預貯金債権を遺産分割協議とする旨の判例変更

▶︎ コラム選択へもどる
▶︎ このコラムが載っているニュースレターを見る
▶︎ TOPへもどる

INDEX


はじめに

  1. 事案の概要
  2. 問題の所在-預貯金債権が遺産分割の対象に含まれるのか(☆)
  3. 本件最高裁判決の判旨
  4. 本件一審判決の概要
  5. 残された課題

 はじめに

 従来、預貯金を含む金銭債権は、相続開始と同時に法定相続分に応じて当然に分割され、各相続人に分割して移転するため、遺産分割の対象とはならないものとして取り扱われてきました(最高裁平成16年4月20日等。分割債権説)。かかる分割債権説の下では、相続人同士の間で、預貯金も遺産分割の対象とする旨の合意がない限り、亡くなった被相続人から生前に多額の財産の譲渡を受けていた相続人(特別受益者)が、結果として相続において過度に有利に取り扱われ、相続人間で不公平が生じる可能性がありました

 しかし、昨年、平成28年12月19日、最高裁は、分割債権説を採用していた従来の判例を変更し、預貯金が預金者においても確実かつ簡易に換価することができる点で現金との差をそれほど意識させない財産であると受け止められていること等を理由として、「各種預貯金債権の内容及び性質をみると、共同相続された普通預金債権、通常貯金債権及び定期貯金債権は、いずれも、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象となる」との判断を示しました。

 従来の判例の下でも、実務上、遺産分割手続の当事者の同意を得た上で、預貯金債権を遺産分割の対象とする運用が広く行われ、また、金融機関においても、相続人間のトラブルに巻き込まれることを未然に防ぐべく、相続人全員による遺産分割協議書や同意書がなければ各相続人からの分割承継した預貯金債権の払戻請求には応じない等の対等を取られており、その意味では、本件最高裁判決による判例変更は、従前の実務における取扱いを確認したものということができます。もっとも、前記のとおり、従来の判例が採用していた分割債権説の下では、相続人の一人でも預貯金債権を遺産分割の対象とする旨の合意に反対した場合、特別受益者が過度に有利に取り扱われる可能性があったため、今般の判例変更によって、かかる同意の有無にかかわらず、預貯金債権も遺産分割協議の対象に含めることが可能となり、家裁実務等にもたらす影響は非常に大きいものといえます

 このように、本件最高裁判決は、今後の相続実務に多大な影響を及ぼす可能性が高いことから、本コラムで事案の概要、問題の所在、判旨の概要及び今後の実務への影響等を紹介することとします。

 なお、今般の判例変更はあくまで預貯金債権に関するものであって、たとえば、個人が第三者に対して貸し付けていた貸金債権や、不法行為に基づく損害賠償請求等の預貯金債権以外の金銭債権については、本件最高裁判決の射程外であることに注意が必要です。

 

 1. 事案の概要

本件は、死亡した男性(=被相続人、以下「A」といいます。)の遺族(Aの弟の子であり、Aの養子。以下「X」といいます。)が、Aの預金について、別の遺族(Aの妹でありAと養子縁組したBの子。以下「Y」といいます。)が受けた生前贈与などと合わせて遺産分割するよう求めた事案であり、非相続人・相続人の関係図は概要以下のとおりです。

預貯金債権を遺産分割協議とする旨の判例変更

また、Aの遺産等は、概要以下のとおりです。

① 不動産

約260万円

② 預貯金

約4500万円

③ Bに対する生前贈与

約5500万円

なお、本件では、X・Yとの間で、②預貯金約4500万円について、遺産分割の対象に含める旨の合意はなされていません

また、BはAから③約5500万円の贈与を受けており、これがYの特別受益に当たります。

 

 2. 問題の所在-預貯金債権が遺産分割の対象に含まれるのか

本件では、②預貯金が遺産分割の対象となるかが争点となりましたが、その議論の実益がどこにあるのかを正確に理解しておくことが重要となります。

端的には、「預貯金債権が遺産分割の対象とならない場合、特別受益者に過度に有利な結果となり、相続人間の公平を損なう結果となるおそれがある」ことにあります。

各相続人が相続の結果最終的にいくら受け取ることができるか(「具体的相続分」)を算定するためには、被相続人が相続開始の時に有していた財産に特別受益を加算したみなし相続財産(民法903条1項)及びみなし相続財産の価額に各相続人の法定相続分率を乗じて算出した相続分(「一応の相続分」)を計算する必要があるところ、②預貯金が遺産分割の対象となる場合、本件におけるみなし相続財産及びX・Yの一応の相続分は以下のとおりです。

みなし相続財産 250万円+4500万円+5500万円=1億250万円

Xの一応の相続分   1億250万円×1/2=5125万円

Yの一応の相続分   1億250万円×1/2=5125万円

Yは、一応の相続分以上に特別受益を受け取り過ぎている特別受益者に該当しますが、民法903条2項より、超過分を返還する必要はありませんので、結果としてAの相続に関する具体的相続分は0円となります(ただし、別途、特別受益5500万円は取得します)。

これに対して、Xは、一応の相続分は5125万円ですが、Aの遺産総額1億250万円のうち、5500万円はYが特別受益として取得するため、Xが最終的に取得する具体的相続分は、不動産250万円+預貯金4500万円を合算した、残りの4750万円となります。

すなわち、②預貯金が遺産分割の対象となるのであれば、X・Yの具体的相続分は以下のとおりとなります。

Xの具体的相続分 不動産250万円+預貯金4500万円=4750万円

Yの具体的相続分 特別受益5500万円

したがって、特別受益を取得したYは、法定相続分が同じであるにもかかわらず、Xの約3倍の利益を取得することとなり、②預貯金が遺産分割の対象となる場合に比して、明らかに不公平な結論となります。

なお、Xの遺留分額は1億250万円×1/4=2562万5000円であり、これを侵害していないため、Yに対して遺留分減債請求を行うこともできないこととなります。

このように、本件最高裁判決以前の従来の判例の下では、預貯金を遺産分割の対象とする旨の合意がない限り、特別受益者が過度に有利な結果となりかねません。

そのため、遺産分割の対象とする旨の合意の有無にかかわらず、預貯金債権について遺産分割の対象に含めることができないかが、これまで問題となってきました。

 

 3. 本件最高裁判決の判旨

前記争点について、本件最高裁判決は、共同相続された普通預金債権、通常貯金債権及び定期貯金債権は、いずれも、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象となるものと解するのが相当であると判示し、続けて、以上説示するところに従い、最高裁平成15年(受)第670号同16年 4月20日第三小法廷判決・裁判集民事214号13頁その他上記見解と異なる当 裁判所の判例は、いずれも変更すべきであるとして、従来の判例が採用してきた当然分割の法理を変更することとしました。

すなわち、本件最高裁判決は、①普通預金債権、②通常預金債権、③定期貯金債権の3つについて、相続開始と同時に分割承継されるものではなく、遺産分割の対象となる旨の判例変更を行ったものといえます。

本件最高裁判決判旨におけるポイントは、概要以下のとおりです。

 

1. 遺産分割の仕組み


遺産分割の仕組みは、被相続人の権利義務の承継に当たり共同相続人間の実質的公平を図ることを旨とするものであることから、一般的には,遺産分割においては被相続人の財産をできる限り幅広く対象とすることが望ましい」

「遺産分割手続を行う実務上の観点からは、現金のように、評価についての不確定要素が少なく、具体的な遺産分割の方法を定めるに当たっての調整に資する財産を遺産分割の対象とすることに対する要請も広く存在することがうかがわれる」

 

2. 預貯金の性質


「預貯金は、預金者においても、確実かつ簡易に換価することができるという点で現金との差をそれほど意識させない財産であると受け止められている」

「共同相続の場合において、一般の可分債権が相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されるという理解を前提としながら、遺産分割手続の当事者の同意を得て預貯金債権を遺産分割の対象とするという運用が実務上広く行われてきているが、これも、以上のような事情を背景とするものである」

 

3. 普通預金及び通常預金


「普通預金契約及び通常貯金契約は、一旦契約を締結して口座を開設すると、以後預金者がいつでも自由に預入れや払戻しをすることができる継続的取引契約であり、口座に入金が行われるたびにその額についての消費寄託契約が成立するが、その結果発生した預貯金債権は,口座の既存の預貯金債権と合算され、1個の預貯金債権として扱われるものである」

「預金者が死亡することにより、普通預金債権及び通常貯金債権は共同相続人全員に帰属するに至るところ、その帰属の態様について検討すると、上記各債権は、口座において管理されており、預貯金契約上の地位を準共有する共同相続人が全員で預貯金契約を解約しない限り、同一性を保持しながら常にその残高が変動し得るものとして存在し、各共同相続人に確定額の債権として分割されることはない

「相続開始時における各共同相続人の法定相続分相当額を算定することはできるが、預貯金契約が終了していない以上、その額は観念的なものにすぎない

 

4. 定期預金


「定期郵便貯金について上記のようにその分割払戻しを制限する趣旨は,定額郵便貯金や 銀行等民間金融機関で取り扱われている定期預金と同様に、多数の預金者を対象とした大量の事務処理を迅速かつ画一的に処理する必要上、貯金の管理を容易にして、定期郵便貯金に係る事務の定型化,簡素化を図ることにある」

「しかるに、定期貯金債権が相続により分割されると解すると、それに応じた利子を含めた債権額の計算が必要になる事態を生じかねず、定期貯金に係る事務の定型化、簡素化を図るという趣旨に反する

 

 4. 本件一審判決の概要

1. 家裁実務への影響


前記のとおり、従前の家裁実務上、預貯金を遺産分割の対象とする旨の相続人全員の合意があった場合に限って預貯金を遺産分割の対象とすることが認められていましたが、本件最高裁判決以降、相続人の同意の有無にかかわらず、預貯金を遺産分割の対象とすることが可能となります。

一方で、遺産が預貯金債権しかない場合であり、特別受益者が存在しない場合であっても遺産分割手続が必要となる可能性が生じ得ることに注意が必要です。

 

2. 銀行実務への影響


これまでの銀行実務では、預貯金債権が可分債権として当然に書く相続人に分割承継されるからといって、直ちに各相続人からの払戻請求に応じてきたわけではありません。

すなわち、預金者が死亡した事実を銀行等が知った場合、不注意によって無権利者に預金を支払うことがないようにするため、まず関係帳簿に預金者死亡の事実を注記するとともに、相続人と称する者から預金の払戻が請求された場合、正当な相続人であることを確認するため、戸籍謄本の徴求、相続人の印鑑証明の提出、住民票の提出、前相続人の念書の徴求といった手続が行われてきたとされています。

本件最高裁判決により、理論上も預貯金債権が当然に分割承継される訳ではなく、遺産分割の対象になることが明確になったことから、銀行等金融機関は、遺産分割手続が終了するまで、各相続人からの法定相続分に基づく払戻請求に応じなくなることが想定されます。

 

3. 相続税申告・納付への影響


本件最高裁判決により、遺産分割手続が終了するまで、各相続人はそれぞれの法定相続分に応じた預貯金の払戻請求ができなくなります。

その結果、たとえば、相続開始の事実を知った日から10ヶ月以内に相続税の申告・納付(相続税法27条、33条)が困難となる事態が生じることが予想されます。

このような事態に対処するためには、被相続人の生前から遺言を作成しておく等、あらかじめ準備しておくことが望ましいといえます。

また、本件最高裁判決における補足意見で指摘されているとおり、相続財産中の特定の預貯金債権を一部の共同相続人に仮に取得させる仮処分(仮分割の仮処分。家事事件手続法200条2項)等を活用することも検討の余地があるものと思われます。

 

 5. 残された課題

1. 預貯金債権以外の可分債権の取扱い


本件最高裁判決は、あくまで①普通預金債権、②通常貯金債権、③定期貯金債権の3つについて、相続開始と同時に分割承継されるものではなく、遺産分割の対象となる旨の判例変更を下したにとどまり、それ以外の被相続人が有していた貸金返還請求権や不法行為等に基づく損害賠償請求権等についてまで遺産分割の対象とすることが判断されたものではありません。

これら預貯金債権以外の可分債権の取扱いについては、本件最高裁判決補足意見等でも判断が分かれており、今後の裁判例の集積を待つ必要があるものと思われます。

 

2. 相続開始後に入金された金銭への取扱い


本件最高裁判決は、あくまで被相続人が相続開始時に有していた財産の帰属が問題となっていますが、たとえば遺産の一部に賃貸不動産があり、当該不動産に係る賃料が相続開始後に被相続人の預金口座に入金されるといった事態が生じることもあり得ます。

本件最高裁判決は、かかる相続開始後に入金された金銭の取扱いについて判示したものではありませんが、補足意見において、これら相続開始後に入金された金銭についても遺産分割の対象に含めることが相当であるといった見解が示されており、今後の展開を注視する必要があるものと思われます。

 
顧問契約のご案内
 

ページの上部へ戻る