【質問】

当社の社員Xはセールス部門に所属していますが、半期ごとのボーナス査定に響くとして、この数ヶ月、自主的に長時間の残業を続けています。月の残業時間が100時間を超える場合もあり、直属の上司も残業を控えるよう指導していますが、やめようとはしません。
残業の影響か、Xは日中の勤務時間中も注意散漫になっているようですし、休憩室で倒れるように寝ながらうわごとを言っていたとの報告も受けています。
鬱病のおそれのあるXに対して、当社かかりつけ医の診察を受けるよう命令することも検討していますが、何か問題があるでしょうか。

【回答】

会社は、鬱病のおそれのあるXに対して、業務命令として医師による診断を受けさせるとともに、当該診断結果を踏まえて、労働時間の短縮や配置転換、休職等の適切な措置を講じる必要があります。
なお、当該措置を講じるにあたって、厚労省「健康診断結果に基づき事業者が講ずべき措置に関する指針」が参考となります。

【解説】

1. 会社による受診命令の可否

長時間残業等により社員が体調を崩し、精神疾患等を患った場合、会社は当該社員に対して安全配慮義務違反等に基づく損害賠償責任を負う可能性があります。
この点、労働安全衛生法66条の8第1項は、「事業者は、労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、医師、保険師その他の厚生労働省令で定める者・・・による心理的な負担の程度を把握するための検査を行わなければならない。」としており、会社は、精神疾患のおそれのある社員に対して、精神科医等による診断・治療を受けさせる必要があります。
もっとも、自主的な残業による精神疾患の場合等においては、当該社員が自ら精神疾患を患っていることを自覚していない場合もあり、当該社員が診察を拒むこともあり得ます。そこで、会社は、社員に対して業務命令として専門医等の診察を受けるよう命令することができるかが問題となります。

2. 就業規則上、受診義務について規定されている場合

この点、会社の就業規則中に、社員に対する専門医等の受診義務等を定めている場合、当該就業規則の内容が合理的であれば労働契約の内容となるため(労働契約法7条)、社員に対して受診命令を下すことができます(電電公社帯広局事件(最高裁昭和61年3月13日労判470号))。

3. 就業規則上、受診義務について規定されていない場合

これに対して、就業規則中に受診義務等を定めていない場合であっても、受診命令等が労使間の信義・公平の観念に照らし、合理的かつ相当な措置であれば、社員に受診命令等を命じることができる、とされています。
たとえば、京セラ事件(東京高裁昭和61年11月13日労判487号)において、裁判所は、会社が専門医の診断を求めることが、労使間における信義則ないし公平の観念に照らし、合理的かつ相当な理由のある措置であると評価される事案で、就業規則等に定めがないとしても指定医の受診を指示できる、と判示しています。

4. 精神疾患を患う社員への措置

精神疾患を患っている旨診察された社員に対して取るべき会社の措置として、「健康診断結果に基づき事業者が講ずべき措置に関する指針」(厚労省平成8年10月1日告示)が参考となります。
上記指針によれば、医師等の診断結果に基づく就業区分及びそれぞれに応じた就業上の措置として、以下のように整理されています(出所:http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11202000-Roudoukijunkyoku-Kantokuka/shishin.pdf) 

就業区分

就業上の措置

区分

内容

通常勤務

通常の勤務でよいもの

勤務による負荷を軽減するため、労働時間の短縮、出張の制限、時間外労働の制限、労働不可の制限、作業の転換、就業場所の変更、深夜業の回数の減少、昼間勤務への転換等の措置を講じる。

就業制限

勤務に制限を加える必要のあるもの

療養のため、休暇、休職等により一定期間勤務させない措置を講じる。

要休業

勤務を休む必要のあるもの

 

裁判例においても、社員が要治療状態にあることを定期健康診断によって認識していた場合に、精神的緊張感のある過重な業務に就かせないようにする等、業務を軽減する等の配慮をする義務を負っている旨判示されています(システムコンサルタント事件(最高裁平成12年10月13日労判791号))。

5. ご相談のケースについて 

会社は、鬱病のおそれのあるXに対して、業務命令として医師による診断を受けさせるとともに、当該診断結果を踏まえて、労働時間の短縮や配置転換、休職等の適切な措置を講じる必要があります。
なお、当該措置を講じるにあたって、厚労省「健康診断結果に基づき事業者が講ずべき措置に関する指針」が参考となります。