相談事例
運送業界では、長時間労働が常態化していますが、そもそも運送業では、荷待ち時間や待機時間などがあるために、どうしても長くならざるを得ないところがあります。
荷待ち時間や待機時間は、休憩時間のようなものですから、実際の労働時間はそれほど長いとはいえないのではないでしょうか。
何が労働時間にあたるのかを教えてください。
解説
労働時間の種類
運送業界では長時間労働の改善が課題と言われています。この課題を検討する前提として、労働時間には①所定労働時間、②法定労働時間、③実労働時間の3種類があることを理解する必要があります。
①法定労働時間、②所定労働時間、③実労働時間は、それぞれ定義が異なりますので、どのような場面で問題になるかを整理しておきましょう。
① 法定労働時間
①法定労働時間とは、労働基準法が使用者に対し、労働者をこれ以上働かせてはならないと命じている上限時間をいいます。
①法定労働時間は、労働基準法で規定されています。労働基準法では、労働時間の上限と例外、休日の原則と例外、休憩・年次有給休暇等が規定されています。
①法定労働時間は、1日8時間、1週40時間とされています(労基法32条)(但し、1週については、一部業種の10人未満の事業場について、44時間の特例が定められています)。
例えば、1日9時間労働のように、法定労働時間を超えて労働させることは、原則として許されておらず、法定労働時間を超えて労働させた使用者は、労基法違反として刑罰(6か月以下の懲役または30万円以下の罰金)に処せられることになります(労基法119条)。
② 所定労働時間
②所定労働時間とは、使用者(会社)と労働者(従業員)との間の労働契約に基づいて、労働者が労働を提供するべき義務を負っている時間をいいます。
所定労働時間は、通常、労働協約や就業規則で定められている時間になります。
就業規則では、始・終業時刻を定めることが義務づけられているため(労基法89条1号)労働契約においては所定時間の長さだけではなく、所定労働の時間帯が定められることになります(例えば、9時から17時までの拘束8時間、所定7時間など)。
この時間帯が、使用者が労働者から買い取った時間帯で、この時間の労働に対して基準内賃金(所定賃金)を支払うということが、労働契約の最も基幹的な内容といえます。
したがって、この時間帯外で働くと、時間外労働(いわゆる「(早出)残業」)となります。所定労働時間は、労働契約上の労働義務を負わせる時間ですから、法定労働時間を超えて所定労働時間を定めることは、原則としてできません(例外として許容されるのは、変形労働時間制の場合だけになります)。
③ 実労働時間
③実労働時間とは、使用者の指揮命令下で労働力を提供した時間をいいます。
労働時間の考え方について注意すべきことは、①実際に作業に従事した時間、以外にも、②作業の準備や後片付けをしている時間、③待機している時間も、労働時間に含まれるということです。
例えば、作業服の装着、準備体操場までの移動、始業時間前の資材の受け出し、実作業の終了後の片付けにかかる時間も労働時間に含まれます(三菱重工業長崎造船所事件 最判平12・3・9民集54巻3号801頁)。
また、作業途中で次の作業のために待機している時間や、仮眠時間とされていても、必要があればすぐに対応することが義務付けられている時間も、労働時間に含まれます(大星ビル管理事件 最判平14・2・28民集56巻2号361頁)。
労働日
労働契約では、働くことが義務付けられている日が「労働日」、働くことが義務付けられていない日が「休日」とされます。
労働基準法は、週1日以上の休日を置き、現実に休ませることを要求しています(労働基準法35条1項)。これを「法定休日」といいます。
また、「法定休日」と対になる概念として、「法定外休日」というものがあります。「法定外休日」とは、法定休日に加えて付与される休日を言います。例えば、祝日や、土日の週休2日制の土曜日等がこれにあたります。
残業
そもそも、残業させることは原則として認められません。
残業が認められるのは、①災害等による臨時の必要がある場合と、②36協定が締結され、労働基準監督署長に届出をしている場合(労働基準法36条1項)に限られます。
そして、残業は、①法外残業と②法内残業の2種類に分けることができます。①法外残業とは、法定労働時間(8時間)を超える労働(「時間外労働」)をいい、②法内残業とは、所定労働時間(例えば6時間)を超えるものの、法定労働時間(8時間)を超えない労働(例えば7時間のうちの1時間)をいいます。
休日労働
休日労働とは、法定休日における労働のことをいいます。
休日振替とは、定められた休日と所定労働日を事前に変更することをいい、振替の結果休日とされた日を振替休日といいます。
一方、代休とは、事前に休日の変更をせず、「休日労働」させた代わりに後日、所定労働日の労働義務を免除して休ませることをいいます。
深夜労働
深夜労働とは、深夜労働時間帯(原則として22時から5時まで)の労働のことをいいます。
深夜労働には割増賃金請求権があります(労働基準法37条4項)。
また、残業として深夜労働をした場合には別途、残業に対する割増賃金請求権もあります(労働基準法施行規則20条)。
36協定
36協定とは、時間外・休日労働に関し、事業場の労働者の過半数を組織する労働組合、そのような組合がない場合には事業場の労働者の過半数を代表する者と使用者との間で、書面の協定をし、労働基準監督署長への届出がされた場合に、例外的に時間外・休日労働が可能とする協定のことをいいます(労働基準法36条)。
労働基準監督署への届出が要件となりますので、届出を怠った場合には36協定の効力は生じません。
ご相談のケースについて
以上で整理したように、労働時間といっても、①法定労働時間、②所定労働時間、③実労働時間の3種類があります。①ないし③のそれぞれの法的意味や効果は異なることから、適切な労働時間管理を実現するためには、まずそれぞれの違いを理解する必要があります。
運送業界は、長時間労働に陥りがちな傾向にあるところ、特に③実労働時間の意味を理解し、適正な管理ができるように努めることが求められます。
運送業向け 顧問サービスのご案内
私たち「弁護士法人 長瀬総合事務所」は、企業法務や人事労務・労務管理等でお悩みの運送会社・運送事業者を多数サポートしてきた実績とノウハウがあります。
私たちは、ただ紛争を解決するだけではなく、紛争を予防するとともに、より企業が発展するための制度設計を構築するサポートをすることこそが弁護士と法律事務所の役割であると自負しています。
私たちは、より多くの企業のお役に立つことができるよう、複数の費用体系にわけた顧問契約サービスを提供しています。
メールマガジン登録のご案内
- メールマガジン登録者のみに、セミナー動画を限定公開
- セミナーの最新情報をいち早くお知らせ
- 実務に使用可能な書式のダウンロードが可能
「弁護士法人 長瀬総合法律事務所」では、定期的にメールマガジンを配信しております。
メールマガジンでは、セミナーのお知らせ、所属弁護士が執筆した人気コラムのご紹介のほか、登録者限定で、当事務所の所属弁護士監修の「実務に使用できる書式」を無料でダウンロードが可能になるほか、セミナーを丸ごと収録した動画の限定配信を行なっております。メールマガジンに興味を持たれた方は、下記よりご登録下さい。
運送業のための書籍のご紹介
典型的な労働集約型産業である運送会社にとって、労務管理は大きな経営課題の一つです。
私たちは多数の運送会社との間で顧問契約を締結し、労務管理のサポートをしてきましたが、これまでに培った知見を整理した書籍を執筆しました。
働き方改革関連法、パワハラ防止法、民法改正、貨物自動車運送事業法改正に対応した内容となっています。労務管理に悩む運送会社やこれを支える士業の皆様のお役に立つことができれば幸いです。
働き方改革関連法、パワハラ防止法、民法改正、 貨物自動車運送事業法改正に対応! 運送会社のための労務管理・働き方改革対応マニュアル 著:弁護士 長瀨 佑志(茨城県弁護士会所属) 2021年3月12日 発売 定価4,290円(本体3,900円) |