約規律効(労働契約法7条)によって、社員は、当該命令に従う義務があります(電電公社帯広局事件(最高裁昭和61年3月13日労判470号、JR東日本(本荘保線区)事件(最高裁平成8年2月23日労判690号))。

なお、業務命令が及ぶ場合、当該業務命令に服している時間は労働時間となるため、会社には社員に対する賃金支払義務が生じることにご注意ください(東京急行電鉄事件(東京地裁平成14年2月28日労判824号))。

業務命令違背と懲戒処分

業務命令権に基づき、会社が社員に対して朝礼への出席を促したにもかかわらず無断欠席を繰り返す場合、業務命令違背として懲戒処分の対象になり得ます

ただし、たとえ当該業務命令が有効なものであったとしても、当該社員にその命令に福祉ないことにやむを得ない事由が存在したのであれば、懲戒処分が認められない場合がありますので、かかる事由の有無を確認する必要があります。

ご相談のケースについて

ご相談のケースにおいて、就業規則等に朝礼について業務連絡等が行われる朝礼について規定があり、かかる就業規則に基づく朝礼であれば、就業規則の合理的な規定に基づく相当な命令として、朝礼への出席を強制することは会社の業務命令権の範囲内といえます。

したがって、会社は社員に対して朝礼への出席を強制することができ、それでも無断欠席が続くようであれば、業務命令違背として懲戒処分の対象となり得ます。懲戒処分を検討する際には、当該社員の欠席にやむを得ない事由がなかったか、事前に確認しておきましょう。

10 会社の備品を持ち帰る社員への処分

【質問】

私は会社の総務部に所属しており備品の補充等を担当していますが、最近あまりに頻繁に備品のボールペンやノート等を補充していることから不審に思って調べてみたところ、一部の社員が無断で持ち帰って自宅で使用しているようです。これは万引きに匹敵するような悪質な行為だと思うのですが、犯罪にならないのでしょうか。

他にも、営業部の社員の一部は、勤務時間中にもかかわらず、社用車を乗り回して銀行手続等の私用を済ませているようですが、このような社用車の私的利用は許されるのでしょうか。

また、こうした備品の持ち帰り等を防ぐためにはどうしたらよいでしょうか。

【回答】

ボールペンやノート等を一時的に利用する程度であれば使用窃盗として刑事罰の対象とはなりませんが、無断で持ち帰る場合には窃盗罪や業務上横領罪に該当する可能性があります。

また、社用車を私的に利用する場合、たとえ一時的な利用であったとしても窃盗罪が成立する可能性があるとともに、勤務時間中に長時間職場を離れていたことを理由に職務専念義務違反が成立する可能性もあります。

かかる会社の備品の持ち帰り等を防ぐためには、社員からの聞き取り調査や所持品検査を行うことが考えられますが、いずれも一定の限界が存在することに注意が必要です。

【解説】

会社の備品の私的利用と刑事処分

社員が会社の備品であるボールペンやノート等を一時的に私的に利用する場合、形式的には窃盗罪(刑法235条)や業務上横領罪(刑法253条)に該当するようにも思えますが、不法領得の意思に欠け、わざわざ刑事処分にするほどのものではないとして、処罰対象にはなりません(使用窃盗)

他方、会社の備品を自宅に持ち帰る等、一時的ではなく継続的に使用する意思が認められる場合には、不法領得の意思が認められ、窃盗罪の対象となり得ます

社用車の私的利用と刑事処分

ボールペンやノート等と異なり、自動車のような高価な備品を使用する場合、窃盗罪の対象となり得ます(最高裁昭和55年10月30日判時982号)。

したがって、社用車を私的に利用する場合、たとえ利用後に会社に戻す意思があったとしても、窃盗罪が成立する可能性があります。

また、勤務時間中に職場を長時間は慣れている場合には、職務専念義務違反となる可能性もあります。

社員の調査協力義務

社員による備品の持ち帰り等が疑われる場合には、まず周囲の同僚等からの聞き取り等、事実確認を行うこととなります。

もっとも、会社はいかなる社員に対しても調査に協力するよう強制することができるわけではなく、①管理職のように企業秩序違反行為についての調査に協力することがその職務内容となっている場合、又は、②諸般の事情から総合的に判断して、右調査に協力することが労務提供義務を履行する上で必要かつ合理的であると認められる場合に限って、調査に協力するよう命ずることが認められています(富士重工業事件(最高裁昭和52年12月13日労判287号))。

社員の調査協力義務

また、同僚等からの聞き取りとは別に、社員による会社の備品の持ち帰り等を防ぐためには所持品検査を行うことが効果的です。ただし、所持品検査は対象社員のプライバシー権等を侵害するおそれがあることから、以下の4要件を満たす場合に限って認められます(西日本鉄道事件)。

  1. 検査の合理的理由
  2. 一般的に妥当な方法と程度
  3. 制度として画一的に実施されること
  4. 就業規則その他明示の根拠に基づくこと

なお、会社の管理権が及ぶロッカーや机等については合理的な範囲で所持品検査の対象とすることが認められますが、社員の自家用車内については原則として捜索することは許されないものと考えられています(芸陽バス事件(広島地裁昭和47年4月18日労判152号))。

ご相談のケースについて

ボールペンやノート等を一時的に利用する程度であれば使用窃盗として刑事罰の対象とはなりませんが、無断で持ち帰る場合には窃盗罪や業務上横領罪に該当する可能性があります。

また、社用車を私的に利用する場合、たとえ一時的な利用であったとしても窃盗罪が成立する可能性があるとともに、勤務時間中に長時間職場を離れていたことを理由に職務専念義務違反が成立する可能性もあります。

かかる会社の備品の持ち帰り等を防ぐためには、社員からの聞き取り調査や所持品検査を行うことが考えられますが、いずれも一定の限界が存在することに注意が必要です。

11 会社内での喫煙

【質問】

当社は広告代理店を営んでいますが、昔ながらの会社といいますか、男性の多い職場で長時間労働が是とされるような社風です。近年、禁煙がブームとなっており、職場外に喫煙スペースを設ける会社が増えていることも承知していますが、深夜まで残業する社員も多く、ストレスもたまるだろうということで、積極的にではないにせよ、執務スペースでの喫煙を黙認しており、喫煙室等も設けていません。

このたび、女性社員の一部から、「受動喫煙は健康に非常に悪いので、男性社員の執務スペースでの喫煙をやめて欲しい。また、会社としても社外に喫煙スペースを設ける等して対策を取って欲しい」との強い要望が寄せられました。

会社として、何か対策をとる必要があるのでしょうか。

【回答】

会社は受動喫煙により社員の健康が損なわれることを防ぐべく、安全配慮義務を負っていることから、何ら対策をとらずに漫然と放置した結果、社員の健康が損なわれた場合、会社は安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を負う可能性があります。

また、健康増進法等により会社は喫煙所を設けることが求められており、国を挙げて対策に向けた取り組みが強化されていることから、実務上、会社として喫煙所を設ける等の対策をとることが必要といえます。

【解説】

受動喫煙防止のための措置

受動喫煙は健康に対する悪影響があるとされており、健康増進法25条において、「学校、体育館、病院、劇場、観覧場、集会場、展示場、百貨店、事務所、官公庁施設、飲食店その他の多数の者が利用する施設を管理する者は、これらを利用する者について、受動喫煙(室内又はこれに準ずる環境において、他人のたばこの煙を吸わされることをいう。)を防止するために必要な措置を講ずるように努めなければならない。」と規定されています。

「努めなければならない」との文言から明らかなとおり、同条は努力義務を定めたものであり、法的拘束力はありません。もっとも、同条の対象には会社も含まれるものと解されるところ、実務上、会社も社内に置ける受動喫煙防止のための措置を講ずる努力義務を果たすことが求められています

なお、職場に置ける受動喫煙防止対策については厚労省も力を入れて取り組んでおり、平成22年2月25日健発0225第2号「受動喫煙防止対策について」及び平成24年10月29日健発1029第5号「受動喫煙防止対策の徹底について」等において、従来の分煙よりも更に厳しく、全面禁煙が求められることとなったなど、国を挙げて対策に向けた取り組みが強化されていることに注意が必要です。

会社の安全配慮義務

会社は社員に対して、労働契約に伴う付随義務として安全配慮義務を負っており、社員の職場における安全を確保する義務を負っています(労働契約法5条)。

そのため、社員が受動喫煙により健康を損なった場合、会社は安全配慮義務に違反したものとして損害賠償責任を負う可能性があります(神奈中はイヤー(受動喫煙)事件(横浜地裁小田原支部平成18年5月9日労判943号))。

もっとも、安全配慮義務違反が認定されるか否かは個別の事案に応じ、ケースバイケースであり、裁判例を見る限り、一般論としては損害賠償請求が否定される場合が多いといえます(例外的に損害賠償請求が肯定された例として、江戸川区(受動喫煙損害賠償)事件(東京地裁平成16年7月12日労判878号))。

嫌煙権に基づく差止請求

受動喫煙により健康を損なった社員は、会社に対して安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求以外に、人格権(嫌煙権)に基づく受動喫煙防止のための差止請求等を行うことが考えられます。

裁判例においては、これまでかかる差止請求が認められた例は見当たりませんが、一般論として人格権に基づく受動喫煙防止のための差止請求が認められる余地が肯定されている(禁煙車両設置等請求事件(東京地裁昭和62年3月27日判時1226号))とともに、前述のとおり、受動喫煙防止のための取り組みが強化されている傾向からすると、将来的にかかる差止請求が肯定される可能性も低いとはいえないものと思われます。

会社による対策

以上のとおり、会社が社員の受動喫煙防止のための措置をとらなかった場合、たとえ健康増進法上は努力義務であったとしても、何ら対策をとらないまま放置した場合、安全配慮義務違反として損害賠償責任を負う可能性がある等、会社にとって軽視できないリスクが生じる可能性があります。

そのため、まずは社内を禁煙としたうえで、社外に喫煙所を設ける等の対策を講じることとなります。

また、執務スペースでの喫煙を止めるべく、就業規則等に喫煙所以外での喫煙を禁止するとともに、違反した場合には懲戒処分の対象とすることを明記することで、社員による喫煙を防止することが可能となります。

ご相談のケースについて

会社は受動喫煙により社員の健康が損なわれることを防ぐべく、安全配慮義務を負っていることから、何ら対策をとらずに漫然と放置した結果、社員の健康が損なわれた場合、会社は安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を負う可能性があります。

また、健康増進法等により会社は喫煙所を設けることが求められており、国を挙げて対策に向けた取り組みが強化されていることから、実務上、会社として喫煙所を設ける等の対策をとることが必要といえます。

12 勤務時間中のパソコン等の私的利用

【質問】

外資系証券会社である当社では、機密情報の漏洩やSNS等の不適切な利用により会社のレピュテーションが毀損されることを防ぐべく、社員に対して勤務時間中にパソコン・スマートフォン等を私的に利用することを就業規則等で明示的に禁止しています。

ところが、このたびある女性社員が勤務時間中にもかかわらず、会社のパソコンからプライベートメールを数通程度外部に送付していたことが判明しました。かかる女性社員に対して、就業規則に反してパソコンを私的利用したことを理由に懲戒解雇することは認められるでしょうか。

また、当社ではコンプライアンスグループ長に対する誹謗中傷メール出回っており、その調査のために全社的に社内メールをチェックしようと思いますが、とくに当社の就業規則ではこのような社内メールチェックに関する規定はありません。このような場合でも、調査のために社内メールをチェックすることは認められるでしょうか。

【回答】

問題の女性社員が勤務時間中に数通程度のプライベートメールを送信したに留まるのであれば、なお社会通念上相当とされる範囲内といえ、職務専念義務に違反したものとはいえず、懲戒解雇は認められない可能性が高いといえます。

また、誹謗中傷メールを調査するための社内メールの点検については、点検を行う合理的必要性が認められ、その手段・方法が社会的に相当であれば、社員のプライバシー権を侵害せず適法に認められるものといえます。

【解説】

社員の職務専念義務

社員は、労働契約の最も基本的な義務として、使用者である会社の指揮命令に服しつつ職務を誠実に遂行すべき義務を有しており、労働時間中は職務に専念し他の私的活動を差し控える義務を有しています(職務専念義務)

したがって、会社の許可なく、勤務時間中に業務と関係のないパソコンの私的利用やスマートフォンからSNSに投稿等をすることは職務専念義務に違反することとなります。また、かかるパソコンの私的利用が就業規則等において禁止されており、就業規則中の懲戒事由に該当する場合、会社は当該社員に対して懲戒処分を下すことが認められます。

懲戒処分の可否

もっとも、たとえ就業規則等において勤務時間中のパソコン等の私的利用が禁止されており懲戒事由として規定されていたとしても、当該違反をもって直ちに懲戒解雇まで認められるわけではありません。

この点、外資系広告会社の秘書業務等を行っていた社員が、勤務時間中に一日2通程度の私用メールを送受信したこと等を理由として解雇された事例について、裁判所は、「社会通念上相当と認められる限度で使用者のパソコン等を利用して私用メールを送受信しても上記職務専念義務に違反するものではないと考えられる」と判示し、解雇を無効としています(グレイワールドワイド事件(東京地裁平成15年9月22日労判870号))。

これに対して、専門学校の教師が、勤務時間中に出会い系サイトに投稿し、関連するメールの送受信をしていたこと等を理由に懲戒解雇された事例において、裁判所は、当該教師の行為は、「職責の遂行に専念すべき義務等に著しく反し、その程度も相当に重い」、教師の「行為は著しく軽率かつ不謹慎であるとともに、これにより控訴人学校の品位、体面及び名誉信用を傷つけるものというべきである」として、懲戒解雇を有効としています(K工業技術専門学校(私用メール)事件(福岡高裁平成17年9月14日労判903号))。

このように、勤務時間中のパソコン等の私的利用を禁止する就業規則に違反した場合の懲戒解雇の可否については個別具体的な事案に応じたケースバイケースでの判断となりますが、当該違反をもって直ちに懲戒解雇まで認められるわけではないことに留意が必要です。

パソコン等の私的利用に関するモニタリングの可否

社員によるパソコン等の私的利用をモニタリングすべく、就業規則等においてあらかじめ会社によるモニタリングが可能である旨規定されている場合、社員にはもともと会社のパソコン等の利用についてプライバシー権が認められないため、会社は日常的に社員による会社のパソコン等の使用状況をモニタリングすることが可能です。

これに対して、就業規則等においてかかる規定が存在しない場合、モニタリングを実施する合理的な必要性があり、その手段・方法が相当であれば、社員のプライバシー権を侵害せず、モニタリングは可能といえます。

ご相談のケースについて

前述したグレイワールドワイド事件に照らすと、問題の女性社員が勤務時間中に数通程度のプライベートメールを送信したに留まるのであれば、なお社会通念上相当とされる範囲内といえ、職務専念義務に違反したものとはいえず、懲戒解雇は認められない可能性が高いといえます。

また、誹謗中傷メールを調査するための社内メールの点検については、点検を行う合理的必要性が認められ、その手段・方法が社会的に相当であれば、社員のプライバシー権を侵害せず適法に認められるものといえます。

13 配転命令を拒否する社員への対応

【質問】

事務用機器の販売会社である当社は、同業他社に比べて優れた営業部隊を抱えていることに定評があります。ところが、当社営業第一課の社員Xは、入社3年目になるにもかかわらず、一度も営業目標を達成したことがなく、また、改善の傾向も見られません。

当社では毎年4月1日付で人事異動を行うのですが、先般の人事異動にてXに対してバックオフィスである事務統括部への配置転換の辞令を発しましたが、Xから人事部に対して、「私は営業職として採用されたのですから、バックオフィスの事務統括部への異動なんて到底承服できません。」と強い態度で拒絶されてしまい、頑として営業第一課から異動しようとしません。

Xにはそれ以外にも勤務態度や素行等で悪い評判がつきまとっていることもあり、配転拒否を理由に懲戒処分を下すことも検討していますが、何か問題があるでしょうか。

【回答】

貴社の就業規則等を確認し、会社が配転命令権を有しているかを確認するとともに、社員Xとの間で職種限定の合意がなかったか、また、本件配置転換が配転命令権の濫用に該当しないかを検討する必要があります。

以上を踏まえ、Xに対する配置転換が有効であれば、新しい職場である事務統括部での勤務を促し、不合理に拒絶する場合は懲戒処分等を検討することとなります。

【解説】

会社の配転命令権

「配転」とは、従業員の配置の変更であって、職内容又は勤務場所が相当の長期間にわたって変更されるものをいいます。このうち、同一勤務地(事業所)内の勤務箇所(所属部署)の変更のことを「配置転換」といい、勤務地の変更を「転勤」といいます。

正規従業員については長期雇用が予定されており、使用者である会社の側に、人事権の一内容として社員の職務内容や勤務地を決定する権限が帰属することが予定されています(配転命令権)。実務上、かかる配転命令権は就業規則等における配転条項として、「業務の都合により出張、配置転換、転勤を命じることがある」等と規定されることが一般的です。

労働契約による配転命令の制限

前述のとおり、会社の社員に対する配転命令を根拠づけるのは労働契約上の職内容・勤務地の決定権限(配転命令権)ですが、かかる配転命令権はそれぞれの労働契約関係によって範囲が様々に決定されています。

したがって、労働契約上、職種や職務内容、勤務場所が限定されている場合は、社員の同意なく職種変更の配転命令は認められないこととなります(職種限定契約)。

たとえば、医師、看護師、技師、自動車運転手等の特殊な技術・技能・資格を有する者の職種を定めて雇い入れている場合、長年同一の専門職種に従事させている場合などは、社員との間で職種限定の合意があると判断され、これと異なる配転命令は無効となる場合があります(日本テレビ放送網事件(東京地裁昭和51年7月23日労判257号))。

権利濫用法理による配転命令の制限

前述の職務限定契約に加えて、会社による配転命令権が認められる場合であっても、配転命令権は社員の利益に配慮して行使されるべきものであり、濫用されてはならないものと解されています。

具体的には、配転命令は業務上の必要性があって行われるべきものであり、また、本人の職業上・生活上の不利益に配慮して行われるべき、とされています。判例においては、転勤命令について、「業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、・・・他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき」は、権利濫用になる、と判断されています(東亜ペイント事件(最高裁昭和61年7月14日労判477号))。

ご相談のケースについて

まず、貴社の就業規則等を確認し、会社が配転命令権を有しているかを確認することとなります。

次に、雇用契約だけでなく、採用時の説明や同様の条件で採用された他の社員の配転の状況、特殊技能の有無、採用後の待遇等を考慮して、社員Xとの間で職種限定の合意がなかったかを確認します。

さらに、会社側の事情とX側の事情を考慮した上で、本件配置転換が配転命令権の濫用に該当しないかを検討する必要があります。

以上を踏まえ、Xに対する配置転換が有効であれば、新しい職場である事務統括部での勤務を促し、不合理に拒絶する場合は懲戒処分等を検討することとなります。

 

参考文献

菅野和夫「労働法第十一版」(株式会社弘文堂)

(注)本記事の内容は、記事掲載日時点の情報に基づき作成しておりますが、最新の法例、判例等との一致を保証するものではございません。また、個別の案件につきましては専門家にご相談ください。

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