はじめに
ある日突然、裁判所から分厚い封筒が届き、中に「訴状」が入っていたら、どなたでも驚き、不安を感じるものです。さらに、その訴状を送ってきた裁判所が、ご自身の住んでいる場所から遠く離れた都道府県の裁判所であった場合、「わざわざ遠くまで行かなければならないのか」「交通費や宿泊費はどうなるのか」と、さらなる負担を感じることでしょう。
実は、裁判を起こす場所(これを「裁判管轄」といいます)には法律で定められたルールがあります。もし、原告(訴えを起こした側)が本来のルールとは異なる裁判所に訴えを起こしていたり、ルール通りであっても被告(訴えられた側)にとって裁判を進めることが著しく不公平であったりする場合、裁判を行う場所を変更してもらう手続が存在します。それが「移送申立て(いそうもうしたて)」です。
本記事では、遠方の裁判所から訴状が届いた場合の被告側の初期戦略として、移送申立ての手続、管轄違いを主張する際の留意点、そして注意すべき「応訴管轄(おうそかんかつ)」の落とし穴について解説いたします。
移送申立てに関するQ&A
裁判を行う場所について、よくご相談いただく疑問にお答えします。
Q1. 遠くの裁判所から訴状が届きました。地元の裁判所に変更することはできますか?
変更できる可能性があります。法律で定められた管轄(裁判を行う権限)がない場合や、遠方で裁判を進めることが著しく不公平な場合には、「移送申立て」を行うことで、ご自身の地元の裁判所などに事件を移してもらえるケースがあります。ただし、どのような場合でも必ず認められるわけではありません。
Q2. 移送申立ては、いつまでにすればよいですか?
原則として、最初の裁判の期日(第1回口頭弁論期日)の前に申立てを行うべきです。特に注意が必要なのは、移送申立てをする前に、訴状の内容に対する反論(本案についての答弁)をしてしまうと、その遠方の裁判所で裁判をすることに同意したとみなされる可能性がある点です。早急な対応が求められます。
Q3. 移送申立てが認められなかった場合は、遠方の裁判所まで毎回通わなければならないのでしょうか?
近年、裁判所ではIT化が進んでおり、ウェブ会議システム(Microsoft Teams等)を利用した手続が広く活用されています。そのため、ご自身や依頼した弁護士が、遠方の裁判所に直接足を運ばなくても、自宅や弁護士事務所からオンラインで裁判手続に参加できるケースが増えています。
裁判管轄とは?なぜ遠方の裁判所から訴状が届くのか
移送申立てについて理解するためには、まず「どこの裁判所で裁判を行うのか」というルール、すなわち「裁判管轄(さいばんかんかつ)」について知っておく必要があります。
原則は「被告の住所地」の裁判所
民事訴訟における大原則は、「訴えは、被告の普通裁判籍の所在地を管轄する裁判所の管轄に属する」というものです(民事訴訟法第4条)。普通裁判籍とは、簡単に言えば「被告の住所地」のことです。
つまり、誰かを訴えようとする場合、原告は「被告の住んでいる場所の管轄裁判所」に訴状を提出するのが基本ルールです。これは、訴えられる側(被告)は突然裁判に巻き込まれる立場であるため、防御のための負担をなるべく軽減しようという配慮によるものです。
例外として原告に有利な管轄がある(特別裁判籍)
原則は被告の住所地ですが、法律はいくつかの例外を設けています。これを「特別裁判籍」と呼びます(民事訴訟法第5条)。原告は、原則の裁判所か、例外の裁判所のどちらに訴えを起こすかを選ぶことができます。
遠方の裁判所から訴状が届くケースの多くは、原告がこの「例外」のルールを利用しているためです。代表的なものを2つ紹介します。
義務履行地(財産権上の訴え)
「お金を払え」といった財産に関する訴えの場合、「義務履行地(義務を果たすべき場所)」の裁判所にも管轄が認められます。
たとえば、貸したお金を返してほしいという場合、民法上、お金は「債権者(お金を貸した人=原告)の現在の住所」に持参して支払うのが原則とされています(持参債務の原則)。
したがって、東京に住んでいる原告が、大阪に住んでいる被告にお金を貸した場合、原告は自分の住んでいる東京の裁判所に「お金を返せ」という訴えを起こすことができるのです。これが、遠方から訴状が届く最も多いパターンのひとつです。
不法行為があった場所
交通事故や名誉毀損など、「不法行為」に基づく損害賠償を求める場合、不法行為があった場所の裁判所にも管轄が認められます。
旅行先で交通事故に遭い、相手方を訴える場合などは、事故現場の管轄裁判所で裁判を起こすことができます。
契約書で合意している場合(合意管轄)
企業間の取引や、不動産の賃貸借契約、お金の貸し借りの契約書などでは、「本契約に関する紛争は、〇〇地方裁判所を専属的合意管轄裁判所とする」といった条項が設けられていることがよくあります(民事訴訟法第11条)。
原告がこの合意に基づいて、あらかじめ決められた裁判所に訴えを起こした場合も、被告の住所地とは異なる遠方の裁判所から訴状が届くことになります。
移送申立てとは?管轄違いを主張して裁判所を変更する制度
原告が選んだ裁判所が、必ずしも被告にとって適切な場所とは限りません。このような場合、被告は「移送申立て」を行うことで、事件を別の裁判所へ移してもらうよう求めることができます。
移送申立てには、大きく分けて以下の2つの理由があります。
本来その裁判所に管轄がない場合(管轄違いによる移送)
原告が法律上のルール(普通裁判籍や特別裁判籍)を無視して、全く関係のない裁判所に訴えを起こした場合です(民事訴訟法第16条)。
この場合、裁判所は自らの権限で、あるいは被告からの移送申立てを受けて、本来の管轄がある正しい裁判所へ事件を移送しなければなりません。
たとえば、原告も被告も北海道に住んでおり、トラブルの原因も北海道で起きているのに、原告がなぜか沖縄の裁判所に訴状を提出したようなケースです。この場合、沖縄の裁判所には管轄がないため、北海道の裁判所へ移送されることになります。
著しい遅滞を避けるため等の移送(裁量移送)
これは、訴えを起こされた裁判所に「管轄のルール上は問題ない(管轄権はある)」ものの、そこで裁判を進めることが実質的に不都合である場合に認められる制度です(民事訴訟法第17条)。
裁判所は、以下の事情を総合的に考慮して、「訴訟の著しい遅滞を避けるため、または当事者間の衡平を図るため必要があると認めるとき」は、事件を別の管轄裁判所に移送することができます。
- 当事者の住所や交通の便: 被告が高齢や病気で遠方への移動が困難である場合など。
- 尋問すべき証人の住所: 事件の目撃者など、重要な証人が別の地域に多数住んでいる場合。
- 検証すべき物の所在地: 土地の境界トラブルなどで、現地(遠方)を裁判官が直接確認する必要がある場合。
たとえば、東京の企業(原告)と九州の個人(被告)の取引で、契約書に「東京地方裁判所を管轄とする」という合意があったとします。ルール上は東京で裁判を行うことができます。しかし、被告が個人であり経済的な余裕がなく、さらに契約の交渉に関わった関係者や証拠となる物がすべて九州にあるような場合、東京で裁判を進めるのは被告にとって著しく不公平といえます。このような場合、被告からの申立てにより、九州の裁判所へ事件が移送される可能性があります。
移送申立ての手続と流れ:注意すべき「応訴管轄」の罠
移送申立ての手続は、適切なタイミングで正しい書面を提出することが不可欠です。少しでも対応を誤ると、希望する裁判所への変更ができなくなってしまう恐れがあります。
移送申立書の作成と提出
移送を希望する場合、被告は「移送申立書」を作成し、訴状が届いた裁判所へ提出します。
申立書には、以下の項目を明確に記載する必要があります。
- 申立ての趣旨: 「本件を、〇〇地方(簡易)裁判所に移送する、との決定を求める」という結論部分です。
- 申立ての理由: なぜ移送されるべきなのか、その根拠を詳しく書きます。「管轄違い」を理由とするのか、「当事者間の衡平(裁量移送)」を理由とするのかを明示し、それを裏付ける事実(被告の住所、証拠の所在地、経済的状況など)を具体的に記載します。
申立てのタイミングは「答弁書提出前」が鉄則
移送申立てを行う上で最も注意しなければならないのが、タイミングです。移送申立ては、原則として「被告が本案について弁論をする前」に行わなければなりません。
落とし穴となる「応訴管轄(おうそかんかつ)」とは
民事訴訟法第12条には、「応訴管轄」というルールが定められています。
これは、「被告が第一審裁判所において管轄違いの抗弁を提出しないで本案について弁論をし、又は弁論準備手続において申述をしたときは、その裁判所は、管轄権を有する」というものです。
法律用語で分かりにくいですが、平たく言うと以下のようになります。
「本当はその裁判所に管轄がなかったとしても、被告が『管轄が違う!』と文句を言わずに、いきなり裁判の中身(お金を借りた・借りていない、など)について反論してしまったら、その時点で『この裁判所で裁判を行うことに同意した』とみなして、そこで裁判を進めますよ」というルールです。
多くの方は、訴状が届くと「第一回口頭弁論期日呼出状及び答弁書催告状」という書類も同封されているのを見ます。そこには「○月○日までに答弁書を出してください」と書かれています。
真面目な方ほど、「期限までに反論を書かなければ」と焦り、移送のことなど知らずに「私はお金を借りていません」「原告の主張は間違っています」と一生懸命に書いた答弁書を裁判所に提出してしまいます。
しかし、移送申立てを行う前に、このように事件の中身(本案)に関する答弁書を提出してしまうと、その時点で「応訴管轄」が発生し、管轄違いを理由とする移送は二度と認められなくなってしまいます。
したがって、遠方の裁判所から訴状が届き、管轄に疑問を感じた場合は、ご自身で判断して答弁書を書き始める前に、直ちに弁護士に相談することが重要です。
答弁書と移送申立書を同時に出す場合の実務
実務上、第1回期日までに時間がない場合など、移送申立書と答弁書を同時に提出せざるを得ないこともあります。
その場合、答弁書の中で「本案(事件の中身)に対する答弁」をする前に、必ず第一の主張として「本件は〇〇裁判所に管轄があるので移送されるべきである(管轄違いの抗弁)」と明記する必要があります。これを書き忘れると、やはり応訴管轄が生じてしまいます。
順番としては、まず「移送申立書」を提出し、その結果が出るのを待つか、答弁書には「管轄違いを主張する。本案についての答弁は移送決定後に行う」とだけ記載して提出するなどのテクニックが必要になります。
裁判所の判断(決定)と不服申立て
移送申立書が提出されると、裁判所は原告の意見も聴いた上で、移送を認めるかどうかの判断(決定)を下します。
裁判所が「移送する」という決定(移送決定)を出せば、事件は希望した裁判所に送られます。逆に「移送しない」という決定(移送申立ての却下決定)が出された場合、被告はその決定に対して「即時抗告(そくじこうこく)」という不服申立ての手続を行うことができます。
近年の裁判実務の動向:WEB会議システムの活用
移送申立てを検討する際、最近の裁判所のIT化の動向も考慮に入れる必要があります。
以前は、遠方の裁判所で手続が進む場合、期日のたびに新幹線や飛行機を使って出頭しなければならず、時間と多額の交通費がかかっていました。そのため、移送申立ての必要性が高く認められていました。
しかし現在、民事訴訟の手続においては、Microsoft Teams等のウェブ会議システムを利用した「ウェブ期日(弁論準備手続など)」が広く普及しています。
争点整理などの手続は、弁護士が自事務所のパソコンからオンラインで参加することが一般的になっています。当事者ご本人への尋問(証人尋問・当事者尋問)など、どうしても直接裁判所に出向かなければならない期日もありますが、手続の大部分をオンラインで進められるようになり、遠方の裁判所であっても物理的な負担は大幅に軽減されています。
そのため、「遠方だから」という理由だけでは、裁判所が裁量による移送(民訴法17条)を認めにくくなっている傾向もあります。「ウェブ会議を利用すれば負担は小さいでしょう」と判断されるためです。
移送申立ての手間や時間的コストと、ウェブ会議を利用してそのままの裁判所で進める場合の負担とを比較し、戦略的にどちらを選択すべきかを判断する必要があります。
移送申立てや初期対応を弁護士に相談するメリット
遠方の裁判所から訴状が届いた場合、初期対応を誤ると後々大きな不利益を被る可能性があります。弁護士に相談・依頼することで、以下のような大きなメリットがあります。
移送が認められる見込みの専門的な判断
ご自身のケースにおいて、法律上「管轄違い」を主張できるのか、あるいは「当事者の衡平」を理由とした裁量移送が認められる見込みがあるのかは、専門的な法律知識と過去の裁判例の分析が必要です。
弁護士は、事案の内容を客観的に評価し、移送申立てを行うべきか、それともウェブ会議等を活用して現在の裁判所で応訴すべきか、最適な戦略を提案します。
「応訴管轄」を防ぐ手続の代行
前述のとおり、移送申立てにおいては「応訴管轄」という致命的な落とし穴があります。弁護士に依頼すれば、移送申立書の作成や提出、答弁書の適切な書き方など、手続上のミスによって管轄が固定されてしまうリスクを完全に防ぐことができます。
複雑な申立書の作成と裁判所とのやり取り
移送申立書には、説得力のある理由と法的な根拠を論理的に記載する必要があります。一般の方がご自身で作成するのは負担が大きいです。弁護士が代理人として、効果的な申立書を作成し、裁判所や相手方との専門的なやり取りをすべて代行します。
遠方での裁判になった場合の対応(ウェブ期日の活用)
仮に移送が認められず、遠方の裁判所で手続が進むことになった場合でも、弁護士を代理人に選任しておけば安心です。弁護士がウェブ会議システムを利用してオンラインで期日に出席するため、ご本人が毎回遠方の裁判所へ足を運ぶ必要はありません。尋問期日など、出頭が必要な場合のみ同行・サポートいたします。
まとめ
遠方の裁判所から訴状が届いた場合、パニックにならず、まずは落ち着いて状況を把握することが大切です。
「移送申立て」という制度を利用することで、ご自身の地元の裁判所に事件を移し、裁判にかかる負担を軽減できる可能性があります。
しかし、移送申立てはタイミングが命です。訴状の内容について反論してしまう(本案の答弁をする)と「応訴管轄」が生じ、移送の道が閉ざされてしまいます。「とりあえず答弁書を出しておこう」という自己判断は禁物です。
訴状を受け取ったら、期限内に適切な対応をとるためにも、一刻も早く弁護士にご相談ください。
弁護士法人長瀬総合法律事務所では、移送申立ての可否を含めた初期戦略の立案から、実際の訴訟対応まで、豊富な実務経験に基づくサポートを提供しております。遠方からの訴状でお困りの方は、ぜひ当事務所の初回相談をご活用ください。
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