はじめに
中小企業の経営者にとって、金融機関からの融資の際に求められる「経営者保証(連帯保証)」は、長らく重い足かせとなってきました。
「会社と運命を共にする覚悟」として当然視されてきたこの慣行ですが、一方で、思い切った事業展開を阻害し、円滑な事業承継を妨げ、万が一の廃業時には経営者の生活基盤まで根こそぎ奪ってしまうという弊害も指摘されてきました。
こうした状況を変えるべく、2014年に運用が開始されたのが「経営者保証に関するガイドライン」です。このガイドラインは、一定の要件を満たす場合には経営者保証を求めないことや、保証債務を履行する場合でも経営者の手元に残せる資産を柔軟に認めることなどを定めています。さらに、2020年には事業承継時に特化した「事業承継における経営者保証に関するガイドラインの特則」も策定され、国を挙げて脱・個人保証の流れが加速しています。
しかし、現場の実感として「銀行に相談してもなかなか保証を外してくれない」「具体的に何をすれば良いかわからない」という経営者様の声も多く聞かれます。ガイドラインは法律そのものではありませんが、正しく理解し、適切に活用することで、会社と経営者個人の未来を守る強力な武器となります。
本稿では、経営者保証ガイドラインの仕組みから、保証解除に向けた具体的な3つの要件、事業承継や廃業時における活用法まで、実務的な視点で解説します。
Q&A:経営者保証に関するよくある疑問
まずは、経営者保証について多くの経営者様が抱いている不安や疑問について、Q&A形式でお答えします。
Q1:経営者保証ガイドラインに法的な強制力はあるのですか?銀行は必ず従わなければならないのでしょうか?
法的な強制力はありませんが、金融機関はこれを尊重・遵守する姿勢が求められています。
このガイドラインは、日本商工会議所と全国銀行協会が共同で策定した自主規制ルールであり、法律ではありません。したがって、要件を満たせば「自動的に」保証が解除されるわけではありません。
しかし、金融庁の監督指針において、金融機関はガイドラインを融資慣行として尊重すべきとされており、正当な理由なくガイドラインの適用を拒否することは事実上困難になっています。保証を求めたり維持したりする場合には、金融機関側が「なぜ保証が必要なのか」を具体的に説明する義務も課されています。
Q2:事業承継を考えていますが、息子に私の連帯保証を引き継がせるのは忍びないです。回避する方法はありますか?
ガイドラインの「特則」を活用することで、後継者の保証を不要にできる可能性があります。
「事業承継における経営者保証に関するガイドラインの特則」では、(1)借入金等の返済能力、(2)公私混同の未然防止(ガバナンス体制の整備)などの要件を満たせば、原則として後継者からの保証を求めないこととされています。また、一定の条件を満たせば保証料を上乗せすることで保証不要とする信用保証協会の制度(事業承継特別保証制度)なども整備されています。早期に対策を講じることで、「保証の引継ぎなし」での承継は可能です。
Q3:会社の業績が悪化し、廃業を検討しています。保証人である私は自己破産して、自宅も手放さなければならないのでしょうか?
ガイドラインに基づく「保証債務の整理」を行えば、破産を回避し、自宅などの資産を残せる可能性があります。
従来、会社の破綻に伴う保証債務の整理は、自己破産が一般的でした。しかし、ガイドラインに沿った手続き(特定調停など)を利用し、誠実に資産開示を行って弁済計画を立てることで、自己破産をせずに債務の免除を受けることが可能です。この場合、華美でない自宅や、一定期間の生計費に相当する現預金(インセンティブ資産)を手元に残せることが明記されており、信用情報機関への事故情報登録(いわゆるブラックリスト)も回避できるメリットがあります。
解説:経営者保証ガイドラインへの対応と具体的実務
経営者保証ガイドラインは、単に「保証を外してください」と頼むためのツールではありません。企業の経営体質を強化し、金融機関との信頼関係を再構築するためのプロセスそのものです。ここでは、ガイドラインの核心部分と実務対応について解説します。
経営者保証解除のための「3つの要件」
ガイドラインでは、金融機関が経営者保証を求めない(あるいは既存の保証を解除する)ための要件として、以下の3つを挙げています。
(1) 法人と個人が分離されていること
中小企業、特にオーナー企業では、会社のサイフと社長のサイフが混同されがちです。金融機関は、会社のお金が社長個人に流出することを恐れて保証を求めます。したがって、このリスクがないことを証明する必要があります。
- 役員貸付金・仮払金の解消: 会社から社長への貸付金は、公私混同の典型とみなされます。返済計画を立てて解消する必要があります。
- 私的な経費のつけ回し: 社長の個人的な飲食費や家族の旅行費などを会社の経費にしていないか管理します。
- 本社兼自宅の賃貸借契約: 社長の自宅を事務所としている場合、賃料が適正価格であるか、契約書が存在するかを確認します。
- ガバナンス体制の整備: 外部監査の導入や、親族以外の役員登用など、牽制機能が働く体制づくりも評価されます。
(2) 財務基盤が強化されており、法人のみの資産・収益力で返済が可能であること
「社長の個人資産をあてにしなくても、会社自身の力で借金を返せる」状態であることが求められます。
- 業績の安定: 一時的な黒字ではなく、将来にわたって安定したキャッシュフローが見込めるかどうかが重視されます。
- 内部留保の充実: 自己資本比率を高め、不測の事態にも耐えられる財務体質を作ります。
- EBITDA有利子負債倍率: 借入金がキャッシュフローの何年分にあたるかという指標などが審査の対象となります。
(3) 財務状況の正確な把握、適時適切な情報開示等が行われていること
金融機関に対して、会社の状況を隠さずにタイムリーに伝える信頼関係が必要です。
- 決算書の信頼性: 税理士等のチェックを受けた正確な計算書類を作成します。「中小企業の会計に関する基本要領」への準拠も有効です。
- 試算表の定期提出: 年1回の決算書だけでなく、四半期や月次の試算表を提出し、業況を報告します。
- 事業計画の開示: 今後の見通しや経営戦略について説明し、金融機関と対話を行う姿勢が評価されます。
既存の保証を解除するためのステップ
既に差し入れている個人保証を解除するためには、戦略的な交渉が必要です。
- 自社の現状分析(プレ・アセスメント)
まず、弁護士や税理士などの専門家とともに、自社が上記の「3要件」をどの程度満たしているかを客観的に分析します。不十分な点があれば、改善計画(磨き上げ計画)を策定します。 - 金融機関への申し入れ
メインバンク等に対し、ガイドラインに基づく保証解除の意向を伝えます。単に口頭で伝えるのではなく、「保証解除申入書」や「経営改善計画書」等の書面を提出するのが効果的です。 - モニタリングと実績の積み上げ
一度の交渉で即解除となるとは限りません。例えば「今後1年間、試算表を毎月提出し、利益目標を達成できたら見直す」といった条件付きの合意を取り付け、実績を作っていく粘り強さが必要です。 - 部分解除や代替案の検討
全額解除が難しい場合でも、「保証額の上限設定(極度額の見直し)」や「停止条件付保証契約(特約条項により、条件を満たしている間は保証債務の履行を求めない契約)」への切り替えを打診するなどの柔軟な対応も考えられます。
事業承継における「特則」の活用
事業承継の場面は、経営者保証を見直すチャンスです。
二重徴求の原則禁止
「事業承継時に、前経営者と後継者の双方から保証を取る(二重徴求)」ことは、原則として禁止されています。
- 前経営者の保証解除: 後継者にバトンタッチしたにも関わらず、前経営者がいつまでも保証人のままだと、安心して引退できません。事業承継を機に、前経営者の保証解除を求めるべきです。
- 後継者の保証非徴求: ガイドライン特則の要件を満たせば、後継者は保証人にならずに済みます。
経営者保証コーディネーターの利用
各地の商工会議所等に設置されている「事業承継・引継ぎ支援センター」には、経営者保証コーディネーターが配置されています。専門家による確認を受けたという事実は、金融機関との交渉において有利に働きます。
廃業・倒産時における「保証債務の整理」
万が一、事業継続が困難となり、廃業や倒産を選択せざるを得ない場合でも、ガイドラインは経営者の再起を支援する仕組みを用意しています。これが「廃業時における保証債務整理」です。
通常の破産手続きとの違い
- 手元に残せる資産
通常の自己破産では、99万円以下の現金等を除き、ほぼ全ての財産が没収されます。しかしガイドラインに基づく整理では、早期に決断し、協力的に資産開示を行うことで、一定期間の生計費や、華美でない自宅などを残せることがあります。 - 信用情報(ブラックリスト)への影響
ガイドラインに基づく整理(特定調停など)を行った場合、信用情報機関への事故情報の登録を行わないよう、全国銀行協会等の申し合わせがなされています。これにより、再起後のクレジットカード作成や融資などのハードルが下がります。
早期決断の重要性
このメリットを享受するには、「資産がまだ残っている段階」で決断し、金融機関と協議を始める必要があります。
弁護士に相談するメリット
経営者保証の問題は、金融論、会計、そして法律が複雑に絡み合う分野です。経営者様が単独で金融機関と交渉するのは容易ではありません。弁護士に相談することで、以下のようなメリットが得られます。
ガイドライン適合性の診断と環境整備
弁護士は、客観的な視点から貴社の経営状態がガイドラインの要件を満たしているか診断します。また、法人と個人の資産分離のために必要な契約書の作成や、ガバナンス体制の構築(株主総会議事録の整備等)など、法的な環境整備を支援します。
金融機関との対等な交渉
金融機関はプロですので、準備不足のまま交渉に臨むと、言いくるめられてしまう可能性があります。弁護士が代理人として、あるいはアドバイザーとして同席することで、法的な根拠に基づいた主張が可能となり、交渉力が向上します。金融機関側も、弁護士が入ることで、経営者の本気度やコンプライアンス意識の高さを認識します。
法的手続きの実行支援(特定調停など)
特に廃業時やリスケジュール時において、ガイドラインのメリットを享受するためには、「特定調停」などの法的手続きを活用することが有効です。特定調停は、裁判所における話し合いの手続きですが、申立書の作成や調停期日への出頭など、専門的な対応が必要です。弁護士はこれらの手続きを全面的にサポートし、経営者の再スタートに向けた最善の結果を目指します。
経営者の精神的支柱として
借金の保証人になっているというプレッシャーは計り知れません。特に経営危機に瀕した際、経営者は孤独になりがちです。弁護士は守秘義務を負う法律の専門家として、経営者の悩みを共有し、法的な解決策を提示することで、精神的な負担を軽減します。
まとめ
経営者保証ガイドラインは、健全な経営を行う企業と経営者を守るための正当な権利です。
しかし、その権利を行使するためには、経営の透明性を高め、財務体質を強化し、自ら説明責任を果たしていくという「経営者の覚悟」と「行動」が不可欠です。
保証解除や事業承継時の保証回避、そして万が一の際の資産保護は、一朝一夕には実現できません。平時のうちから準備を進め、金融機関との信頼関係を築いておくことが重要です。
もし、現在経営者保証のことでお悩みであったり、将来の事業承継に不安を感じておられたりする場合は、ぜひ一度、弁護士法人長瀬総合法律事務所にご相談ください。貴社の状況に合わせた最適なロードマップを描き、経営者様と会社の未来を守るためにサポートします。
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