はじめに
インターネット上の誹謗中傷トラブルにおいて、発信者情報開示請求などの手続きを経て無事に加害者を特定できた場合、次はいよいよ被害の回復、すなわち「損害賠償請求」のステップへと進みます。
加害者に対して慰謝料等の支払いや謝罪を求めるにあたり、被害者の方が選択できる手段は大きく分けて2つあります。一つは当事者同士での話し合いによる「示談交渉(任意交渉)」、もう一つは裁判所に訴えを起こして判決を求める「裁判(民事訴訟)」です。
「相手が憎いから絶対に裁判で白黒つけたい」「裁判は時間も費用もかかりそうだから話し合いで終わらせたい」など、被害者の方のお考えは様々でしょう。しかし、法的なトラブル解決において、どちらの手続きがご自身の状況にとって「有利」に働くかは、一概に決めることはできません。それぞれに明確なメリットとデメリットが存在するためです。
この記事では、ネット誹謗中傷における「示談交渉」と「裁判」の違いを比較し、早期解決の可能性や費用の観点から、それぞれのメリット・デメリットを詳しく解説いたします。ご自身の事案においてどちらを選択すべきか、最適な方針を決めるための参考としてお読みください。
Q&A
Q1. 加害者が特定できた後、いきなり裁判を起こすことはできますか?
法律上は、示談交渉を経ずにいきなり裁判(訴訟)を提起することは可能です。しかし、実務上は、まず加害者に対して内容証明郵便等を送付し、裁判外での「示談交渉」からスタートするのが一般的です。裁判は解決までに長い時間と費用がかかるため、まずは話し合いによる早期解決を探る方が、結果的に被害者の方にとってメリットが大きいケースが多いためです。
Q2. 示談交渉で決まる慰謝料の金額は、裁判で判決が出る場合よりも低くなってしまうのでしょうか?
必ずしもそうではありません。示談交渉で提示する慰謝料額は、過去の裁判例(相場)を基準に算定します。示談の場合、「早期解決に応じる代わりに金額を少し譲歩する」というケースもありますが、逆に加害者が「裁判沙汰や職場に知られることだけは避けたい」と強く望む場合、裁判の相場よりも高い金額で示談が成立することもあります。交渉のカードをどう切るかによって結果は変動します。
Q3. 相手がこちらの送った内容証明郵便を無視して、示談交渉に応じない場合はどうなりますか?
相手が交渉を拒否したり、無視し続けたりする場合、話し合いでの解決は不可能と判断し、速やかに「裁判(民事訴訟)」へと移行します。弁護士が介入して「期限までに回答がなければ法的措置(裁判)に移行する」と通告しているにもかかわらず無視した場合、相手は裁判で不利な状況に立たされるというプレッシャーを受けることになります。
解説
「示談交渉」と「裁判」の徹底比較
誹謗中傷の加害者に対して損害賠償を請求する際、被害者の方にとって最善の結果(適切な金額の回収、迅速な解決、精神的負担の軽減)を得るためには、「示談交渉」と「裁判」の性質を正しく理解しておくことが重要です。
1. 「示談交渉(任意交渉)」とは?
示談交渉とは、裁判所を介さずに、当事者(通常は被害者の代理人弁護士と、加害者本人またはその代理人弁護士)同士で直接話し合いを行い、解決を目指す手続きです。合意に至った内容は「示談書(合意書)」として書面に残します。
示談交渉のメリット
① 早期解決が期待できる
最大のメリットは「スピード」です。裁判が通常半年から1年以上かかるのに対し、示談交渉はお互いの条件さえ合致すれば、数週間から1〜2ヶ月程度という短期間で解決(慰謝料の入金等)に至ることが可能です。早く日常生活の平穏を取り戻したい方にとって、早期解決は極めて重要です。
② 費用と労力を抑えやすい
裁判手続きを行わないため、裁判所に納める印紙代や郵便切手代などの実費を低く抑えることができます。また、弁護士費用についても、訴訟に移行した場合よりも、示談交渉のみで解決した方が安く設定されていることが一般的です(※事務所の料金体系によります)。
③ 柔軟な解決条件(条項)を設定できる
裁判の判決は基本的に「〇〇万円を支払え」という金銭の支払い命令しか出せません。しかし、示談交渉であれば、双方の合意により以下のような柔軟な条件(条項)を盛り込むことができます。
- 謝罪条項: 加害者に謝罪文を提出させる。
- 口外禁止条項(守秘義務): 今回のトラブルの内容や示談した事実を、第三者やネット上に一切漏らさないことを約束させる。
- 接触禁止条項: 今後、被害者のSNSへの書き込みや、つきまといなどの接触を一切行わないことを約束させ、違反した場合の違約金を定めておく。
- 分割払いの合意: 加害者に一括で支払う資力がない場合、現実的な回収を図るために分割払いを認める。
④ 非公開で手続きが進む
裁判は公開の法廷で行われますが、示談交渉は当事者間のみのやり取りとなるため、他人にトラブルの存在や内容を知られるリスクを最小限に抑えることができます。
示談交渉のデメリット
① 相手が応じなければ解決しない(強制力がない)
あくまで任意の話し合いであるため、相手が手紙を無視したり、「支払わない」と開き直ったり、提示額に納得しなかったりすれば、示談は成立しません。相手の態度次第で手続きがストップしてしまうのが弱点です。
② 支払いが滞るリスクがある
示談書で慰謝料の分割払いを合意した場合、途中で支払いが滞るリスクがあります。単なる示談書のみでは、すぐに相手の給与などを差し押さえる(強制執行する)ことはできず、改めて裁判を起こすなどの手間がかかる場合があります。(※これを防ぐため、示談書を「執行認諾文言付き公正証書」にするという対策があります)。
2. 「裁判(民事訴訟)」とは?
裁判とは、当事者間の話し合いで解決できない場合に、裁判所という公的な機関に対して訴えを提起し、裁判官に事実関係を判断してもらい、法的な結論(判決)を下してもらう手続きです。
裁判のメリット
① 強制的な解決が可能(相手が逃げられない)
相手が裁判所からの呼び出し(訴状)を無視して欠席した場合、こちらの主張が全面的に認められた判決が出ます。また、裁判の中で相手が不合理な弁解をしても、裁判官が証拠に基づいて客観的に判断します。最終的に出された「判決」には強制力があるため、相手が支払いに応じない場合は、相手の預貯金や給与を強制的に差し押さえる(強制執行)ことが可能になります。
② 慰謝料の額が公的に確定する
裁判官が、書き込みの悪質性や被害の程度を法的に評価し、適正な慰謝料額を算定します。「相手が納得しないから金額が決まらない」という示談交渉の行き詰まりを打破し、公的なお墨付きを得ることができます。
③ 遅延損害金や弁護士費用の一部を請求できる
不法行為に基づく損害賠償請求の裁判では、不法行為の日(書き込みがされた日等)から年3%(民法改正前は年5%)の遅延損害金を加算して請求することができます。また、裁判所が認めた損害額の1割程度を「弁護士費用相当額」として、慰謝料とは別に加害者に負担させる判決を得られるケースが一般的です。
【裁判のデメリット】
① 解決までに長い時間と労力がかかる
裁判は月に1回程度のペースで期日が開かれるため、判決が出るまでに早くて半年、争いが複雑になれば1年以上かかることも珍しくありません。その間、被害者の方は常に裁判のことを気にかけなければならず、精神的な負担が長く続きます。
② 費用が高くなる傾向がある
裁判所に納める印紙代などの実費がかかるほか、弁護士費用についても、出廷日当や訴訟対応の費用が加算されるため、示談交渉のみで終わる場合と比較してトータルの費用が高額になることが一般的です。
③ 公開の原則によるプライバシーのリスク
日本の裁判は原則として公開されているため、誰でも法廷で傍聴することができ、裁判記録も一定の条件で閲覧が可能です(民事訴訟記録の閲覧等)。もちろん、ネット上のトラブルで一般の傍聴人が殺到することは稀ですが、「公の記録に残る」という点に心理的な抵抗を感じる方は少なくありません。
3. どちらが「有利」か?事案別の判断基準
「示談交渉」と「裁判」、ご自身のケースでどちらを優先すべきか、いくつかの判断基準を示します。
示談交渉を優先(有利)とすべきケース
- とにかく早く平穏な生活を取り戻したい(早期解決重視): 時間の経過による精神的負担を避けたい場合は、多少の妥協をしてでも示談をまとめるのが賢明です。
- 費用倒れのリスクを極力避けたい(費用重視): 慰謝料の相場がそれほど高くない(数十万円程度)と見込まれる事案において、裁判費用をかけると経済的メリットが薄れる場合は、示談交渉での決着を目指すべきです。
- 「二度と書き込まない」という約束や謝罪を重視する: 判決では得られない柔軟な合意(接触禁止や謝罪文)を取り付けたい場合は、示談交渉が必須です。
裁判を選択(有利)とすべきケース
- 相手が完全に無視している、または極めて不誠実: 示談交渉の余地がない場合は、毅然として裁判を起こし、強制力のある判決を得るしかありません。
- 被害が極めて大きく、慰謝料額について到底歩み寄れない: 企業に対する深刻な営業妨害や、リベンジポルノ被害など、数百万円単位の損害が生じており、相手の提示額と大きな開きがある場合は、裁判官に適切な評価を下してもらうべきです。
- 公的な「白黒」をはっきりさせたい: お金の問題以上に、「相手の行為が違法である」という裁判所の公的な判断(判決文)を残すことで、名誉回復を図りたい場合です。
実務上の一般的な流れ
法律実務においてスタンダードかつ合理的な進め方は、「まずは示談交渉からスタートし、早期解決を探る。しかし、相手が不誠実な対応をとる場合は、直ちに裁判に移行するという強い姿勢(覚悟)をもって交渉に臨む」というものです。
「いつでも裁判を起こせる準備がある」という事実こそが、相手に対する最大のプレッシャーとなり、有利な条件での示談を引き出す強力な武器となります。
弁護士に相談するメリット
ネット誹謗中傷の損害賠償において、示談交渉か裁判かを被害者ご自身だけで判断し、手続きを進めることは非常に困難です。弁護士法人長瀬総合法律事務所にご依頼いただくことで、次のようなメリットを提供いたします。
1. 最適な解決方針の見極めと「費用対効果」のご提示
事案の内容、証拠の強弱、予想される慰謝料の相場を専門的な視点から分析し、「このケースは示談で早期解決を図るべきか」「裁判で徹底的に争うべきか」の最適な見通しを立てます。その際、裁判に移行した場合の「費用」のリスクも包み隠さずご説明し、ご依頼者様が納得のいく選択ができるようサポートします。
2. 弁護士名義による示談交渉(プレッシャー)
被害者ご自身が内容証明を送っても、軽く見られて無視されることがあります。しかし、「弁護士」が代理人として介入し、「応じなければ裁判を起こす」旨の通知を送ることで、相手は事態の重大性を認識し、慌てて示談交渉のテーブルに着く確率が高まります。
3. 直接交渉による精神的ストレスからの解放
加害者と直接連絡をとることは、被害者の方にとって大きな恐怖とストレスを伴います。弁護士にご依頼いただければ、弁護士がすべての窓口となるため、相手と直接話す必要は一切なくなります。また、裁判に移行した場合でも、弁護士が代理人として法廷に出向くため、原則としてご依頼者様が裁判所に足を運ぶ必要はありません。
4. 漏れのない「示談書」の作成による将来のトラブル防止
示談が成立した際、弁護士は法的に有効な「示談書(合意書)」を作成します。単なる慰謝料の金額だけでなく、前述の「口外禁止条項」や「接触禁止条項」、万が一支払いが滞った場合のペナルティなどを網羅的に記載し、将来の再発や二次被害を徹底的に防ぎます。
まとめ
ネット誹謗中傷の加害者を特定した後の損害賠償請求においては、「示談交渉」と「裁判」という2つの道があります。
「示談交渉」は、早期解決が可能であり、費用を抑えつつ謝罪や接触禁止などの柔軟な条件を引き出せる点がメリットです。一方で、相手が応じなければ強制力がないというデメリットがあります。
「裁判」は、時間と費用はかかりますが、相手の態度に関わらず強制力のある判決を得ることができ、逃げ得を許さない点が強力なメリットです。
どちらの手続きが有利かは、被害者の方が「何を最も重視するか(早期解決か、確実な処罰か、費用対効果か)」と、相手方の出方によって異なります。
これらのメリット・デメリットを正しく比較衡量し、最適な結果(慰謝料の獲得と平穏な生活の回復)を導き出すためには、法律の専門家である弁護士のサポートが不可欠です。
「示談で終わらせるべきか、裁判を起こすべきか迷っている」「相手とどう交渉すればいいか分からない」とお悩みの場合は、ぜひ一度、弁護士法人長瀬総合法律事務所にご相談ください。ご依頼者様のご希望に寄り添い、有利かつ実効性のある解決戦略をご提案いたします。
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