解説動画
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はじめに
企業間取引において、契約交渉を進める上では、双方の企業が有する企業情報をある程度開示していくことが想定されます。一方で、自社の企業情報を開示したにもかかわらず、本来予定していた契約の締結に至らなかった場合、交渉の過程で開示した企業情報が無償で相手方企業に渡ってしまい、自社の企業情報が流出したり、第三者に流用されたりするおそれがあります。
このように、自社の企業情報を流用されるリスクを回避するために、実際に取引の交渉を開始・企業情報を交換する前に、秘密保持契約を締結することが重要です。
また、企業間取引の場面以外にも、自社の従業員が企業秘密に関わるプロジェクト等に参加した後に、同業他社に転職するなどして企業秘密を外部に持ち出してしまうおそれもあります。このような場面では、自社の従業員との間で秘密保持契約を締結することも考えられます。
秘密保持契約は、企業情報を保護するために有効な契約類型であり、各取引を行う前提として念頭に置いていただきたい重要な契約の一つといえます。
本項では、秘密保持契約書(NDA)を作成・チェックする上で押えていただきたいポイントを解説します。
秘密保持契約書とは
秘密保持契約とは、取引の交渉過程において当事者が秘密情報の開示を必要とする場合に、開示した秘密情報を第三者に漏洩したり、当該交渉以外の目的で使用されたりすることを防ぐために締結する契約のことをいいます。「秘密保持契約」という名称以外に、「守秘義務契約」や、“CA”(Confidential Agreement)、“NDA”(Non-Disclosure Agreement)と呼ばれることもありますが、いずれも契約の目的・効力に違いはありません。
秘密保持契約書の概要
秘密保持契約書の目的
秘密保持契約書において、いかなる範囲の情報を「秘密情報」として保護の対象とし、守秘義務違反があった場合にどのような責任を負うか明確にしておくことで、自社の機密情報を侵害された場合に、契約上の保護を及ぼすことが可能となります。
また、契約上の保護を及ぼすだけでなく、自社の機密情報が法律上の保護対象となることも明確にすることが可能となります。
たとえば、不正競争防止法上、「営業秘密」の開示は差止請求や損害賠償請求の対象となります(不正競争防止法2条1項7号)が、秘密保持契約を締結せずに開示された情報は、「営業秘密」に該当しないと判断されるおそれがあります。
また、特許法上、「特許出願前に日本国内又は外国において公然と知られた発明」は特許の対象とはならない(特許法29条1項1号)こととされており、情報を提供した相手方当事者との間に守秘義務が課せられていない場合には、上記「公然と知られた発明」となると一般に考えられています。そのため、秘密保持契約を締結せずに、自社の発明を相手方企業に開示した場合には、その発明について特許を取得できなくなる可能性があります。
このように、秘密保持契約を締結することにより、自社の機密情報に対して、契約上及び法律上の保護を重畳的に及ぼすことが可能となります。
秘密保持契約書による契約上の保護
前記のとおり、秘密保持契約書を締結することによって、秘密情報の不正開示や不正使用の場合には、相手方に対し秘密保持契約書に定める契約違反に基づく損害賠償を請求することが可能となります。
秘密保持契約書による法律上の保護(不正競争防止法)
上記契約上の保護に加え、不正競争防止法で保護されるべき「営業秘密」に該当するための要件を満たすことで、「営業秘密」を不正に取得等した侵害者に対して損害賠償請求や使用の差止、その予防の請求などの民事責任の追及が可能となるほか(不正競争防止法3条・4条)、刑事責任の追及も可能となります。
不正競争防止法上の「営業秘密」に該当するためには、以下の3つの要件すべてを満たす必要があります(不正競争防止法2条6項)。
- ① 秘密として管理されていること(秘密管理性)
- ② 生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であること(有用性)
- ③ 公然と知られていないもの(非公知性)
秘密保持契約書を検討する場面
秘密保持契約書を締結することを検討する場面は、相手方の類型と締結の時期によって整理することができます。
相手方の類型についていえば、対外部(企業間取引)かどうか、対内部(従業員)かどうかに分類することができます。
また、秘密保持契約書を締結する時期についていえば、当初予定している本契約の締結前(入社時)か、本契約の締結時(在籍時)か、または本契約締結後(退職時)かどうかによって分類することができます。
相手方 | 第1段階 | 第2段階 | 第3段階 |
---|---|---|---|
対外部(企業間) | 本契約締結前 | 本契約締結時 | 本契約締結後 中間合意等をする場合 |
体内部(従業員) | 入社時 | 在籍時 (プロジェクト参加時) | 退職時 |
秘密保持契約書を誰(相手方)と、いつ締結するのかによって締結の目的や条項も異なってくるため、今回締結を検討する場面はいずれに該当するのかを整理するようにしましょう。
秘密保持契約書の収入印紙
秘密保持契約書それ自体は、経済的取引を目的としておらず、いずれの課税文書の重要事項にも該当しない(印紙税法基本通達別表第2参照)ため、印紙税の対象とはならず、収入印紙を添付する必要はありません。
秘密保持契約書の関係法令
前記のとおり、秘密保持契約書では、主に以下の法令が問題となります。
このほかに、特許法も問題となる場合があります。
- 民法
- 不正競争防止法
秘密保持契約書の参考例
秘密保持契約書の参考例を掲載します。
こちらを踏まえ、後記のとおり各条項のチェックポイントを解説します。
想定事例
XXX株式会社(開示者)及びYYY株式会社(受領者)が、開示者によるZZZ株式会社の買収に関して、相互に秘密情報を提供し、相互に守秘義務を負うケースを想定している。
秘密保持契約書 [XXX株式会社](以下「開示者」という。)及び[YYY株式会社](以下「受領者」という。)は、本案件(第1条に定める。)に関して相互に情報を開示するにあたり、次のとおり秘密保持契約(以下「本契約」という。)を締結する。 第1条(定義) 本契約でいう「秘密情報」とは、本契約締結の事実、及び開示者が検討している[ZZZ株式会社の買収](以下「本案件」という。)に関して、開示者及び受領者が直接又は第三者を通じて間接的に相互に口頭、文書、磁気ディスクその他何らかの媒体により開示する情報をいう。ただし、以下の各号の一に該当する情報は秘密情報に含まれない。 (1)本契約締結前に、既に公知となっている情報 第2条(情報の開示・目的外利用の禁止)
第3条(守秘義務) 開示者及び受領者は、秘密情報を第三者に開示又は漏洩しないことに合意する。ただし、以下の各号の一に該当する場合はこの限りではない。 (1)相手方から事前に承諾を得て第三者に開示する場合 第4条(秘密情報の管理)
第5条(秘密情報の消去等) 開示者及び受領者は、本契約が理由の如何を問わず終了した後、相手方から請求を受けたときは、当該請求に従い、秘密情報記録媒体等につき、秘密情報を消去し、又は、廃棄若しくは相手方に返却しなければならない。ただし、当該請求の時点で、既に消去又は廃棄済みである場合には、返却する必要はないものとする。 第6条(反社会的勢力の排除)
第7条(損害賠償) 開示者及び受領者は、本契約に関してその責めに帰すべき事由により相手方に損害を与えた場合には、相手方に対しその損害を賠償する責に任ずる。 第8条(有効期間) 本契約の有効期間は、[令和4年4月1日から令和5年3月31日]とする。 第9条(準拠法及び裁判管轄)
第10条(協議条項) 本契約の解釈その他の事項につき生じた疑義及び本契約に規定のない事項については、開示者及び受領者双方が誠意をもって協議の上、解決するものとする。 本契約の成立を証するため本契約書を2通作成し、開示者受領者各記名押印の上、各1通を保有する。 [令和 年 月 ]日 所在地 [○○○○] ① 所在地 [○○○○] ④ |
秘密保持契約書の作成マニュアル
秘密保持契約書を作成する際には、以下の4つのステップを意識していくと整理しやすくなります。
参考書式も掲載しますので、こちらとあわせてご確認ください。
ステップ① 契約パターンの選択
- 相手方との力関係及び自社の立場に鑑み、「公平」、「開示者(自社)有利」、「受領者(相手方)有利」いずれの契約類型に該当するか
- 必要となる契約書のボリュームは「詳細」、「標準」、「簡易」いずれか
以下に掲載する9パターンのいずれを作成するかを意識しましょう。
中立公平 | 開示者有利 | 受領者有利 | |
---|---|---|---|
詳細 | |||
標準 | |||
簡易 |
ステップ② 契約に関する情報の記入
- 自社(開示者)に関する情報の記入
- 開示者の代表者名及び肩書
- 相手方(受領者)に関する情報の記入
- 受領者の代表者名及び肩書
- 秘密保持の対象案件の記入
- 契約期間の記入
- 準拠法の記入
- 裁判管轄の記入
- 契約締結日の記入
ステップ③ 契約チェックポイント
- 守秘義務を負う主体は、①両当事者、②自社、③相手方いずれか
- 守秘義務の対象となる「秘密情報」の定義は明確か
- 例外的に「秘密情報」に含めない情報の明記
- 秘密保持の対象となる案件を特定できているか
- 裁判所に開示する場合など、守秘義務の例外を規定する必要があるか
- 守秘義務の期間は適正か(通常は6ヶ月〜1年間)
ステップ④ 交渉上の落としどころ
- 相手方のみが守秘義務を負う内容とできればベストだが、実務上は相互に情報提供者・受領者となり、双方が守秘義務を負うことが一般的
- 自らが利用する可能性のない情報まで「秘密情報」の定義に含まれていないか要確認
- グループ会社などの第三者にまで当該情報を共有することが想定されているのであれば、あらかじめ守秘義務の例外として規定すべき
秘密保持契約書における各条項のチェックポイント
「秘密情報」の定義(第1条)
本条のポイント
秘密保持契約において、いかなる情報を「秘密情報」として定義するかが最も重要な問題であり、当該契約の核となるものといえます。一般的には、守秘義務を負う情報受領者が、情報開示者から受け取る情報のうち、当該義務を負うべき「秘密情報」の内容を定義します。これにより、情報受領者が契約に基づき守秘義務を負うべき対象が明確化されることになります。
秘密情報の定義の仕方には様々な方法がありますが、参考書式のように両当事者公平な規定の仕方としては、まず「秘密情報」の範囲を幅広に一般的に規定した後、秘密保持の対象とするのになじまない一定の情報について当該「秘密情報」から除外する方法があります。
開示者を有利にする場合
開示者にとっては、受領者に対して広範に守秘義務を負担させるべく、「秘密情報」の範囲をできる限り広く規定するとともに、「秘密情報」に該当しない例外情報も認めない方が有利といえます。具体的には、以下のように規定することが考えられます。
第1条(定義) ※ 開示者側
本契約において秘密情報とは、本契約締結の事実、及び開示者が検討しているZZZ株式会社の買収(以下「本案件」という。)に関して、開示者が受領者に対して開示するすべての情報をいう。
受領者を有利にする場合
受領者にとっては、自らが負担する守秘義務の範囲をできる限り狭くすべく、秘密である旨を明示した情報に限り「秘密情報」として定義するなど、「秘密情報」を限定的に規定することが望ましいといえます。
第1条(定義) ※ 受領者側
本契約において秘密情報とは、文書、図画、磁気テープ、ディスクその他メディアに記録された情報のうち、次の情報をいう。
(1)開示者又は受領者が秘密である旨を明示して相手方に提供又は開示する情報
(2)開示者又は受領者が相手方に口頭、図画若しくは映像で提供又は開示する情報については、開示者が提供又は開示の際に秘密である旨を明示し、かつ、開示者が開示後7日以内にその内容を書面にし、受領者がその内容を確認した情報
秘密情報の利用目的(第2条)
本条のポイント
秘密情報は、情報開示者にとって事業や取引の根幹に関わる機密情報であることも多く、情報受領者に守秘義務を課す必要のある情報であることから、秘密保持契約においてその利用目的を定め、当該目的以外での利用を禁じることが一般的です。この利用目的は、契約当事者がどこまで秘密情報を利用してよいか、その範囲を画することにもなりますので、明確に定める必要があります。
開示者を有利にする場合
開示者にとっては、利用目的をできる限り狭く規定した方が、受領者による秘密情報の利用をコントロールしやすくなるため有利といえます。
第2条(利用目的) ※ 開示者側
受領者は、開示者から提供された秘密情報を、本案件に係る取引の実行の可否を検討する目的のみに使用するものとし、その他の目的に使用しないものとする。
受領者を有利にする場合
受領者にとっては、開示者から提供された情報の利用範囲ができる限り広く認められるよう、当該情報の利用範囲を画する「利用目的」について広範に規定することが望ましいといえます。
第2条(利用目的) ※ 受領者側
情報受領者は、情報開示者から提供された秘密情報を、本案件に係る取引の実行の可否及び内容等の検討並びにこれらに合理的に必要な目的の範囲内で使用するものとする。
守秘義務(第3条)
本条のポイント
秘密情報の漏洩を禁止する項目であり、秘密保持契約の核心部分といえます。もっとも、第三者に対する開示を一切禁止してしまうと、たとえば会社が守秘義務を負う場合、会社とその役員等では法人格が異なるため、当該会社がその役員や従業員に対して秘密情報を共有することも禁止されることになりかねず、実務上不都合が生じるおそれがありえます。そのため、両者で公平な内容の秘密保持契約を締結する場合、雛形のように、秘密情報を開示しても構わない事由や場面を列挙し、当該事由等に該当する場合には守秘義務の例外とすることが一般的です。
開示者を有利にする場合
秘密保持契約を締結する場合、当事者相互が情報を提供し合い、双方が情報開示者であり情報受領者となることが通常ですが、一方当事者(開示者)から相手方当事者(受領者)に対してのみ秘密情報が提供されるケースもあります。この場合、情報を受領する相手方当事者(受領者)のみが守秘義務を負うものとして規定することが、情報開示者(開示者)にとって最も有利といえます。
第3条(守秘義務) ※ 開示者側
受領者は、秘密情報を第三者に開示又は漏洩しないことに合意する。ただし、以下の各号の一に該当する場合はこの限りではない。
(1) (以下略)
受領者を有利にする場合
秘密保持契約を締結する以上、情報受領者は何らかの守秘義務を負わざるを得ません。もっとも、守秘義務の例外、すなわち第三者への開示が認められる場合を幅広に規定することで、可能な限り情報受領者の守秘義務の負担を軽減することが可能となります。
たとえば、単に情報開示者の事前の承諾がある場合等に限って秘密情報の第三者への開示が認められる旨規定するだけでなく、法令・規則等に基づく場合や、所轄官庁、規制当局、自主規制機関等から開示を求められた場合に、逐一情報開示者の承諾を求めなくてもこれら第三者に対する秘密情報の開示・提供が認められるよう、以下のとおり第2項を追加し、あらかじめ守秘義務の例外として規定しておくことが考えられます。
第3条(守秘義務) ※ 受領者側
- (略)
- 開示者及び受領者は、前項の定めに関わらず、適用ある法令及び規則等を遵守するために必要な場合、又は政府、所轄官庁、規制当局(日本国外における同様の規制当局を含む。)、裁判所による要請に応じて秘密情報を開示することが必要な場合には、当該開示を行うことができる。なお、かかる開示を行った場合、開示を行った者は可能な範囲において当該開示後、速やかに相手方に連絡するものとする。
秘密情報の管理(第4条)
本条のポイント
秘密情報の漏洩を防止する観点から、受領した秘密情報についていかなる場合にコピーすることを認めるか、情報管理者を設置するか等、秘密情報の管理方法を定めます。管理方法について明確に規定しておかないと、情報受領者は自由にコピー等を作成することが可能となり、第三者への情報漏洩が生じるリスクや、目的外利用が生じるおそれがあるため、実務上、重要な条項といえます。
開示者を有利にする場合
開示者にとっては、受領者にのみ秘密情報の管理方法を制限するとともに、受領者による秘密情報の管理方法をできる限り厳格に規定した方が、秘密情報の漏洩等のリスクを軽減することが可能となり、望ましいといえます。具体的には、以下のように規定することが考えられます。
第4条(秘密情報の管理) ※ 開示者側
受領者は、情報開示者の事前の書面による承諾がない限り、秘密情報を複写又は複製してはならないものとする。
受領者を有利にする場合
これに対して、受領者を有利にする場合、秘密情報の管理方法を緩やかに規定することが望ましいといえます。たとえば、受領者によるコピーの作成の可否を開示者の事前の書面による承諾等を条件とするのではなく、受領者の従業員に対する秘密情報の管理についての教育を行うことで足りる旨規定するなど、管理方法を緩和することが考えられます。
第4条(秘密情報の管理) ※ 受領者側
受領者は、自らの従業員に対して、本契約に定める事項を十分に説明し、秘密情報の保持についての教育を行った上で、秘密情報の複写及び複製をするものとする。
秘密情報の返還・廃棄(第5条)
本条のポイント
情報開示者から提供された秘密情報について、情報開示者から請求を受けたときや、秘密保持契約の終了時等にその返還や廃棄を求められる場合が考えられます。もっとも、実務上、いったん受領した秘密情報が記載された社内資料等(たとえば決済書や稟議書等)を社内からすべて消去することは現実的に困難です。また、事後的に監督当局等からの検査要請に対応すべく、一定の情報については情報受領者の下で保管しておくべき場合も考えられます。
開示者を有利にする場合
開示者を有利にするためには、受領者に対して提供した秘密情報については、秘密保持契約が終了した後だけでなく、契約期間中であっても、受領者が秘密情報を漏洩する気配等が見られる場合に直ちに返還を求めることができるよう規定しておくことが望ましいといえます。また、受領者による廃棄・返却等を把握すべく、受領者が廃棄・返却等した場合には開示者に対して速やかに書面により通知させる旨規定しておくとよいでしょう。
第5条(秘密情報の消去等) ※ 開示者側
受領者は、開示者が請求した場合又は本契約が理由の如何を問わず終了した場合は、秘密情報記録媒体等につき、秘密情報を消去し、又は、廃棄若しくは開示者に返却しなければならず、その旨を開示者に対して書面により通知するものとする。ただし、当該請求の時点で、既に消去又は廃棄済みである場合には、返却する必要はないものとする。
受領者を有利にする場合
情報を提供する側からすれば、秘密保持契約が終了したら直ちに相手方に提供した情報を廃棄・返却等してもらうことを望むものといえます。一方、秘密保持義務を負う側からすると、提供された情報について、秘密保持契約終了後に当局検査等において開示を求められる事態がありうることから、一定の場合には秘密情報の廃棄・返却等を要しない場合(すなわち、秘密保持契約終了後においてもなお当該秘密情報を保持できる場合)を明確に規定しておくことが望ましいといえます。
そこで、たとえば雛形第5条に以下のとおり第2項を追記することが考えられます。
第5条(秘密情報の消去等) ※ 受領者側
- (略)
- 前項の規定にかかわらず、受領者の社内文書に記載された秘密情報及び電磁的情報記録システムに記録された秘密情報のうち、法令等遵守のため、又は受領者の社内規則上保管が必要なものについては、消去、廃棄又は相手方への返却を要しないものとする。
損害賠償(第7条)
本条のポイント
受領者側が秘密保持契約に違反した場合には、開示者側は損害賠償請求をすることで損害の回復を図ることが可能となります。
一方、秘密保持契約違反に基づく損害賠償請求には、①秘密保持義務違反の立証の困難さ(損害が発生した事実の立証のハードル)、②損害額の立証の困難さ(損害額の算定及び立証のハードル)があります。
この点、損害額の算定及び立証のハードルという点では、不正競争防止法において一定の手当が図られていますが(不正競争防止法5条、同法8条)、不正競争防止法が適用されるためには秘密保持契約における保護の対象が「営業秘密」(不正競争防止法2条6項)に該当する必要があるため、秘密保持契約書において規定されるすべての秘密情報が不正競争防止法によって保護されるとは限りません。
このような損害賠償請求の主張・立証の問題を解消する方法として違約金条項を設定することが考えられます。
違約金条項を設定することで、損害賠償請求の主張・立証の問題を解決することができ、秘密保持契約違反を抑止することも期待できます。
なお、違約金条項で規定する損害賠償額の予定が不当に高額であると評価される場合には、公序良俗に反し違法無効であると指摘されるおそれがあるため(民法90条)、違約金額は当該情報の内容・性質、秘密情報として保持する必要性等を勘案して設定するようご留意ください。
開示者を有利にする場合
秘密情報を漏洩した場合の具体的な損害額を立証することは困難であり、立証の負担を軽減すべく、あらかじめ損害賠償額の予定を規定しておいた方がよいでしょう。損害額の予定を規定することにより、原則として当該損害額の立証がなされなくても、予定額の賠償責任が認められることとなります(民法420条)。また、あわせて、秘密情報の漏洩の中でも、より重要性の高い顧客情報等の漏洩については損害賠償の予定額を加算する旨規定し、漏洩防止に向けた抑止力を強化することも一案です。
第7条開示者(損害賠償)
- 受領者は、本契約に関してその責に帰すべき事由により開示者に損害を与えた場合には、開示者に対し損害の立証を要することなく金●円を損害金として支払うものとする。
- 受領者の漏洩した秘密情報が開示者の顧客情報であるときは、受領者は、開示者に対して、前項の損害金に加えて、漏洩した顧客情報の件数に金●円を乗じた金額を損害金として支払うものとする。
受領者を有利にする場合
受領者を有利にする場合、前記第7条開示者の条項の「開示者」と「受領者」を入れ替えることが考えられます。
第7条受領者(損害賠償)
- 開示者は、本契約に関してその責に帰すべき事由により受領者に損害を与えた場合には、受領者に対し損害の立証を要することなく金●円を損害金として支払うものとする。
- 開示者の漏洩した秘密情報が受領者の顧客情報であるときは、開示者は、受領者に対して、前項の損害金に加えて、漏洩した顧客情報の件数に金●円を乗じた金額を損害金として支払うものとする。
有効期間(第8条)
本条のポイント
開示者の立場からすれば、受領者が守秘義務に拘束される期間をできるかぎり長くした方が有利といえますが、もともと秘密保持契約は、本体である案件(たとえば受領者との経営統合に向けた協議や特許を活用したジョイントベンチャーの立ち上げ等)を円滑に遂行するための前提としての契約であることから、当該案件の内容に応じて妥当な有効期間を設定すれば足り、当該案件と無関係に不相当に長期に設定する必要はありません。また、受領者の立場からすれば、無用に秘密保持契約に拘束されることのないよう、当該案件の検討に必要十分な期間を設定する必要があります。情報管理の観点からも、秘密保持契約を自動更新とすることは極力回避すべきといえます。有効期間の長さは案件に応じてケースバイケースですが、実務上、おおよそ6ヶ月〜1年間程度であることが一般的です。
開示者を有利にする場合
開示者が守秘義務を負わない場合には、できる限り長期間、受領者に対して守秘義務を課すべく、自動更新条項を付記した方が望ましいといえます。また、秘密保持契約の対象となる案件に関する契約(「本体契約」)が終了した場合であっても、なお秘密保持契約に基づく守秘義務が存続していることを明記しておいた方がより開示者にとって有利になります。
第8条(有効期間) ※ 開示者側
本契約の有効期間は、本契約締結の日から1年間とし、期間満了の1ヶ月前までに受領者から書面による異議がなされない場合、本契約は同一内容にてさらに1年間延長されるものとし、以後も同様とする。なお、本契約は、本案件に係る契約終了後5年間を経過するまで存続するものとする。
受領者を有利にする場合
受領者だけが守秘義務を負う場合には、不必要な期間、秘密保持契約に拘束されないよう、有効期間を短期間に限定することが望ましいといえます。また、情報管理上、自動更新条項は避けるべきといえます。なお、秘密保持契約の対象となる案件に関する契約において、別途守秘義務条項を規定する場合がありますが、その場合は、当該本体契約締結をもって、前提契約である秘密保持契約は終了する旨規定しておいてもよいでしょう。
第8条(有効期間) ※ 受領者
本契約の有効期間は、本契約締結の日から6ヶ月間とする。ただし、守秘義務条項を含む本案件に係る契約が締結された場合は、同契約締結日をもって本契約は終了する。
秘密保持契約書のチェックリスト
以上が秘密保持契約書の各条項のチェックポイントになります。
秘密保持契約書の作成・チェックをする際には、以下のリストもご利用いただき、契約書チェックに不足がないようご確認いただけますと幸いです。
秘密保持契約書 チェックリスト
条項 | 開示者側 | 受領者側 |
---|---|---|
秘密情報の対象 | 情報を開示する目的は何か | 情報を受領する目的は何か |
情報を開示する目的との関係で開示する必要がある情報は何か | 情報を受領する目的との関係で受領する必要がある情報は何か | |
情報を開示する方法は何か(口頭、書面、電子メール等) | 情報を受領する方法は何か(口頭、書面、電子メール等) | |
「営業秘密」(不正競争防止法2条6項)に該当するか | 「営業秘密」(不正競争防止法2条6項)に該当するか | |
秘密保持義務の例外を設定するか | 秘密保持義務の例外規定に不足はないか | |
秘密情報の利用目的 | 秘密情報の利用目的を制限しているか | 秘密情報の利用目的が必要以上に限定されていないか |
開示対象 | 受領者に対し、どの範囲の者(役員、従業員、専門家等)まで情報の開示を認めるか | どの範囲の者(役員、従業員、専門家等)まで情報の開示を受ける必要があるか |
受領者に対し、開示対象者に対して同様の秘密保持義務を課しているか | 開示対象者に対して受領者と同様の秘密保持義務を課す必要があるか | |
受領者に対し、情報管理体制の構築を求めているか | 情報管理体制の構築が求められているか、求められている場合に情報管理体制の構築は可能か | |
受領者が第三者に情報を開示することを認めるか、認める場合の要件には問題がないか | 第三者に情報を開示する必要がある場合、開示の要件に問題はないか | |
成果物 | 秘密情報を利用した成果物の知的財産権の帰属をどのように設定するか | 秘密情報を利用した成果物の知的財産権の帰属をどのように設定するか |
複製等 | 複写・複製等を認めるか | 複写・複製等をする場合の要件はなにか |
複写・複製等の方法は何か(リバースエンジニアリング、逆アセンブル、逆コンパイル等も禁止するか) | 複写・複製等の方法は何か | |
複製物の扱いをどうするか(返却、廃棄等) | 複製物の扱いをどうするか(返却、廃棄等) | |
損害賠償請求 | 秘密情報の不正使用が発覚した場合の損害の範囲(直接損害に限らず間接損害等も含めるか) | 秘密情報の不正使用が発覚した場合の損害の範囲(直接損害への限定等) |
違約金条項を設定するか | 損害賠償額の上限規定を設定するか | |
契約期間 | 契約期間の有効期限は問題ないか | 契約期間の有効期限は問題ないか |
契約期間満了後の更新はどうするか | 契約期間満了後の更新はどうするか | |
契約終了後の存続条項を設定するか | 契約終了後の存続条項を設定するか | |
裁判管轄 | 開示者側の本店所在地を専属的合意管轄とするか | 被告の本店所在地を管轄する簡易裁判所又は地方裁判所を専属的合意管轄とするか |
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