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仮差押・仮処分の申立て|債権回収と権利保全を確実にするための民事保全手続

はじめに

「貸したお金を返してもらえないが、相手が財産を隠してしまうかもしれない」
「不当に解雇されたが、裁判で争っている間に会社が別の人を雇ってしまったら復職できなくなる」
「代金を支払ったのに商品が引き渡されない。相手が他人に売ってしまう恐れがある」

このようなトラブルに直面したとき、多くの方が民事裁判(訴訟)を起こすことを考えます。しかし、時間をかけて裁判で勝訴判決を得たとしても、その間に相手方が財産を処分してしまったり、状況が大きく変わってしまったりしていては、判決が「紙切れ」同然になってしまい、権利を実現できなくなる恐れがあります。

こうした事態を防ぐために、裁判所の判決が出る前に、相手方の財産を一時的に凍結させたり、現状を維持させたりする手続があります。これが「民事保全手続」です。民事保全手続には、主に金銭債権を守るための「仮差押(かりさしおさえ)」と、それ以外の権利を守るための「仮処分(かりしょぶん)」があります。

この記事では、ご自身の権利を確実に守るための強力な手段である、仮差押・仮処分の申立てについて、その目的や種類、手続の流れ、そして弁護士に依頼するメリットを解説します。

Q&A

Q1. 仮差押や仮処分は、相手に知られずに手続を進めることができますか?

はい、原則として相手方に知られることなく手続を進めることができます。民事保全手続の大きな特徴は「密行性(みっこうせい)」、つまり秘密裏に進められる点にあります。もし申立てをすることが相手に事前に分かってしまうと、その間に財産を隠したり、処分したりする時間を与えてしまうからです。そのため、申立てから裁判所が命令を出すまでは、相手方への通知は行われず、裁判所は申立人から提出された資料のみで審理を行うのが一般的です。

Q2. 申立てをすれば、必ず仮差押や仮処分は認められるのでしょうか?

いいえ、申立てをすれば必ず認められるわけではありません。裁判所が仮差押や仮処分の命令(保全命令)を出すためには、申立人が次の2つの要件を裁判官に納得させる必要があります。

  1. 被保全権利の存在
    貸したお金を返してもらう権利(貸金返還請求権)など、保全によって守られるべき権利が現に存在すること。
  2. 保全の必要性
    今この時点で保全しておかなければ、将来判決を得ても強制執行ができなくなる、または著しく困難になるおそれがあること。 これらの要件の存在は、「証明」という厳格なレベルまでは要求されませんが、「疎明(そめい)」という、一応確からしいという程度の立証が必要です。さらに、後述する「担保金」を法務局に預けることも求められます。
Q3. 申立ての際に預ける「担保金」とは何ですか?どのくらいの金額が必要になりますか?

担保金とは、万が一、行われた仮差押や仮処分が不当であった場合に、それによって相手方(債務者)が被る可能性のある損害を賠償するための保証金として、申立人が法務局に供託(預ける)するお金のことです。これは、権利関係が確定する前に相手方の財産を拘束するという強力な効果の裏返しとして、相手方の利益を保護するために設けられた制度です。

担保金の額は事案によって裁判所が決定しますが、目安として、金銭債権の保全である「仮差押」の場合は、請求する金額(保全したい債権額)の15~30%程度、「仮処分」の場合は事案の性質に応じて個別に判断されます。この担保金は、最終的に裁判で勝訴するなど、申立人の権利が正当なものであったと確定すれば、所定の手続を経て全額返還されます。

解説

民事保全手続とは?なぜ必要なのか

民事保全手続は、正式な裁判(本案訴訟)の結論を待たずに、暫定的に権利の状態を保全するための手続です。その最大の目的は、「本案訴訟での勝訴判決の実効性を確保すること」にあります。

例えば、1000万円の貸金返還を求めて訴訟を起こしたとします。裁判には数か月から数年かかることもあります。その間に、貸した相手が「敗訴して財産を取られるくらいなら」と考え、自宅不動産を売却したり、預金を全額引き出してしまったりするかもしれません。そうなると、たとえ勝訴判決という「お墨付き」を得ても、差し押さえるべき財産が既になく、現実にお金を回収することはできなくなってしまいます。

このような「勝ち逃げ」を許さず、権利の実現を確実なものにするため、民事保全手続は、本案訴訟に先立って、迅速かつ密かに相手方の財産を凍結する、という重要な役割を担っているのです。

その特徴は以下の2点に集約されます。

「仮差押」と「仮処分」 その違いとは?

民事保全手続には、保全したい権利の種類によって「仮差押」と「仮処分」の2つがあります。

仮差押(かりさしおさえ)

「金銭債権」の回収を確実にするための手続です。

貸金、売掛金、未払賃料、損害賠償金など、将来的に金銭の支払いを求める権利(金銭債権)を保全したい場合に利用します。仮差押命令が出ると、債務者は対象となった財産の処分を禁止されます。

対象となる財産の例

仮処分(かりしょぶん)

「金銭債権以外」の権利を保全するための手続です。仮処分は内容が多岐にわたるため、大きく2つの種類に分けられます。

係争物に関する仮処分

特定の「物」の給付や引渡しを求める権利(給付請求権)を保全するための手続です。争いの対象となっている物(係争物)について、債務者が現状を変更することを禁止します。

具体例

仮の地位を定める仮処分

継続的な法律関係において、権利の存否が争われている場合に、本案判決が出るまでの間、暫定的な権利関係や法的地位を定めるための手続です。保全の対象が広く、現代社会の多様な紛争に対応するために利用されます。

具体例

民事保全手続の具体的な流れ

仮差押・仮処分の申立てから命令発令、執行までの流れは以下のようになります。

ステップ1:申立ての準備(証拠収集と申立書作成)

保全手続で最も重要なのが準備段階です。被保全権利の存在と保全の必要性を「疎明」するための証拠を収集し、裁判所を説得できる申立書を作成します。

収集する証拠の例

ステップ2:保全命令の申立て

準備が整ったら、管轄の裁判所(原則として本案訴訟を管轄する裁判所)に「仮差押(仮処分)命令申立書」と証拠資料(疎明方法)を提出します。この際、申立手数料として収入印紙と、連絡用の郵便切手を納付します。

ステップ3:債権者面接(審尋)

申立て後、速やかに裁判官が申立人(または代理人弁護士)と面接(審尋)を行います。これは非公開で行われ、裁判官が申立書の内容や証拠について直接質問し、保全の要件を満たしているかを判断する、きわめて重要な手続です。

ステップ4:担保決定と供託

面接の結果、裁判官が申立てに理由があると心証を得た場合、担保を立てることを命じる「担保決定」を発令します。申立人は、決定書に記載された金額の担保金を、指定された期間内に、管轄の法務局に供託しなければなりません。この期間内に供託できないと、申立てが却下されてしまうため、事前に資金を準備しておく必要があります。

ステップ5:保全命令の発令

法務局への供託が完了し、裁判所に供託書を提出すると、裁判所は正式に「仮差押命令」または「仮処分命令」を発令します。

ステップ6:保全執行

命令が発令されただけでは、財産が凍結されるわけではありません。命令書に基づき、実際に財産を差し押さえる「保全執行」という手続を行う必要があります。この執行手続は、命令が発令されてから2週間以内に行わなければならず、期間を過ぎると執行ができなくなります。

ステップ7:本案訴訟の提起

保全命令はあくまで暫定的なものです。申立人は、保全命令が出た後、裁判所が定めた期間内、または相手方から求められた場合には、権利を確定させるための本案訴訟を提起しなければなりません。これを怠ると、相手方の申立てによって保全命令が取り消されてしまう可能性があります。

弁護士に相談するメリット

民事保全手続は、その強力な効果ゆえに、要件が厳格で手続も複雑です。弁護士に依頼することで、以下のような大きなメリットが得られます。

迅速かつ的確な申立ての実現

民事保全は時間との勝負です。どの財産を対象とすべきか、保全の必要性を疎明するためにどのような証拠が有効か、といった判断には専門知識が不可欠です。弁護士は、事案に応じて最適な戦略を立て、裁判所を説得できる申立書を迅速に作成します。

債権者面接(審尋)への万全な対応

裁判官と直接対峙する債権者面接は、申立人にとって大きなプレッシャーがかかります。弁護士が代理人として出席すれば、裁判官からの法的な質問にも的確に回答し、申立ての正当性を論理的に主張することができます。

複雑な手続の確実な遂行

担保金の供託や、期限のある保全執行など、民事保全には一般の方には分かりにくい手続が伴います。これらの手続を弁護士に一任することで、ミスなく、かつスムーズに権利保全を実現できます。

本案訴訟まで見据えた一貫したサポート

保全手続は、その後の本案訴訟と密接に関連しています。最初から弁護士に依頼することで、保全手続から本案訴訟、そして最終的な強制執行による権利の実現まで、一貫した戦略のもとで最善のサポートを受けることができます。

まとめ

仮差押や仮処分といった民事保全手続は、ご自身の正当な権利が、相手の不誠実な行動によって侵害されるのを防ぎ、将来の権利実現を確実にするための、有効で強力な法的手段です。

一方で、その手続は専門性が高く、迅速な判断と行動、そして「疎明」や「担保金」といった特有のハードルをクリアする必要があります。

「相手の財産状況が怪しい」「このままでは権利が守れないかもしれない」

そう感じたときが、行動を起こすべきタイミングです。手遅れになって勝訴判決が「紙切れ」になってしまう前に、一刻も早く専門家である弁護士にご相談ください。適切なタイミングで適切な保全手続に着手することが、紛争の最終的な解決を有利に導くための鍵となります。

債権回収や権利保全でお困りの方は、ぜひ一度、弁護士法人長瀬総合法律事務所にご相談ください。豊富な知識と経験に基づき、皆様の権利を守るため全力でサポートいたします。


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