相談事例
入社1年目の新入社員ですが、職場の歓送迎会で直属の上司にあたる課長から、「処女じゃないだろう」「エイズ検査を受けた方がいい」といった発言を繰り返し受けました。
同僚も大勢参加しており、いくら飲み会での酔った上での発言とはいえ、到底我慢できません。
これはセクハラにあたるのではないでしょうか。
解説
セクハラとは
セクシュアル・ハラスメント(以下「セクハラ」)とは、男女雇用機会均等法においても明確な定義はありません(同法第11条参照)が、「相手方の意に反する性的言動」と定義されることが多く、パワーハラスメント(以下「パワハラ」)と同様、職場内の人格権侵害の一類型として捉えられています。
「相手方の意に反する」ことがポイントとなるため、パワハラと異なり、不法行為上の違法性があるとまでは言えなくても、被害者は、その主観に基づき必要な措置をとるよう行政手続や労働審判で要求することができます。
なお、人事院規則10−10「セクシュアル・ハラスメントをなくすために職員が認識すべき事項についての指針」によれば、性に関する言動に対する受け止め方には個人差や男女間で差があり、セクハラにあたるか否かについては、(被害者である)相手の判断が重要である旨明示されていることに注意が必要です。
もっとも、厚生労働省「職場におけるハラスメント対策マニュアル」[1]では、セクシャルハラスメントの判断基準について、以下のように提示されています。
セクシュアルハラスメントの状況は多様であり、判断に当たり個別の状況を斟酌する必要があります。また、「労働者の意に反する性的な言動」および「就業環境を害される」の判断に当たっては、労働者の主観を重視しつつも、事業主の防止のための措置義務の対象となることを考えると一定の客観性が必要です。
Ø 一般的には意に反する身体的接触によって強い精神的苦痛を被る場合には、一回でも就業環境を害することとなり得ます。 Ø 継続性または繰り返しが要件となるものであっても、「明確に抗議しているにもかかわらず放置された状態」または「心身に重大な影響を受けていることが明らかな場合」には、就業環境が害されていると判断し得るものです。 Ø 被害を受けた労働者が女性である場合には「平均的な女性労働者の感じ方」を基準とし、被害を受けた労働者が男性である場合には「平均的な男性労働者の感じ方」を基準とすることが適当です。 |
上記「職場におけるハラスメント対策マニュアル」によれば、セクシャルハラスメントの判断基準は、被害者の主観も重視される一方、一定の客観性も必要とされることになり、必ずしも被害者の主観だけでセクハラに該当すると判断されるわけではないことにご留意ください。
セクシュアル・ハラスメントのコンプライアンスリスク
セクハラが行われた場合、加害者個人が被害者に対して責任を負うだけでなく、使用者である会社も以下のような責任・リスクを負う場合があります。
不法行為責任
会社は、使用する労働者が職務遂行中に第三者に損害を与えた場合、使用者責任として損害賠償責任を負います(民法715条)。
債務不履行責任
使用者である会社は、労働者の安全に配慮する義務を負っている(労働契約法5条)ため、セクハラが生じた場合、職場環境整備義務及び職場環境調整義務に違反したものとして、債務不履行責任(民法415条)を問われる場合があり得ます。
なお、従業員が派遣労働者であった場合、上記職場環境の維持は、派遣会社(派遣元)だけでなく、派遣先会社の責任でもありますから、派遣先でセクハラが生じた場合、派遣先も責任を負う可能性があることに注意が必要です。
レピュテーションリスク
セクハラが生じた場合、企業イメージが悪化し、職場環境の悪化による就業意欲の低下等を招くおそれがあるとともに、人材の流出やリクルート活動等においても不利になるといったリスクも生じ得ます。
行政指導及び企業名公表等
セクハラに該当する場合、厚生労働大臣(実際には権限を委任された都道府県労働局長)による行政指導(男女雇用機会均等法29条)の対象となり、企業名の公表制度の対象となる(同法30条)とともに、都道府県労働局長による紛争解決の援助の対象ともなります(同法16条)。
セクハラの判断基準
前述のとおり、セクハラは人格権侵害の一類型として整理されていますので、どのような行為が私法上違法と評価されるかは、パワハラの場合と同様、人格権侵害における違法性の判断基準と同様に考えることができます。
裁判例においては、(被害者・加害者)「両当事者の職務上の地位・関係、行為の場所・時間・態様、被害者の対応等の諸般の事情を考慮して、行為が社会通念上許容される限度を超え、あるいは社会的相当性を超えると判断されるときに不法行為が成立する。」と判示されています(金沢セクハラ事件(名古屋高裁金沢支部平成8年10月30日労判707号))。
セクハラに該当するとして不法行為責任を肯定した裁判例は多岐にわたりますが、典型的には以下の類型がセクハラに該当するものとされています。
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セクハラ指針における2分類
厚生労働省が定める「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針」(平成18年厚生労働省告示第615号)【令和2年6月1日適用】(いわゆる「セクハラ指針」)[2]では、セクハラには以下の2分類があると整理されています。
(対価型)セクシュアルハラスメント 職場において行われる労働者の意に反する性的な言動に対する労働者の対応により、当該労働者が解雇、降格、減給等の不利益を受けること
(環境型)セクシュアルハラスメント 職場において行われる労働者の意に反する性的な言動により労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じる等当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じること |
もっとも、実務上は、セクハラに該当すると思われる言動が、上記2分類のいずれに該当するかを整理する実益はあまりなく、「労働者の意に反する性的言動」がなされたかどうか、が重要視されます。
セクハラ指針におけるセクハラ被害の対象
また、セクハラ指針では、セクハラ被害の対象は、異性に限られず、同性に対するものも含まれることが明記されています。
また、被害者の性的指向又は性自認にかかわらず、当該者に対する職場におけるセクシュアルハラスメントも、本指針の対象となることも明記されていることには留意が必要です。
人事院規則におけるセクハラの具体例
ところで、具体的にどのような言動がセクハラにあたるかという点については、判断に悩まれる方もいるかも知れません。
例えば、以下のような言動は、セクシャル・ハラスメントに該当するといえるでしょうか。
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この点、どのような言動がセクシャル・ハラスメントに該当するかどうかは、人事院規則が参考となります。
人事院規則10−10・別紙「セクシュアル・ハラスメントをなくすために職員が認識すべき事項についての指針」では、セクシャル・ハラスメントに対する職員が認識すべき事項として、以下のように規定しています。
第1 セクシュアル・ハラスメントをしないようにするために職員が認識すべき事項
1 (省略)
2 基本的な心構え
職員は、セクシュアル・ハラスメントに関する次の事項について十分認識しなければならない。
一 性に関する言動に対する受け止め方には個人間で差があり、セクシュアル・ハラスメントに当たるか否かについては、相手の判断が重要であること。
具体的には、次の点について注意する必要がある。
(1)親しさを表すつもりの言動であったとしても、本人の意図とは関係なく相手を不快にさせてしまう場合があること。
(2)不快に感じるか否かには個人差があること。
(3)この程度のことは相手も許容するだろうという勝手な憶測をしないこと。
(4)相手との良好な人間関係ができていると勝手な思い込みをしないこと。
(省略)
3 セクシュアル・ハラスメントになり得る言動
セクシュアル・ハラスメントになり得る言動として、例えば、次のようなものがある。
一 職場内外で起きやすいもの
(1)性的な内容の発言関係
ア 性的な関心、欲求に基づくもの
①スリーサイズを聞くなど身体的特徴を話題にすること。
②聞くに耐えない卑猥な冗談を交わすこと。
③体調が悪そうな女性に「今日は生理日か」「もう更年期か」などと言うこと。
④性的な経験や性生活について質問すること。
⑤性的な噂を立てたり、性的なからかいの対象とすること。
イ 性別により差別しようとする意識等に基づくもの
①「男のくせに根性がない」「女には仕事を任せられない」「女性は職場の花でありさえすればいい」などと発言すること。
②「男の子、女の子」「僕、坊や、お嬢さん」「おじさん、おばさん」などと人格を認めないような呼び方をすること。
③性的指向や性自認をからかいやいじめの対象とすること。
(2)性的な行動関係
ア 性的な関心、欲求に基づくもの
①ヌードポスター等を職場に貼ること。
②雑誌等の卑猥な写真・記事等をわざと見せたり、読んだりすること。
③身体を執拗に眺め回すこと。
④食事やデートにしつこく誘うこと。
⑤性的な内容の電話をかけたり、性的な内容の手紙・Eメールを送ること。
⑥身体に不必要に接触すること。
⑦浴室や更衣室等をのぞき見すること。
イ 性別により差別しようとする意識等に基づくもの
女性であるというだけで職場でお茶くみ、掃除、私用等を強要すること。
二 主に職場外において起こるもの
ア 性的な関心、欲求に基づくもの
性的な関係を強要すること。
イ 性別により差別しようとする意識等に基づくもの
①カラオケでのデュエットを強要すること。
②酒席で、上司の側に座席を指定したり、お酌やチークダンス等を強要すること。
以上の人事院規則10−10の規定からすれば、冒頭で掲載した①から⑮の発言は、いずれもセクシャル・ハラスメントに該当しうることになります。
セクシャル・ハラスメントに該当するかどうかは、行為者の主観で判断するのではなく、相手がどう受け止める可能性があるか、ということを慎重に検討する必要があります。
ご相談のケースについて
前述のとおり、性的発言であり、直接の身体的接触がなかったとしてもセクハラに該当し得ます。
職場における上司から部下に対する性的言動について、それがすべて違法と評価されるものではありませんが、上記金沢地裁における判断基準に照らし、酒席とはいえ他の従業員が多数参加している面前で、課長が新入社員に対して直接的な性的言動を繰り返すことは、社会通念上許容される限度を超えるものと評価される可能性が高いといえます。
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