はじめに
働き方改革や感染症対策を契機として、多くの企業でテレワーク(在宅勤務)が導入されました。当初は緊急避難的な措置としてスタートしたものの、現在では優秀な人材の確保や業務効率化を目的とした「恒常的な制度」として定着しつつあります。
しかし、制度の定着に伴い、「ルールなき運用」による弊害も顕在化しています。「自宅での作業時間を正確に把握できない」「通信費の負担を巡って従業員から不満が出ている」「情報漏洩のリスク管理が不安だ」といった課題を抱えている企業経営者様や人事担当者様も多いのではないでしょうか。
テレワークを適法かつ円滑に運用するためには、既存の就業規則を見直し、実態に即した「テレワーク規程」を整備することが不可欠です。また、2024年4月から施行された労働条件明示ルールの改正により、雇用契約書(労働条件通知書)における就業場所の記載方法にも変更が生じています。
本稿では、テレワーク規程の整備における法的留意点、勤怠管理や費用負担の実務、そして最新の法改正対応について解説します。
Q&A
Q1. テレワーク導入にあたり、就業規則の変更は必ず必要ですか?
はい、原則として必要です。
労働基準法第89条により、常時10人以上の労働者を使用する使用者は就業規則を作成・届け出る義務がありますが、その記載事項には「就業の場所」が含まれています。従業員の自宅やサテライトオフィスを就業場所とする場合は、その旨を就業規則に明記しなければなりません。実務上は、既存の就業規則本体を大幅に改定するのではなく、詳細を定めた「テレワーク規程」を別規程として作成し、就業規則の一部として届け出る方法が一般的です。
Q2. 2024年4月の法改正で、テレワークに関する労働条件通知書の記載はどう変わりましたか?
「就業場所の変更の範囲」の明示が義務化されました。
従来の労働条件通知書では「雇い入れ直後の就業場所」のみを記載すれば足りましたが、2024年4月1日以降に締結・更新される労働契約では、将来的な配置転換などによる「変更の範囲」も明示する必要があります。
テレワークを導入する場合、就業場所として「会社の事業所」だけでなく「労働者の自宅」や「会社が指定する場所(サテライトオフィス等)」を含める記述が必要です。これを怠ると労働基準法違反となるため、ひな形の見直しが急務です。
Q3. 在宅勤務手当を支給する場合、残業代の計算基礎に含める必要がありますか?
一律定額で支給する場合は、原則として計算基礎(基礎賃金)に含まれます。
「在宅勤務手当」や「テレワーク手当」という名称であっても、全従業員または対象者に一律の金額(月額〇〇円など)を支給する場合、これは労働の対償とみなされ、割増賃金(残業代)の算定基礎から除外することはできません。
一方、通信費や光熱費の実費分を精算する形(実費弁償)であれば、計算基礎から除外できる可能性がありますが、その場合は厳密な計算根拠やルールが必要です。
解説
就業規則(テレワーク規程)に定めるべき項目
テレワークを導入・運用する際には、労使間のトラブルを未然に防ぐため、以下の項目を網羅した「テレワーク規程」を作成し、周知徹底することが重要です。インターネット上にある簡易な「テレワーク規程 サンプル」をそのまま流用するのではなく、自社の業務実態に合わせてカスタマイズすることが求められます。
(1) 定義と対象者の範囲
まず、テレワークの定義(在宅勤務、サテライトオフィス勤務、モバイル勤務など)を明確にします。その上で、利用できる対象者を規定します。一定の要件を設けることで、業務効率の低下を防ぐことができます。また、育児・介護などの事由がある者に限定するか、全社員を対象とするかも重要な検討事項です。
(2) 申請・承認フロー
テレワークは「権利」ではなく、あくまで会社の「許可」に基づくものとするのが一般的です。「前日〇時までに申請し、所属長の承認を得ること」といった具体的な手続きを定めます。また、業務遂行に支障があると判断した場合に、会社がテレワーク命令を解除・中止できる旨の条項(中止命令権)も必ず盛り込んでおくべきです。
(3) 労働時間と勤怠管理
在宅勤務であっても、原則として労働基準法が適用されます。
- 労働時間制度: 通常の固定時間制か、フレックスタイム制か、あるいは事業場外みなし労働時間制か。
- ※「事業場外みなし労働時間制」は、使用者の具体的な指揮監督が及ばない場合にのみ適用可能です。チャットやメールで随時指示ができる環境下では適用が否定されるリスクが高いため、安易な導入は避けるべきです。
- 始業・終業の報告: メール、チャット、勤怠管理ツールなどを用いた報告義務を定めます。
- 中抜け時間の取り扱い: 育児や家事などで業務を離れる「中抜け」について、休憩時間として扱うのか、始業・終業時刻をスライドさせるのか、時間単位年休を利用するのか、明確なルールが必要です。
(4) 費用負担
通信回線使用料、プロバイダ料金、水道光熱費、文具代、郵送費などの費用負担区分を明確にします。
- 会社負担: 業務遂行に不可欠なもの(会社貸与のPC、業務専用の携帯電話など)。
- 本人負担: プライベートとの切り分けが困難なもの(自宅の水道光熱費など)。
費用負担に関する事項は、就業規則の絶対的必要記載事項(労基法89条5号)であるため、曖昧にしておくことは許されません。
在宅勤務における勤怠管理の実務
「勤怠管理 在宅」において最も問題となるのが、長時間労働(隠れ残業)とサボり(職務専念義務違反)の防止です。
- PCログの活用: 始業・終業報告とPCのログオン・ログオフ時刻に大きな乖離がないか定期的に確認します。
- 深夜・休日労働の制限: 「深夜・休日の業務連絡は禁止する」「許可なき時間外労働の禁止」を規程に明記し、サーバーへのアクセス制限などの物理的な措置を講じることも有効です。
- 客観的な記録: 労安法により、労働時間の客観的把握が義務化されています。自己申告だけに頼らず、客観的な記録を残す仕組みが必要です。
情報セキュリティに関する規定
テレワークでは、社外で業務を行うため、情報漏洩やウイルス感染のリスクが高まります。「情報セキュリティ 規定」として以下の事項を定め、違反時の懲戒処分についても明記すべきです。
- データの持ち出し制限: 許可なく社内データを個人端末やクラウドストレージに保存することの禁止。
- 端末の管理: 会社貸与PCの第三者(家族含む)への貸与・使用禁止、紛失・盗難時の即時報告義務。
- ネットワーク環境: 公衆無線LAN(フリーWi-Fi)の利用制限、VPN接続の義務化。
- のぞき見防止: カフェやサテライトオフィスでの画面フィルター使用義務。
また、規程の整備だけでなく、従業員から「秘密保持誓約書」や「テレワーク利用に関する誓約書」を個別に取得し、セキュリティ意識を喚起することも実務上極めて重要です。
2024年4月改正への対応(労働条件通知書)
前述の通り、2024年4月1日以降、労働契約の締結・更新時に交付する「労働条件通知書」には、就業場所と業務内容の「変更の範囲」を記載しなければなりません。
記載例(テレワーク導入企業の場合)
(就業の場所)
- (雇い入れ直後)本社、〇〇支店、および労働者の自宅
- (変更の範囲)会社の定める全事業所および労働者の自宅(サテライトオフィスを含む)
このように「労働者の自宅」が含まれることを明記する必要があります。これにより、会社が在宅勤務を命じる根拠が明確になると同時に、将来的にオフィス回帰(出社義務化)を行う際にも、変更の範囲に基づいた適法な配置転換命令が可能となります。
弁護士に相談するメリット
テレワーク規程の整備や就業規則の改定は、単なる書類作成業務ではありません。企業の経営方針と法的リスクのバランスを取る高度な判断が求められます。弁護士に相談することで、以下のメリットが得られます。
リスクを回避する「オーダーメイドの規程」作成
インターネット上のひな形は、あくまで一般的なモデルケースに過ぎません。弁護士は、貴社の業務内容、指揮命令の強さ、労働時間管理の実態などを詳細にヒアリングし、未払い残業代請求や情報漏洩などのリスクを最小限に抑えるための条項を設計します。特に「みなし労働時間制」の導入可否や「固定残業代」との組み合わせについては、専門的な法的判断が不可欠です。
運用面での具体的アドバイス
規程を作って終わりではなく、実際に運用する場面での疑問(例:「中抜け時間をどう控除するか」「手当の金額設定はいくらが妥当か」「サボっている社員への懲戒処分は可能か」)に対し、労働判例や実務慣行に基づいた具体的な助言を提供します。
法改正への確実な対応
労働基準法、育児・介護休業法などは頻繁に改正されます。弁護士と顧問契約を結ぶことで、最新の法改正情報をいち早くキャッチアップし、就業規則や契約書を常に適法な状態にアップデートし続けることができます。
まとめ
テレワークは、場所や時間にとらわれない柔軟な働き方を実現し、企業の競争力を高める有効な手段です。しかし、そのメリットを享受するためには、曖昧な運用を排し、労使双方が納得できる明確なルール(就業規則・テレワーク規程)を構築することが大前提となります。
特に、労働時間管理や費用負担、セキュリティ対策は、トラブルになりやすい「地雷原」です。2024年の労働条件明示ルールの改正も踏まえ、今一度、自社の規定や契約書を見直してみてはいかがでしょうか。
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