質問
当社の社員Xはいわゆる問題社員で、日常的に勤務態度が悪い上に、顧客本人の確認資料の不備をごまかすために、顧客から預かった運転免許証を改ざんしていたなど、刑事事件にもなりうるような不祥事を度々繰り返してきました。
Xに対して、普通解雇ではなく、懲戒解雇を検討していますが、どちらを選択してもとくに問題はないでしょうか。
回答
普通解雇と懲戒解雇は、いずれも会社が一方的に労働契約を終了させる点では共通していますが、懲戒解雇は解雇としての性格だけでなく、懲戒処分としての性格も併有していることから、解雇はより制限的にしか認められず、また、退職金の支給や失業手当の給付において不利に扱われると行った相違点があります。
解説
普通解雇と懲戒解雇
労働契約は、社員が会社のために労働し、会社がこれに対して賃金を支払う契約をいう(労働契約法6条)ところ、普通解雇とは、労務の提供という債務の不履行状態にある社員に対して、会社が一方的に労働契約を終了させることをいいます。
これに対して、懲戒解雇とは、重大な企業秩序違反行為をした社員に対して、制裁として、会社が一方的に労働契約を終了させることをいいます。懲戒解雇は懲戒処分の中でも最も重い処分であり、解雇としての性格と、懲戒処分としての性格を併せ持っているものといえます。
以上のとおり、普通解雇と懲戒解雇は、いずれも会社が一方的に労働契約を終了させる点では共通していますが、懲戒解雇は解雇としての性格だけでなく、懲戒処分としての性格も併有していることから、以下のような相違点があります。
普通解雇と懲戒解雇の主な相違点
普通解雇と懲戒解雇の主な相違点を整理すると、概要以下の図表のとおりです。
実務上、大きな相違点としては、懲戒解雇の方が解雇権濫用法理がより厳格に解釈されること、及び、退職金について全額不支給とされることが一般的であることが挙げられます。
普通解雇 | 懲戒解雇 | |
---|---|---|
就業規則における懲戒事由等の規定の要否 | 不要(ただし、常時10人以上の社員を使用する場合、必要) | 必要 |
解雇の制限(☆) | 規律違反の態様、違反の程度、違反の回数、改善の余地の有無及び改善の機会の付与を考慮 | より厳格に解釈。行為の内容や態様、企業秩序違反の知恵度、懲戒処分の選択の相当性、他の懲戒処分との均衡等を考慮 |
解雇手続 | 協議・同意条項がある場合、遵守が必要。 即時解雇は不可 | 普通解雇と同様 |
退職金の減額・不支給(☆) | 支給される | 全額不支給とされるのが一般的 |
失業手当 | 3ヶ月の給付制限なく失業保険を受け取れる | 3ヶ月の給付制限あり |
就業規則における懲戒事由等の規定の要否
懲戒解雇の場合、懲戒処分の根拠が社員の事前の同意に求められることから、就業規則に懲戒事由及び懲戒処分の手段を明記することが必要となります(フジ興産事件(最高裁平成15年10月10日労判861号))。
これに対して、普通解雇の場合、債務不履行に基づく解雇であるため、本来就業規則の規定は必要ありません。ただし、常時10人以上の社員を使用する場合、解雇事由等を定めた就業規則の作成と届出が必要となります(労基法89条)。
解雇の制限
懲戒解雇、普通解雇、いずれの場合であっても社会通念上相当でない場合には、当該解雇は無効となります(労働契約法15条、16条)。
もっとも、懲戒解雇の場合、社会通念上相当か否かは、行為の内容や態様だけでなく、企業秩序違反の程度、懲戒処分の選択の相当性、他の懲戒処分との均衡等を考慮して判断します(懲戒権濫用法理)。
これに対して、普通解雇における解雇権濫用法理の場合、規律違反の態様、違反の程度、違反の回数、改善の余地の有無だけでなく、社員に改善の機会を付与したか否かを考慮して判断されます。
このように、両者では、社会通念上相当か否かの判断基準が異なるといえ、実質的には、懲戒解雇の方がより厳格に解釈される傾向にあるといえます(すなわち、解雇が無効とされる傾向にあるといえます)。
解雇手続
懲戒解雇、普通解雇、いずれの場合であっても、労働協約に解雇に際して労働組合と協議する、ないし労働組合の同意を得て行うといった、協議・同意条項が規定されている場合には、これを遵守する必要があります。
また、懲戒解雇、普通解雇、いずれも解雇の一種であることに変わりはないため、どちらも解雇予告制度の適用を受けることにも違いはありません。
このように、両者は解雇手続の面では特段の相違はないといえます。
退職金の減額・不支給
退職金不支給条項の有効性については争いがありますが、その内容が合理的である場合には、かかる条項も賃金全額払いの原則に反せず有効と解されています。
そして、懲戒解雇の場合には、退職金を全額不支給としている企業が一般的かと思います。 これに対して、普通解雇の場合、退職事由によってその支給額が異なることが多いですが、支給されることが一般的です。
失業手当
雇用保険法33条は、
被保険者が自己の責めに帰すべき重大な理由によつて解雇され、又は正当な理由がなく自己の都合によつて退職した場合には、第二十一条の規定による期間の満了後一箇月以上三箇月以内の間で公共職業安定所長の定める期間は、基本手当を支給しない
と規定しており、懲戒解雇の場合は、失業手当の給付を受けるまでに3ヶ月の給付制限期間があります。これに対して、普通解雇の場合は、特定受給者として、3ヶ月の給付制限なく、失業保険金の給付を受けることができます。