はじめに
インターネット上の誹謗中傷被害において、加害者を特定し、慰謝料などの損害賠償を求める裁判で勝訴判決を得ることは、被害回復に向けた大きな一歩です。しかし、多くの方が誤解されている事実があります。それは、「裁判所が支払い命令を出したからといって、自動的に加害者の口座からお金が引き落とされて被害者に振り込まれるわけではない」ということです。
加害者が判決を無視して支払いを拒否したり、のらりくらりと理由をつけて支払いを先延ばしにしたりするケースは決して珍しくありません。せっかく時間と費用をかけて裁判に勝ったにもかかわらず、実際にお金が回収できなければ、判決書は単なる紙切れになってしまいます。
このような事態を防ぎ、法的に認められた権利を現実のものにするための最終手段が、「強制執行(差押え)」です。また、相手の財産を把握していない場合に利用できる「財産調査」の制度も、近年の法改正によって大きく整備されました。
この記事では、弁護士法人長瀬総合法律事務所の弁護士が、慰謝料が支払われない場合の強制執行(差押え)の手続きや、相手の財産を見つけ出すための財産調査の方法について、分かりやすく解説いたします。最後まであきらめず、適正な被害回復を図るための参考としてお読みください。
Q&A
Q1. 裁判で勝訴したのに、相手が慰謝料を振り込んできません。どうすればよいでしょうか?
裁判所の支払い命令(確定判決など)があるにもかかわらず相手が任意の支払いに応じない場合、地方裁判所に対して「強制執行」を申し立てる必要があります。強制執行とは、国家の権力(裁判所)を利用して、相手の財産(預貯金や給料など)を強制的に差し押さえ、そこから未払い金を回収する法的手続きです。相手が自発的に支払わない以上、強制執行の手続きをとらなければ損害を回収することはできません。
Q2. 相手がどこの銀行に口座を持っているか、どこで働いているか分かりません。差押えは無理ですか?
以前は、相手の財産を被害者側で自力で探し出さなければならず、これが回収の大きな壁となっていました。しかし、現在は民事執行法の改正により、裁判所を通じて金融機関や市町村等から情報を取得する「財産調査(第三者からの情報取得手続)」を利用できるようになっています。この制度を適切に活用することで、知られざる預貯金口座や勤務先を特定し、差押えに繋げることが十分に可能です。
Q3. 相手の給与を差し押さえる場合、どのような流れになりますか?また、全額差し押さえられますか?
給与の差押えを申し立てると、裁判所から相手の勤務先(会社)に対して差押命令が送達されます。これにより、相手は会社に裁判沙汰を起こして給与を差し押さえられている事実を知られることになります。ただし、相手の生活を保障する必要があるため、給与の全額を差し押さえることはできず、原則として手取り額の4分の1まで(手取り額が33万円を超える場合は33万円を超過する部分の全額)が差押えの対象となります。回収が終わるまで、毎月の給与から継続して支払いを受けることができます。
解説
支払い命令を現実のものにする「強制執行」と「財産調査」
ネット上の誹謗中傷トラブルにおいて、損害賠償請求の権利が認められた後、実際に金銭を回収するための法的な仕組みについて詳しく解説します。
1. 「支払い命令」が出ても自動で回収はできない?民事執行の基本
民事裁判において勝訴し、「被告は原告に対し、〇〇万円を支払え」という判決(支払い命令)が出たとしても、裁判所が被告の財産を勝手に没収して原告に渡してくれるわけではありません。民事上の権利の実現は、当事者の申し立てによって行われるという原則があるためです。
したがって、相手が自発的に判決に従わない場合、被害者(債権者)は、改めて裁判所に対して「強制執行」の申し立てを行わなければなりません。
強制執行を行うためには、その根拠となる公的な文書が必要です。これを「債務名義」と呼びます。代表的な債務名義には以下のものがあります。
- 確定判決: 裁判で勝訴し、控訴されずに確定した判決書です。
- 仮執行宣言付判決: 判決が確定する前であっても、暫定的に強制執行ができる権利が付与された判決書です。
- 和解調書: 裁判手続きの中で双方の話し合いがまとまり、合意内容を記載した文書です。
- 公正証書(執行認諾文言付き): 裁判外での示談の際、公証役場で作成する文書で、「支払わない場合は強制執行を受け入れます」という文言が含まれているものです。
これらの債務名義を持っていて初めて、強制執行の手続きをスタートさせることができます。
2. 強制執行(差押え)の対象となる主な財産
強制執行は、対象となる財産の種類によって手続きが異なります。ネット誹謗中傷の損害賠償においては、手続きの費用対効果や迅速性の観点から、主に「債権執行」が利用されます。
(1)債権執行(預貯金・給与など)
相手が第三者に対して持っている権利(債権)を差し押さえる手続きです。
- 預貯金の差押え: 相手が利用している金融機関の口座を差し押さえます。口座に預貯金残高があれば、そこから直接回収することができます。金融機関名と支店名が分かっていれば申し立てが可能です。
- 給与の差押え: 相手の勤務先(会社等)を「第三債務者」として、会社が相手に支払う給与の一部を差し押さえます。Q&Aで触れた通り、原則として手取り額の4分の1までが対象となりますが、慰謝料全額を回収するまで継続的に差し押さえることができるのが強みです。また、会社に知られることによる事実上のプレッシャーから、相手が慌てて残額を一括で支払ってくるケースもあります。
(2)動産執行(現金・貴金属など)
執行官が相手の自宅などに直接赴き、現金や貴金属、時計などの動産を差し押さえ、競売等にかけて換価する手続きです。しかし、生活必需品(テレビ、冷蔵庫、パソコン等)は差し押さえが禁止されており、価値のある貴金属などが見つかる確率は低いため、費用倒れになるリスクが高いのが実情です。
(3)不動産執行(土地・建物)
相手が所有する土地や建物を差し押さえて競売にかける手続きです。多額の費用(予納金など)と時間がかかるため、数十万円から数百万円程度の誹謗中傷の慰謝料回収を目的として利用されることは稀です。
3. 相手の財産をどう探す?最新の「財産調査」手続き
強制執行を行うにあたって最大のハードルとなるのが、「相手の財産(口座情報や勤務先)を特定しなければならない」という点です。以前は、被害者が探偵を雇ったり、相手の後をつけたりして勤務先を特定しなければならないこともありました。
しかし、令和2年施行の改正民事執行法により、裁判所を通じて相手の財産情報を取得できる強力な制度が整備されました。これが「財産開示手続」と「第三者からの情報取得手続」です。
ステップ1:財産開示手続
まずは、裁判所が相手を呼び出し、自身の財産(口座や勤務先、不動産など)について宣誓させた上で陳述させる手続きです。もし相手が正当な理由なく欠席したり、嘘をついたりした場合は、「6ヶ月以下の懲役または50万円以下の罰金」という刑事罰が科される可能性があり、強力な制裁が用意されています。
ステップ2:第三者からの情報取得手続
財産開示手続を経ても財産が判明しない場合(相手が逃げた場合など)、または財産開示手続の要件を満たす場合には、裁判所を通じて以下の機関から直接情報を取得することができます。これが現代の財産調査の要となります。
預貯金情報の取得(金融機関に対する照会)
裁判所から銀行等の金融機関の「本店」に対して照会を行うことで、相手がその銀行に持っている全支店の口座情報と預金残高を取得することができます。以前のように支店名まで特定する必要がなくなり、メガバンクやゆうちょ銀行、ネット銀行などを対象に調査を行えば、口座を見つけ出せる可能性が飛躍的に高まりました。
勤務先情報の取得(市町村や日本年金機構に対する照会)
(※原則として、一度「財産開示手続」を実施していることが条件となります。)
裁判所から市町村や日本年金機構に対して照会を行い、相手の住民税や厚生年金などの情報から、現在の勤務先を特定することができます。勤務先が判明すれば、給与の差押えが可能となります。
このように、たとえ相手が財産を隠そうとしても、法的な財産調査の手続きを駆使することで、差押えのターゲットを見つけ出すことができるようになっています。
4. 強制執行(差押え)手続きの流れと注意点
実際に強制執行(債権執行)を行う場合、以下のような流れで進みます。
① 事前準備(債務名義の準備)
判決書などの債務名義に、強制執行を行うことができる効力があることを証明する「執行文」を裁判所で付与してもらいます。また、相手に判決書が間違いなく届いていることを証明する「送達証明書」も取得します。
② 裁判所への申し立て(差押命令の申立て)
相手の住所地を管轄する地方裁判所に対し、差押命令の申立書や証拠書類、手続きの費用(収入印紙や予納郵券)を提出します。この際、差し押さえる対象(どの銀行の口座か、どの会社の給与か)を特定しておく必要があります。
③ 差押命令の送達
裁判所が申し立てを認めると、第三債務者(銀行や勤務先)に対して差押命令が送達されます。銀行に届いた時点で口座は凍結(引き出し制限)され、勤務先に届いた時点で給与の一部支払いが差し止められます。その後、相手本人(債務者)にも差押命令が送達されます。
④ 取り立て(回収)
相手本人に差押命令が送達されてから一定期間(通常は1週間、給与の場合は4週間)が経過すると、被害者(債権者)は、第三債務者(銀行や勤務先)に対して直接、取り立て(支払い)を請求できるようになります。銀行から直接振り込んでもらったり、勤務先から毎月指定の金額を振り込んでもらったりすることで、ようやく回収が完了します。
【強制執行の注意点:空振りのリスク】
強制執行において注意すべきは、「空振り」のリスクです。例えば、銀行口座を差し押さえたものの、その口座の残高が数千円しかなかった場合、それ以上の回収はできません。口座を差し押さえるタイミングは非常に重要です。
また、給与の差押えを行った結果、相手が会社を自主退職してしまったり、解雇されてしまったりすると、それ以降の給与からの回収は不可能になります(この場合は、新たな勤務先を再度調査する必要があります)。
強制執行は確実な回収手段である一方、相手の状況によっては時間と費用をかけても全額回収できないリスクが常に存在することを理解しておく必要があります。
弁護士に相談するメリット
判決を得た後の強制執行や財産調査は、通常の裁判手続きとは全く異なる専門的な知識と煩雑な書類作成が求められます。この段階で弁護士法人長瀬総合法律事務所にご相談・ご依頼いただくことには、以下のような大きなメリットがあります。
1. 複雑な財産調査・強制執行手続きの正確な遂行
第三者からの情報取得手続や差押えの申し立ては、裁判所が求める厳格な書式や添付書類をミスなく揃えなければなりません。少しでも不備があれば手続きが遅れ、その間に相手に財産を隠されてしまうリスクがあります。執行手続きに精通した弁護士が代理人となることで、迅速かつ正確に手続きを進め、回収の可能性を最大化します。
2. 費用対効果を見極めた適切な回収戦略の提案
預金口座を狙うべきか、勤務先を調査して給与差押えを狙うべきかは、相手の属性や職業、生活状況によって異なります。弁護士は、これまでの経験に基づき、どの財産をどのタイミングで差し押さえるのが最も効果的か(あるいは空振りのリスクが低いか)を見極め、依頼者様にとって最適な回収戦略をご提案します。
3. 相手に対するプレッシャー
弁護士が代理人として就き、強制執行の準備を進めていることを示唆するだけでも、相手に対する強力なプレッシャーとなります。特に、勤務先への給与差押えは相手にとって社会生活上の大きな打撃となるため、手続きの途中で観念し、残額を一括で支払う和解が成立することも少なくありません。交渉のカードとして強制執行を適切に機能させることができます。
まとめ
ネット誹謗中傷の裁判で「支払い命令」が出ても、相手が自発的に支払わない限り、被害は回復されません。相手の不誠実な対応を許さず、権利を実現するためには、「強制執行(差押え)」という法的な手続きに踏み切る必要があります。
近年では法改正によって「財産調査(第三者からの情報取得手続)」が利用できるようになり、相手の預貯金口座や勤務先を特定して差押えを行うことが、以前よりも格段に容易になりました。「相手の財産が分からないから」と泣き寝入りする必要はありません。
ただし、強制執行や財産調査は手続きが専門的であり、空振りのリスクを避けるための戦略的な判断が不可欠です。
せっかく勝ち取った判決を無駄にしないためにも、慰謝料の未払いでお悩みの場合は、速やかに弁護士にご相談ください。弁護士法人長瀬総合法律事務所では、ネット誹謗中傷事件の解決から、損害賠償金の回収(民事執行)まで、一貫してご依頼者様をサポートできる体制を整えております。正当な被害回復を最後まで諦めず、一緒に最善の策を講じていきましょう。
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