はじめに
パートタイマーや有期雇用契約者(以下、総称して「パート・有期労働者」)は、多くの企業において基幹的な労働力として不可欠な存在です。しかし、長年にわたり、正社員(無期フルタイム労働者)との間に存在する不合理な待遇格差が社会問題とされてきました。
この問題に対応するため、「パートタイム・有期雇用労働法」(以下「パート有期法」)が施行され、「同一労働同一賃金」の原則が法的に義務化されました。これにより、企業は正社員とパート・有期労働者との間の待遇差について、合理的な説明ができない限り、その格差を解消しなくてはならなくなりました。
特に、2020年に相次いで示された最高裁判決 は、賞与や退職金といった中核的な待遇差に関する司法の判断基準を明確にしました。本稿では、企業が「同一労働同一賃金」に適切に対応するために何をすべきかを、法務・労務の観点から解説します。
Q&A:同一労働同一賃金のポイント
Q1. パート有期法(同一労働同一賃金)とは、どのような法律ですか?
正社員とパート・有期労働者との間で、基本給、賞与、各種手当、福利厚生など、あらゆる待遇について「不合理な待遇差」を設けることを禁止する法律です 。企業には、待遇差がある場合、労働者から求められれば「なぜ差があるのか」を合理的に説明する義務(説明義務、パート有期法第14条)も課されています。
Q2. 「均衡待遇」と「均等待遇」の違いは何ですか?
パート有期法は、二つのルールを定めています 。
- 均等待遇(第9条):差別的取り扱いの禁止。
職務内容(仕事内容)と、配置転換の範囲(転勤や部署異動の有無・範囲)が、正社員と全く同一である場合、パート・有期労働者であることだけを理由に待遇を差別することは禁止されます。この場合、完全に同一の待遇が求められます。 - 均衡待遇(第8条):不合理な待遇差の禁止。
職務内容や配置転換の範囲に、正社員と何らかの相違がある場合、その「相違の程度」に応じて、バランスの取れた(不合理ではない)待遇を決定しなければならない、というルールです。
実務上の問題の多くは、職務内容等に一定の「相違」があるケース、すなわち「均衡待遇(第8条)」が争点となります。
Q3. パートと正社員で賃金や賞与が違っても問題ないのでしょうか?
「パートだから」という曖昧な理由だけでは、説明義務(第14条)を果たせず違法となります。ただし、パート有期法第8条(均衡待遇)に基づき、「職務内容(責任の重さ、難易度)」「配置転換の範囲」「その他の事情(キャリアパス、登用制度の有無など)」 の3つの要素を比較し、その違いに基づいて待遇に差が出ていることを合理的に説明できれば、待遇差自体は問題ありません。
Q4.パートタイマーに賞与や退職金を「ゼロ(不支給)」とすることは違法ですか?
これは、2020年の最高裁判決まで、法務・実務家の間でも解釈が分かれていた論点です。
結論から言えば、最高裁判所は「大阪医科薬科大学事件(賞与)」 および「メトロコマース事件(退職金)」 において、特定の事案において、アルバイトや契約社員への賞与・退職金をゼロとすることは「不合理とまでは言えない(=適法)」と判断しました。
ただし、これは「パート・有期労働者には賞与や退職金を一切支払わなくて良い」という許可証を企業に与えたものではありません。あくまで、その企業の正社員とパート・有期労働者との間に、職務内容などで相応の「相違」があったため、ゼロという格差も不合理ではない、と判断されたものです。
解説:2020年最高裁判決を踏まえた実務
2020年10月、最高裁は「同一労働同一賃金」に関する一連の重要な判決を下しました。企業は、これらの判決が示した「判断のロジック」を理解し、自社の賃金規程や退職金規程がそのロジックに耐えうるか点検する必要があります。
パート有期法第8条(均衡待遇)の判断枠組み
最高裁のロジックは、パート有期法第8条が定める以下の3つの要素を比較検討することに基づいています。
- 職務内容(業務の内容および責任の程度)
- 当該職務内容および配置の変更の範囲(転勤、昇進、部署異動の有無と範囲)
- その他の事情(正社員登用制度の有無や実績、勤続年数、キャリア形成の違いなど)
【重要判例① 賞与】大阪医科薬科大学事件(最判令2.10.13)
- 事案:正職員には賞与(年間約6ヶ月分)を支給。アルバイト職員(教室事務員、正職員と一部業務が共通)には賞与を一切支給せず 。
- 最高裁の結論:「不合理とまでは言えない」(=適法)。
- 判断のロジック:最高裁は、同大学の賞与の性質を「(正職員としての)職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的」があったと認定しました。その上で、正職員は「複雑な業務や将来の配置転換」が予定されていたのに対し、アルバイト職員の業務は「定型的」であり、両者の職務内容には「相当の相違」があったと指摘。したがって、正職員登用制度もなかったアルバイト職員に対し、人材確保・定着を目的とする賞与を支給しないことは不合理ではない、と判断しました 。
【重要判例② 退職金】メトロコマース事件(最判令2.10.13)
- 事案:正社員(駅の売店業務)には退職金を支給。契約社員(売店業務、正社員とほぼ同じ業務)には退職金を一切支給せず 。
- 最高裁の結論:「不合理とまでは言えない」(=適法)。
- 判断のロジック:退職金を「多年の功労に対する報償」や「人材の確保・定着」の目的があると認定した上で、以下の3つの「相違」を指摘しました 。
- 職務内容の相違:正社員は、欠員が出た際の代務業務や、複数店舗を統括するエリアマネジャー業務を担う責任があったが、契約社員にはそれがなかった。
- 変更の範囲の相違:正社員は、売店業務以外の業務への配転等を命じられる可能性があったが、契約社員には業務内容の変更がなかった。
- その他の事情:契約社員から正社員への登用試験制度が設けられており、実際に登用の実績も相当数あった(=契約社員の地位は固定的ではなかった)。
これらの相違点を総合的に考慮し、退職金を支給しないことも不合理ではない、と判断しました。
| 比較項目 | 大阪医科薬科大学事件(賞与) | メトロコマース事件(退職金) |
|---|---|---|
| 争点 | アルバイト職員への賞与不支給 | 売店契約社員への退職金不支給 |
| 最高裁の結論 | 不合理とまでは言えない | 不合理とまでは言えない |
| 判断理由 | ・職務内容の「相当の相違」 ・賞与の性質(正職員の人材確保・定着) | ・職務内容の相違(代務・エリアマネジメント業務) ・変更の範囲の相違(配転可能性) ・正社員登用制度の存在と実績 |
企業が講じるべき点検と「説明義務」(第14条)
これらの最高裁判決 は、「企業はパート・有期労働者の待遇差を正当化できる」と示しましたが、それは「自社の正社員とパート・有期労働者の違いを、上記判決のように具体的に説明できる」場合に限られます。
企業は、自社の基本給、賞与、退職金、各種手当(通勤手当、家族手当、住宅手当など)のそれぞれについて、「この待遇の目的は何か」「正社員とパートで、その目的に照らして差を設ける合理的な理由(職務の相違など)は何か」を明確に説明できる文書(職務記述書、評価シート、賃金規程など)を整備する必要があります。
弁護士法人長瀬総合法律事務所に相談するメリット
同一労働同一賃金への対応は、単なる時給の見直しではなく、企業の人事制度・賃金体系の根本的な再設計を伴う複雑な作業です。
弁護士法人長瀬総合法律事務所は、以下の点で企業をサポートします。
- 同一労働同一賃金リスク診断:貴社の賃金規程、退職金規程、各種手当の支給基準が、最新の最高裁判決 のロジックに照らして「不合理」と判断されるリスクがないか、詳細なリーガルチェックを実施します。
- 規程・職務記述書(ジョブディスクリプション)の整備:待遇差の「合理的理由」を法的に構築するため、職務内容や責任範囲を明確化する職務記述書の作成や、判例に耐えうる賃金規程の改定を支援します。
- 説明義務への対応:労働者から待遇差に関する説明を求められた際に、企業が提示すべき説明資料の作成や、説明方法について法的な助言を行います。
まとめ
「同一労働同一賃金」は、単に「パートの時給を上げよ」という単純な要求ではありません。2020年の最高裁判決 は、企業に対し「待遇差があるならば、その根拠を『職務内容』『変更の範囲』『その他の事情』に基づいて合理的に説明せよ」と、より高度な人事管理能力を要求するものとなりました。
「うちは昔からこうだから」という説明は、もはや通用しません。
弁護士法人長瀬総合法律事務所は、企業がこの法改正の趣旨を正しく理解し、法的リスクを回避しながら、パート・有期労働者の意欲を高める公正な待遇体系を構築できるよう、専門的な知見から支援します。
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